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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十六章 連携

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0332.呪符屋で再会

 「あら、もうできたの? スゴイわねぇ、坊や」

 昼前に戻った老婦人シルヴァは、ファーキルが用意した回答の束を受取って喜んだ。


 「あ、いえ……大体、ネットで拾った情報なんで」

 「私ゃ、機械に(うと)いもんだから、助かるわぁ」

 シルヴァが、昼食用に買ってきたサンドイッチと、服の入った紙袋をファーキルに渡す。

 「有難うございます」

 「じゃ、お爺さんのごはん作るから、ゆっくり食べててね」

 そう言って、介護食を作りに台所へ入る。


 ファーキルが紙袋を覗くと、荷物を置いた老婦人シルヴァが振り返った。

 「それ、趣味に合わなかったらゴメンなさいね。でも、大きさは合ってると思うから」

 「いえ、有難うございます。助かります」

 申し訳なさそうな老婦人に礼を言って夏服を出し、ファーキルは固まった。


 シルヴァが用意したのは、黄土色の無難なチノパンと、バカみたいなデザインのTシャツだ。

 黒地に白で爆弾のイラストが入り、共通語で「Sexy Dynamite」と明記してある。


 ……まぁ、そんな贅沢言える状況じゃないしなぁ。


 サンドイッチを急いで食べて着替えると、確かにサイズはピッタリだ。ホッとしたファーキルにシルヴァが釘を刺す。

 「お爺さんにごはん食べさせたら、私は油と型紙を届けに行くけど、一人で出掛けちゃダメよ。迷子になるといけないから」

 「いえ、大丈夫です。端末で地図が見られますし、この家の場所も、それでわかるんで」

 「そう? でも、あんまり無理しちゃダメよ」

 「はい。お気遣い有難うございます」

 老人とシルヴァの食事が終わるのを待つ間、割り当てられた部屋へ戻る。

 運び屋から返信があった。



 ――取敢えず、店に来なさい。



 「合言葉は覚えた?」

 「はい、大丈夫です」

 「もし、迷子になったら、シルヴァの孫だって言って、どこかのお店に助けてもらいなさい」

 「はい、有難うございます」

 ファーキルは早く地下街へ降りたくて、うずうずして答える。老婦人シルヴァと一緒に出て、玄関先で分かれた。

 シルヴァは【跳躍】しに街の外へゆっくり歩いて行く。

 ファーキルは、地下街チェルノクニージニクの入口へ。少し歩いただけでTシャツに汗が滲んだ。鞄を襷掛(たすきが)けにして、地図で確認した階段に急ぎ足で向かう。


 あの時は営業時間前だったが、今はどこも店を開ける。

 階段を駆け降りると、様々な料理や香辛料の匂いが鼻を刺激した。

 人通りも地上より多く、ぶつからないよう慎重にすり抜ける。地下街は思ったより涼しく、その点では歩きやすかった。時々端末を見て、以前、手に入れた道順のメモや目印を探す。あれからまだ数カ月しか経たないが、実家のパソコンで調べたのが遠い昔に思えた。

 前回とは違う入口から降りたせいで迷うと思ったが、この辺りは大通りと枝道で煉瓦の色が異なり、わかりやすい。あの呪符屋のある街区まで難なく行けた。



 横道に入ってしばらく行くと、見覚えのある看板が幾つも並ぶ通路に出た。運び屋と二人で高台の公園へ出る時に通った道だ。この辺りまで来ると、人通りがぐっと減った。歩きやすくなった煉瓦敷きの通路を急ぐ。

 端末の時計を見ると、二時間近く掛かった。夜までに戻れるか不安が増す。


 「うわッ」

 角から出てきた人とぶつかった。尻餅をついたファーキルに怒声が降ってくる。

 「このガキ! どこ見て歩いてんだッ!」

 「ご……ごめんなさい」

 どう見ても、被害はファーキルの方が大きいが、酔った男はファーキルの胸倉を掴んで引き起こした。


 「その子、私のお客さん」

 女の手が酔っ払いの肩を掴んだ。男は弾かれたように振り返り、ファーキルを放した。

 「フィアールカ……ッ!」

 一気に酔いが醒めたのか、舌打ちすると、青褪めた顔で逃げるように立ち去る。再び尻餅をついたファーキルは、腰をさすりながら立ち上がった。


 「遅いから、心配して出てみれば」

 「すみません、街の北口の方から来たんで」

 「そう。続きは中で話しましょう」

 湖の民の運び屋と一緒にリンドウの扉を開けた。



 店内に客の姿はない。

 湖の民の呪符屋は、前に来た時と同じ無愛想な声で言った。

 「坊主、久し振りだな」

 「お久し振りです……折角、連れてってもらったのに戻ってきちゃって」

 「まあ、座れ」

 居心地の悪い思いでカウンターの端の席に座る。運び屋の女性……さっき酔っ払いに「フィアールカ」と呼ばれた湖の民は、そこが定位置なのか、カウンター奥の席に腰を落ち着けた。


 「茶でも飲んで、落ち着いてから言ってくれ。大体のことは、あれ読んでわかってる」

 呪符屋が【操水】を唱えて湯を沸かし、宙に漂わせた熱湯に乾燥した白い花を放り込んだ。甘い香りがふわりと広がる。

 いつも飲む草の香草茶より鎮静効果の高い鎮花茶だ。これも香気に効果がある。ぶつかった動揺が鎮まり、動悸が治まった。


 「面白いの着てるのね」

 運び屋が鼻で笑う。

 ファーキルは今の服装を思い出し、途端に恥ずかしくなった。

 「あぁ、そう言う意味じゃないのよ。何を隠し持ってんのか知らないけど、膨らみが丸わかりだから」

 言われてやっと気付き、針子のアミエーラが作ってくれた袋を引っ張り出す。

 「中身は何だ?」

 「【魔力の水晶】です」

 「外からわからないように、もう一枚、何か羽織った方がいいわ」

 「冬物のコートしかないんで」

 湖の民二人は顔を見合わせた。呪符屋が肩を(すく)めて棚のマグカップを降ろし、鎮花茶を淹れる。芳香が一段と濃く立ち昇り、店内を甘い香りが満たした。

☆以前、手に入れた道順のメモや目印……「0174.島巡る地下街」「0175.呪符屋の二人」参照

☆運び屋と二人で高台の公園へ出る時に通った道……「0176.運び屋の忠告」参照

☆針子のアミエーラが作ってくれた袋……「0301.橋の上の一日」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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