0332.呪符屋で再会
「あら、もうできたの? スゴイわねぇ、坊や」
昼前に戻った老婦人シルヴァは、ファーキルが用意した回答の束を受取って喜んだ。
「あ、いえ……大体、ネットで拾った情報なんで」
「私ゃ、機械に疎いもんだから、助かるわぁ」
シルヴァが、昼食用に買ってきたサンドイッチと、服の入った紙袋をファーキルに渡す。
「有難うございます」
「じゃ、お爺さんのごはん作るから、ゆっくり食べててね」
そう言って、介護食を作りに台所へ入る。
ファーキルが紙袋を覗くと、荷物を置いた老婦人シルヴァが振り返った。
「それ、趣味に合わなかったらゴメンなさいね。でも、大きさは合ってると思うから」
「いえ、有難うございます。助かります」
申し訳なさそうな老婦人に礼を言って夏服を出し、ファーキルは固まった。
シルヴァが用意したのは、黄土色の無難なチノパンと、バカみたいなデザインのTシャツだ。
黒地に白で爆弾のイラストが入り、共通語で「Sexy Dynamite」と明記してある。
……まぁ、そんな贅沢言える状況じゃないしなぁ。
サンドイッチを急いで食べて着替えると、確かにサイズはピッタリだ。ホッとしたファーキルにシルヴァが釘を刺す。
「お爺さんにごはん食べさせたら、私は油と型紙を届けに行くけど、一人で出掛けちゃダメよ。迷子になるといけないから」
「いえ、大丈夫です。端末で地図が見られますし、この家の場所も、それでわかるんで」
「そう? でも、あんまり無理しちゃダメよ」
「はい。お気遣い有難うございます」
老人とシルヴァの食事が終わるのを待つ間、割り当てられた部屋へ戻る。
運び屋から返信があった。
――取敢えず、店に来なさい。
「合言葉は覚えた?」
「はい、大丈夫です」
「もし、迷子になったら、シルヴァの孫だって言って、どこかのお店に助けてもらいなさい」
「はい、有難うございます」
ファーキルは早く地下街へ降りたくて、うずうずして答える。老婦人シルヴァと一緒に出て、玄関先で分かれた。
シルヴァは【跳躍】しに街の外へゆっくり歩いて行く。
ファーキルは、地下街チェルノクニージニクの入口へ。少し歩いただけでTシャツに汗が滲んだ。鞄を襷掛けにして、地図で確認した階段に急ぎ足で向かう。
あの時は営業時間前だったが、今はどこも店を開ける。
階段を駆け降りると、様々な料理や香辛料の匂いが鼻を刺激した。
人通りも地上より多く、ぶつからないよう慎重にすり抜ける。地下街は思ったより涼しく、その点では歩きやすかった。時々端末を見て、以前、手に入れた道順のメモや目印を探す。あれからまだ数カ月しか経たないが、実家のパソコンで調べたのが遠い昔に思えた。
前回とは違う入口から降りたせいで迷うと思ったが、この辺りは大通りと枝道で煉瓦の色が異なり、わかりやすい。あの呪符屋のある街区まで難なく行けた。
横道に入ってしばらく行くと、見覚えのある看板が幾つも並ぶ通路に出た。運び屋と二人で高台の公園へ出る時に通った道だ。この辺りまで来ると、人通りがぐっと減った。歩きやすくなった煉瓦敷きの通路を急ぐ。
端末の時計を見ると、二時間近く掛かった。夜までに戻れるか不安が増す。
「うわッ」
角から出てきた人とぶつかった。尻餅をついたファーキルに怒声が降ってくる。
「このガキ! どこ見て歩いてんだッ!」
「ご……ごめんなさい」
どう見ても、被害はファーキルの方が大きいが、酔った男はファーキルの胸倉を掴んで引き起こした。
「その子、私のお客さん」
女の手が酔っ払いの肩を掴んだ。男は弾かれたように振り返り、ファーキルを放した。
「フィアールカ……ッ!」
一気に酔いが醒めたのか、舌打ちすると、青褪めた顔で逃げるように立ち去る。再び尻餅をついたファーキルは、腰をさすりながら立ち上がった。
「遅いから、心配して出てみれば」
「すみません、街の北口の方から来たんで」
「そう。続きは中で話しましょう」
湖の民の運び屋と一緒にリンドウの扉を開けた。
店内に客の姿はない。
湖の民の呪符屋は、前に来た時と同じ無愛想な声で言った。
「坊主、久し振りだな」
「お久し振りです……折角、連れてってもらったのに戻ってきちゃって」
「まあ、座れ」
居心地の悪い思いでカウンターの端の席に座る。運び屋の女性……さっき酔っ払いに「フィアールカ」と呼ばれた湖の民は、そこが定位置なのか、カウンター奥の席に腰を落ち着けた。
「茶でも飲んで、落ち着いてから言ってくれ。大体のことは、あれ読んでわかってる」
呪符屋が【操水】を唱えて湯を沸かし、宙に漂わせた熱湯に乾燥した白い花を放り込んだ。甘い香りがふわりと広がる。
いつも飲む草の香草茶より鎮静効果の高い鎮花茶だ。これも香気に効果がある。ぶつかった動揺が鎮まり、動悸が治まった。
「面白いの着てるのね」
運び屋が鼻で笑う。
ファーキルは今の服装を思い出し、途端に恥ずかしくなった。
「あぁ、そう言う意味じゃないのよ。何を隠し持ってんのか知らないけど、膨らみが丸わかりだから」
言われてやっと気付き、針子のアミエーラが作ってくれた袋を引っ張り出す。
「中身は何だ?」
「【魔力の水晶】です」
「外からわからないように、もう一枚、何か羽織った方がいいわ」
「冬物のコートしかないんで」
湖の民二人は顔を見合わせた。呪符屋が肩を竦めて棚のマグカップを降ろし、鎮花茶を淹れる。芳香が一段と濃く立ち昇り、店内を甘い香りが満たした。
☆以前、手に入れた道順のメモや目印……「0174.島巡る地下街」「0175.呪符屋の二人」参照
☆運び屋と二人で高台の公園へ出る時に通った道……「0176.運び屋の忠告」参照
☆針子のアミエーラが作ってくれた袋……「0301.橋の上の一日」参照




