0329.高校式筋トレ
モーフは諦めて食堂の後片付けを手伝う。
それが終わると、本当にすることがなくなってしまった。
庭の草取りくらいしかできることがない。だが、ソルニャーク隊長から「午後は日射しがキツいから、外へ出るな」と禁止された。
この家は、何故かとても涼しくて居心地がいい。
これもきっと、何かの魔法だろう。
モーフが実家に居た頃は、毎日、朝から晩まで蟻のように働いた。
仕事のない日は、シーニー緑地で食べられそうな草や虫を集めた。
「自由にしていい」「遊べ」などと言われても、モーフには何をすればいいかわからない。
メドヴェージのおっさんに言われた通りにするのは癪だが、他に方法を思いつけなかった。
仕方なく、ロークに声を掛ける。
「なぁ兄ちゃん、蔓草採りは明日すっから今日は遊んどけっつわれたんだけど、流石にそれはどうかと思うんだ。どうすりゃいいと思う?」
「えー……?」
ロークは少し考えて答えた。
「じゃあ、勉強するとか、身体を鍛えるとか、どう?」
「うーん……最近、鍛錬してないから、そっちやるよ」
「そう。じゃあ、手伝うよ」
「手伝う?」
仕事でもないのに鍛錬の何をどう手伝うのか、少年兵モーフは首を傾げた。
「筋トレするんだろ? 腹筋、足持つよ」
「……ふっきん?」
蔓草細工の作業部屋へ向かいながら聞き返す。高校生のロークは、何故か申し訳なさそうに説明した。
「おなかの筋肉を鍛える運動。モーフ君たち、いつもどうやってるんだ?」
「ん? えーっと、走り込みと、何か重い物を持つ奴と、体幹鍛える奴と、腕立て伏せと組手とナイフの模擬戦と射撃訓練と……色々」
少年兵モーフは、星の道義勇軍での訓練を思い出しながら、指折り数えた。
「そうなんだ。俺も学校で、走り込みと腕立て伏せはしてたよ。モーフ君、やっぱり強いんだね」
頭ひとつ分背が高いロークに言われ、少年兵は妙な気分になった。
作業用に割り当てられた部屋に入り、ロークが提案する。
「じゃあ、学校の鍛え方と、モーフ君たちの鍛え方で、部屋の中でもできるのをやろうか」
「部屋で走り回ったら、隊長に怒られそうだよな。銃はねぇし、ナイフもねぇ」
「あ、組手も、俺が弱過ぎてハナシになんないだろうから、やめとこう」
……手伝うっつったクセによ。
だが、腹を立てても仕方がない。相談の結果、体幹、腕立て伏せ、腹筋運動、柔軟体操をすることに決まった。
「じゃあ、まずは柔軟体操からだね」
「何で?」
「筋肉と関節をほぐしてから運動した方が、怪我し難くなるからだよ」
「ふーん」
……何でも聞いてみるもんだな。
弱っちいロークでも、流石に上の学校へ行っただけのことはあって、何かと物識りだ。戦う力はなくても、知力がある。
少年兵モーフは、自分とは違う力を認め、高校生ロークの指示を待った。
「まずは前屈から。足を肩幅くらいに開いて、膝を曲げずに手を下に。ゆっくり息を吐きながら胴を曲げて、床に掌をつく。痛かったら無理しないで、できるとこまでで止める。ムリしたらアキレス腱が切れちゃうから」
ロークは丁寧に説明しながら、実演してみせる。掌をぺったり床につけ、肘を軽く曲げ、ゆっくり姿勢を元に戻した。
わかりやすい説明に感心して質問する。
「あき……なんとかけんって、何だ?」
「アキレス腱。ここにある太い筋。これが切れたら、歩けなくなっちゃうよ」
ロークがしゃがんで、モーフの踵からふくらはぎにかけて指でなぞる。
「あ、それはナイフの訓練で教わった。足ヤる時はここ狙えって」
「そ、そうなんだ……じゃあ、怪我しないように気を付けて、ゆっくりやってみて。ここにはセプテントリオー呪医が居るけど、科学の治療じゃ元通りには治せないから」
少年兵モーフは、身体を曲げかけた姿勢で顔だけロークに向けた。余程、怪訝な顔をしたのか、ロークは説明を追加する。
「一応、歩けるようにはなるみたいだけど、元通りに速く走ったりとかできるとこまでは、治らないんだって」
「……そうか」
少年兵モーフは、星の道義勇軍の訓練で、敵を生け捕りにしたい時、逃げられないようにここを切れと教わった。
訓練では、ナイフくらいの長さの棒切れを押し当てるだけだったが、実際、切った後どうなるかなど、考えてみたこともなかった。
生け捕りにした敵は、捕虜として尋問するか、要求を通す為の人質にする。その後、殺さずに解放したら、それで終わりだと思っていた。
足を切られた者が、その後どうなるかなど、想像しようとさえ思わなかった。
高校生のロークが、黙り込んだ少年兵モーフを気遣わしげに見詰める。モーフは無理に笑ってみせた。
「あの医者の世話になんかなりたくねぇからな。気ィ付けるよ。教えてくれて、ありがとな」
「う、うん。じゃあ、ゆっくりやろう」
ロークが詳しく説明しながら実演してみせ、少年兵モーフが教わった通りに身体を動かす。
柔軟体操だけでも一時間以上掛かった。部屋は涼しいのに二人とも汗だくだ。
……ぬるい動きばっかだから、楽勝だと思ったのに何だこれ? 高校生ってこんなキツい鍛錬してんのかよ。
少年兵モーフは、こっそり高校生ロークを見た。
実演後、モーフと一緒にしたから余分に動いた筈だが、うっすら汗を浮かべるだけで平気な顔だ。しかも、モーフには無理な角度まで身体を曲げ、モーフにはできない動きも平然と実演した。
……弱ぇとか言ったけど、嘘っパチじゃねぇの?
今、高校生のロークでこうなら、課程を終えたパン屋のレノや、魔法使いの工員クルィーロ、薬師アウェッラーナも、魔法抜きで同じくらい強いかも知れない。
……外の街の奴らも、鍛えてねぇワケじゃなかったんだな。
星の道義勇軍が返り討ちにされたのも、当然な気がしてきた。
奇襲したから、あれだけの攻撃が成功したが、ゼルノー市民が武器を執って反撃すれば、魔法抜きでも、遅かれ早かれ星の道義勇軍は返り討ちにされただろう。大体、人数が桁違いだ。
……じゃあ、何で偉い人たちは俺たちにヤれって言ったんだ?
アーテルとラニスタの後ろ盾があると言ったが、空襲は無差別にネーニア島の諸都市を焼いた。
ゼルノー市では、モーフたち星の道義勇軍が作戦行動中だと知っていた筈だ。それなのに同志は市民と一緒に焼かれた。
モーフは疑問で頭がいっぱいになり、上の空でロークの動きを真似し続けた。
「……そろそろ、水分補給しないとヤバい。ちょっと休憩しよう」
「ん? ……おうっ」
ロークに声を掛けられ、我に返る。二人とも、さっきより汗びっしょりだ。
廊下に出ると、工員クルィーロと鉢合わせした。
「どうしたんだ? 二人とも? そんな汗びっしょりで」
「ちょっと身体鍛えてたんです」
「そっか。あんま無理すんなよ。洗ったげるから、外行こう」
「いいんですか?」
「うん。油がなくなって、こっちもできるコトなくなったから」
クルィーロとロークで話がまとまり、少年兵モーフは庭について行った。
魔法使いの工員が術で井戸水を起ち上げる。
火照った身体に冷たい水が心地よかった。
☆星の道義勇軍が返り討ちにされた……「0015.形勢逆転の時」~「0018.警察署の状態」「0052.隠れ家に突入」参照




