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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0329.高校式筋トレ

 モーフは諦めて食堂の後片付けを手伝う。

 それが終わると、本当にすることがなくなってしまった。

 庭の草取りくらいしかできることがない。だが、ソルニャーク隊長から「午後は日射しがキツいから、外へ出るな」と禁止された。


 この家は、何故かとても涼しくて居心地がいい。

 これもきっと、何かの魔法だろう。


 モーフが実家に居た頃は、毎日、朝から晩まで蟻のように働いた。

 仕事のない日は、シーニー緑地で食べられそうな草や虫を集めた。


 「自由にしていい」「遊べ」などと言われても、モーフには何をすればいいかわからない。

 メドヴェージのおっさんに言われた通りにするのは(しゃく)だが、他に方法を思いつけなかった。

 仕方なく、ロークに声を掛ける。

 「なぁ兄ちゃん、蔓草(つるくさ)採りは明日すっから今日は遊んどけっつわれたんだけど、流石にそれはどうかと思うんだ。どうすりゃいいと思う?」

 「えー……?」


 ロークは少し考えて答えた。

 「じゃあ、勉強するとか、身体を鍛えるとか、どう?」

 「うーん……最近、鍛錬してないから、そっちやるよ」

 「そう。じゃあ、手伝うよ」

 「手伝う?」

 仕事でもないのに鍛錬の何をどう手伝うのか、少年兵モーフは首を傾げた。


 「筋トレするんだろ? 腹筋、足持つよ」

 「……ふっきん?」

 蔓草(つるくさ)細工の作業部屋へ向かいながら聞き返す。高校生のロークは、何故か申し訳なさそうに説明した。

 「おなかの筋肉を鍛える運動。モーフ君たち、いつもどうやってるんだ?」


 「ん? えーっと、走り込みと、何か重い物を持つ奴と、体幹鍛える奴と、腕立て伏せと組手とナイフの模擬戦と射撃訓練と……色々」

 少年兵モーフは、星の道義勇軍での訓練を思い出しながら、指折り数えた。


 「そうなんだ。俺も学校で、走り込みと腕立て伏せはしてたよ。モーフ君、やっぱり強いんだね」

 頭ひとつ分背が高いロークに言われ、少年兵は妙な気分になった。


 作業用に割り当てられた部屋に入り、ロークが提案する。

 「じゃあ、学校の鍛え方と、モーフ君たちの鍛え方で、部屋の中でもできるのをやろうか」

 「部屋で走り回ったら、隊長に怒られそうだよな。銃はねぇし、ナイフもねぇ」

 「あ、組手も、俺が弱過ぎてハナシになんないだろうから、やめとこう」


 ……手伝うっつったクセによ。


 だが、腹を立てても仕方がない。相談の結果、体幹、腕立て伏せ、腹筋運動、柔軟体操をすることに決まった。

 「じゃあ、まずは柔軟体操からだね」

 「何で?」

 「筋肉と関節をほぐしてから運動した方が、怪我し(にく)くなるからだよ」

 「ふーん」


 ……何でも聞いてみるもんだな。


 弱っちいロークでも、流石に上の学校へ行っただけのことはあって、何かと物識(ものし)りだ。戦う力はなくても、知力がある。

 少年兵モーフは、自分とは違う力を認め、高校生ロークの指示を待った。


 「まずは前屈から。足を肩幅くらいに開いて、膝を曲げずに手を下に。ゆっくり息を吐きながら胴を曲げて、床に(てのひら)をつく。痛かったら無理しないで、できるとこまでで止める。ムリしたらアキレス腱が切れちゃうから」

 ロークは丁寧に説明しながら、実演してみせる。掌をぺったり床につけ、肘を軽く曲げ、ゆっくり姿勢を元に戻した。


 わかりやすい説明に感心して質問する。

 「あき……なんとかけんって、何だ?」

 「アキレス腱。ここにある太い筋。これが切れたら、歩けなくなっちゃうよ」

 ロークがしゃがんで、モーフの(かかと)からふくらはぎにかけて指でなぞる。

 「あ、それはナイフの訓練で教わった。足ヤる時はここ狙えって」

 「そ、そうなんだ……じゃあ、怪我しないように気を付けて、ゆっくりやってみて。ここにはセプテントリオー呪医(せんせい)が居るけど、科学の治療じゃ元通りには治せないから」


 少年兵モーフは、身体を曲げかけた姿勢で顔だけロークに向けた。余程、怪訝(けげん)な顔をしたのか、ロークは説明を追加する。

 「一応、歩けるようにはなるみたいだけど、元通りに速く走ったりとかできるとこまでは、治らないんだって」

 「……そうか」



 少年兵モーフは、星の道義勇軍の訓練で、敵を生け捕りにしたい時、逃げられないようにここを切れと教わった。

 訓練では、ナイフくらいの長さの棒切れを押し当てるだけだったが、実際、切った後どうなるかなど、考えてみたこともなかった。

 生け捕りにした敵は、捕虜として尋問するか、要求を通す為の人質にする。その後、殺さずに解放したら、それで終わりだと思っていた。


 足を切られた者が、その後どうなるかなど、想像しようとさえ思わなかった。



 高校生のロークが、黙り込んだ少年兵モーフを気遣わしげに見詰める。モーフは無理に笑ってみせた。

 「あの医者の世話になんかなりたくねぇからな。気ィ付けるよ。教えてくれて、ありがとな」

 「う、うん。じゃあ、ゆっくりやろう」

 ロークが詳しく説明しながら実演してみせ、少年兵モーフが教わった通りに身体を動かす。


 柔軟体操だけでも一時間以上掛かった。部屋は涼しいのに二人とも汗だくだ。


 ……ぬるい動きばっかだから、楽勝だと思ったのに何だこれ? 高校生ってこんなキツい鍛錬してんのかよ。


 少年兵モーフは、こっそり高校生ロークを見た。

 実演後、モーフと一緒にしたから余分に動いた筈だが、うっすら汗を浮かべるだけで平気な顔だ。しかも、モーフには無理な角度まで身体を曲げ、モーフにはできない動きも平然と実演した。


 ……弱ぇとか言ったけど、嘘っパチじゃねぇの?


 今、高校生のロークでこうなら、課程を終えたパン屋のレノや、魔法使いの工員クルィーロ、薬師(くすし)アウェッラーナも、魔法抜きで同じくらい強いかも知れない。


 ……外の街の奴らも、鍛えてねぇワケじゃなかったんだな。


 星の道義勇軍が返り討ちにされたのも、当然な気がしてきた。

 奇襲したから、あれだけの攻撃が成功したが、ゼルノー市民が武器を執って反撃すれば、魔法抜きでも、遅かれ早かれ星の道義勇軍は返り討ちにされただろう。大体、人数が桁違いだ。


 ……じゃあ、何で偉い人たちは俺たちにヤれって言ったんだ?


 アーテルとラニスタの後ろ盾があると言ったが、空襲は無差別にネーニア島の諸都市を焼いた。

 ゼルノー市では、モーフたち星の道義勇軍が作戦行動中だと知っていた筈だ。それなのに同志は市民と一緒に焼かれた。


 モーフは疑問で頭がいっぱいになり、上の空でロークの動きを真似し続けた。


 「……そろそろ、水分補給しないとヤバい。ちょっと休憩しよう」

 「ん? ……おうっ」

 ロークに声を掛けられ、我に返る。二人とも、さっきより汗びっしょりだ。


 廊下に出ると、工員クルィーロと鉢合わせした。

 「どうしたんだ? 二人とも? そんな汗びっしょりで」

 「ちょっと身体鍛えてたんです」

 「そっか。あんま無理すんなよ。洗ったげるから、外行こう」

 「いいんですか?」

 「うん。油がなくなって、こっちもできるコトなくなったから」

 クルィーロとロークで話がまとまり、少年兵モーフは庭について行った。


 魔法使いの工員が術で井戸水を起ち上げる。

 火照った身体に冷たい水が心地よかった。

☆星の道義勇軍が返り討ちにされた……「0015.形勢逆転の時」~「0018.警察署の状態」「0052.隠れ家に突入」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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