0328.あちらの様子
お昼はパンと野草のスープと焼魚だ。
湖の民の呪医がラジオを点けた。みんなは、何となく聞きながら食べる。
少年兵モーフは少しでもアーテルの様子を知りたくて、じっくり耳を傾けた。
アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。
「今日、午前六時二十分頃、イグニカーンス市東区の民家で、小型の魔物が発生しました」
イグニカーンス市の名と「魔物が発生」との言葉に、モーフはギクリとして唾を飲み込んだ。
「通報を受け、駆け付けた警察官と、星の標の自警団が無事、駆除しました。周辺は避難命令が出るなど、一時、騒然としましたが、死傷者が出たとの情報はありません」
……魔法……使えねぇのに、どうやって魔物を倒したんだ?
少年兵は食べる手を止め、ラジオに集中した。
「警察の調べによりますと、発生源は冷蔵庫内で腐敗した豚肉と推定され、発生直後に受肉した為、銀の弾丸での駆除が可能だったとのことです。これから夏本番を迎えます。食材を腐敗させませんよう、くれぐれもご注意下さい。それでは、次のニュースです」
……ふーん。銀の弾丸があれば、魔物も倒せるのか。
モーフは戦闘訓練を積み、銃の扱いはお手の物だ。魔物や魔獣を駆除する仕事があるなら、工場よりそっちの方が儲かりそうな気がする。
働き口が増える可能性に気付き、少年兵モーフは少し嬉しくなった。
次に読み上げられたのは、農業のニュースだ。
今年のアーテル西部は天候に恵まれ、小麦の収穫量は、速報値で過去最大を記録したと言う。
モーフはパンを一口齧ってゆっくり味わった。小麦の香ばしさが口いっぱいに広がり、ほのかな甘みのやさしい味わいが、腹だけでなく心も満たす。
……幸せな味って、こう言うののコトなんだろうな。
飲み下すのが勿体ないような気がして、いつもよりじっくり味わった。
あの屋敷で食べたどんなご馳走より美味い。ピナたちが焼くパンは、きっと飛ぶように売れるだろう。
ラジオではニュースが続く。
「今日、午前十時丁度、国内の音楽家で構成する平和団体、安らぎの光が、軍への抗議声明を発表しました」
みんな食事の手を止め、息を殺してラジオに聞き入る。
……軍に抗議だって?
少年兵モーフも驚いて、アナウンサーの声を一言一句洩らさぬよう、耳を澄ました。
「同団体の公式ホームページに掲載された声明文によりますと、“ネモラリス共和国には、多数の力なき民が居住しており、フラクシヌス教徒とは言え、無原罪の魂を魔法使い諸共、焼き払おうとした焦土作戦は到底、是認できるものではない。今回は邪悪な魔術によって、無人機の大編隊は阻まれたが、成功していれば、国際社会からの厳しい批難に晒されただろう。我が国がこれ以上、国際社会から孤立することのないよう、都市への無差別攻撃の自粛を求める”とのことです。現在、平和団体安らぎの光の公式ホームページは、アクセスが集中して繋がり難い状況になっています」
誰も次のニュースが耳に入らず、お互い戸惑った顔を向けあう。
少年兵モーフはソルニャーク隊長を見た。何か考え込んで顔が険しい。質問を諦めて食事を再開したが、焼魚の味はよくわからなかった。
「アーテルにも……あんなコト言う人、居るんですね」
湖の民アウェッラーナが、小さな声で言った。独り言かも知れないが、隣に座った近所のねーちゃんアミエーラがそれに頷いた。
「セプテントリオー呪医、先程の焦土作戦について詳しい報道はありませんでしたか?」
「この国のラジオでは、大抵のニュースであまり詳しい内容には触れません。昨日、シルヴァさんが持って来てくれた新聞には、書いてあるかも知れませんね」
食事を終えた呪医が、ソルニャーク隊長の質問に席を立って答えた。隊長とメドヴェージも、呪医に続いて食堂を出る。
モーフも急いでスープの残りを飲み干して、三人を追い掛けた。
「モーフは……そうだな……午後は自由に過ごしていい。明日は朝から森で素材集めをしよう」
「何で、俺だけ除け者なんスか?」
少年兵モーフは、自分を不要だと言われたような気がして、泣きそうになるのを堪えて隊長に追い縋った。「自由にしていい」なら、隊長たちの傍に居たっていい筈だ。
「新聞を調べるだけの退屈な作業だぞ?」
「新聞の字は難しいから、坊主にゃまだムリだ。あのロークって兄ちゃんに遊んでもらえ。なっ?」
メドヴェージがモーフの頭をわしゃわしゃ撫で回す。小さい子扱いされて癪に障るが、モーフが新聞を読んだコトがないのは本当で言い返せない。
モーフの一家にとって、新聞紙は冬の寒さを凌ぐ貴重な防寒着や、隙間風を防ぐ建材でしかない。それも、滅多に手に入らない貴重品だ。あの灰色の紙に何が書いてあるかなど、意識したことさえなかった。
「子供がこんなコトまで心配しなくていい。また一人で森に入ったりすんなよ」
メドヴェージはモーフの手を引いて食堂へ連れ戻し、廊下を小走りして二人の後を追った。
☆あの屋敷で食べたどんなご馳走……「0237.豪華な朝食会」参照
☆シルヴァさんが持って来てくれた新聞……「0261.身を守る魔法」参照
☆一人で森に入った……「0315.道の奥の広場」「0316.隠された建物」参照




