表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

333/3518

0328.あちらの様子

 お昼はパンと野草のスープと焼魚だ。

 湖の民の呪医がラジオを()けた。みんなは、何となく聞きながら食べる。

 少年兵モーフは少しでもアーテルの様子を知りたくて、じっくり耳を傾けた。


 アナウンサーが淡々と原稿を読み上げる。

 「今日、午前六時二十分頃、イグニカーンス市東区の民家で、小型の魔物が発生しました」

 イグニカーンス市の名と「魔物が発生」との言葉に、モーフはギクリとして唾を飲み込んだ。


 「通報を受け、駆け付けた警察官と、星の(しるべ)の自警団が無事、駆除しました。周辺は避難命令が出るなど、一時、騒然としましたが、死傷者が出たとの情報はありません」


 ……魔法……使えねぇのに、どうやって魔物を倒したんだ?


 少年兵は食べる手を止め、ラジオに集中した。


 「警察の調べによりますと、発生源は冷蔵庫内で腐敗した豚肉と推定され、発生直後に受肉した為、銀の弾丸での駆除が可能だったとのことです。これから夏本番を迎えます。食材を腐敗させませんよう、くれぐれもご注意下さい。それでは、次のニュースです」


 ……ふーん。銀の弾丸があれば、魔物も倒せるのか。


 モーフは戦闘訓練を積み、銃の扱いはお手の物だ。魔物や魔獣を駆除する仕事があるなら、工場よりそっちの方が儲かりそうな気がする。

 働き口が増える可能性に気付き、少年兵モーフは少し嬉しくなった。



 次に読み上げられたのは、農業のニュースだ。

 今年のアーテル西部は天候に恵まれ、小麦の収穫量は、速報値で過去最大を記録したと言う。


 モーフはパンを一口齧ってゆっくり味わった。小麦の香ばしさが口いっぱいに広がり、ほのかな甘みのやさしい味わいが、腹だけでなく心も満たす。


 ……幸せな味って、こう言うののコトなんだろうな。


 飲み下すのが勿体(もったい)ないような気がして、いつもよりじっくり味わった。

 あの屋敷で食べたどんなご馳走より美味い。ピナたちが焼くパンは、きっと飛ぶように売れるだろう。



 ラジオではニュースが続く。

 「今日、午前十時丁度、国内の音楽家で構成する平和団体、安らぎの光が、軍への抗議声明を発表しました」

 みんな食事の手を止め、息を殺してラジオに聞き入る。


 ……軍に抗議だって?


 少年兵モーフも驚いて、アナウンサーの声を一言一句洩らさぬよう、耳を澄ました。

 「同団体の公式ホームページに掲載された声明文によりますと、“ネモラリス共和国には、多数の力なき民が居住しており、フラクシヌス教徒とは言え、無原罪の魂を魔法使い諸共、焼き払おうとした焦土作戦は到底、是認できるものではない。今回は邪悪な魔術によって、無人機の大編隊は阻まれたが、成功していれば、国際社会からの厳しい批難に晒されただろう。我が国がこれ以上、国際社会から孤立することのないよう、都市への無差別攻撃の自粛を求める”とのことです。現在、平和団体安らぎの光の公式ホームページは、アクセスが集中して繋がり難い状況になっています」


 誰も次のニュースが耳に入らず、お互い戸惑った顔を向けあう。

 少年兵モーフはソルニャーク隊長を見た。何か考え込んで顔が険しい。質問を諦めて食事を再開したが、焼魚の味はよくわからなかった。



 「アーテルにも……あんなコト言う人、居るんですね」

 湖の民アウェッラーナが、小さな声で言った。独り言かも知れないが、隣に座った近所のねーちゃんアミエーラがそれに頷いた。


 「セプテントリオー呪医(せんせい)、先程の焦土作戦について詳しい報道はありませんでしたか?」

 「この国のラジオでは、大抵のニュースであまり詳しい内容には触れません。昨日、シルヴァさんが持って来てくれた新聞には、書いてあるかも知れませんね」

 食事を終えた呪医が、ソルニャーク隊長の質問に席を立って答えた。隊長とメドヴェージも、呪医に続いて食堂を出る。


 モーフも急いでスープの残りを飲み干して、三人を追い掛けた。



 「モーフは……そうだな……午後は自由に過ごしていい。明日は朝から森で素材集めをしよう」

 「何で、俺だけ()(もん)なんスか?」

 少年兵モーフは、自分を不要だと言われたような気がして、泣きそうになるのを(こら)えて隊長に追い縋った。「自由にしていい」なら、隊長たちの傍に居たっていい筈だ。


 「新聞を調べるだけの退屈な作業だぞ?」

 「新聞の字は難しいから、坊主にゃまだムリだ。あのロークって兄ちゃんに遊んでもらえ。なっ?」

 メドヴェージがモーフの頭をわしゃわしゃ撫で回す。小さい子扱いされて(しゃく)(さわ)るが、モーフが新聞を読んだコトがないのは本当で言い返せない。


 モーフの一家にとって、新聞紙は冬の寒さを凌ぐ貴重な防寒着や、隙間風を防ぐ建材でしかない。それも、滅多に手に入らない貴重品だ。あの灰色の紙に何が書いてあるかなど、意識したことさえなかった。


 「子供がこんなコトまで心配しなくていい。また一人で森に入ったりすんなよ」

 メドヴェージはモーフの手を引いて食堂へ連れ戻し、廊下を小走りして二人の後を追った。

☆あの屋敷で食べたどんなご馳走……「0237.豪華な朝食会」参照

☆シルヴァさんが持って来てくれた新聞……「0261.身を守る魔法」参照

☆一人で森に入った……「0315.道の奥の広場」「0316.隠された建物」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ