0326.生贄の慰霊祭
ラクエウスとスニェーグが、ラジオの呼び掛けに応じて立ち上がった。
ネモラリス共和国の首都クレーヴェルで、生贄となった八人の合同慰霊祭が執り行われる。遠く、ネモラリス島北東端の都市リャビーナで、二人は白髪頭を垂れ、黙祷を捧げた。
ネーニア家の当主が弔辞を述べる。
「八名の方々の尊いお命、確かに頂戴し、【雪読む雷鳥】の【嵐の乱舞】と【大気の柱】に魔力を注ぎました。八名の方々の尊いお志なくして、数百もの敵機を退けることは叶わなかったでしょう。お蔭さまをもちまして、多くの生命が守られました。感謝の言葉もみつかりません」
凛とした女性の声が、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに八人の御霊の安寧を願い、弔辞を締め括った。
湖の民のラキュス・ネーニア家は且つて、陸の民のラクリマリス王家と共同統治者だった。
ラキュス・ラクリマリス王国に民主化の波が押し寄せ、共和国となった後は下野し、一国民となる道を選んだ。それは、半世紀の内乱で国が分かたれ、ネモラリス共和国となった現在も変わらない。
軍への協力も、こうした公の場への臨席も、異例のことだ。
……与党の連中は、どうやって彼女を説き伏せたのだ?
当主自身がこれ以上、静観できなくなり、自ら出た可能性もあるが、それもアーテル軍の大規模攻勢の情報がもたらされなければ、なかった筈だ。
「ネーニア家が動いたことで、共和制を廃して、以前のような統治を望む人が出てくるかも知れませんね」
スニェーグが溜め息を吐きながら座った。ラクエウスも、腰を降ろして考える。
……旧王国は、幾つもの民族、信仰が混在したが、数千年も存続した。だが、共和国は僅か百年で解体した。
昔を知る長命人種が、王政復古を望んでも無理はない。実際、ラクリマリス王国はそうして分離、独立したのだ。
「王政復古したとして、儂らはどうなる?」
「さあ? ですが、有志の情報収集係の話では」
白髪のスニェーグが、ピアノの生演奏に行く飲食店で伝えられた情報をラクエウスに語る。
今のところ、リストヴァー自治区が襲撃を受けたと言う話は聞かない。それどころか、財界が中心となって自治区の復興を急いだ。
星の道義勇軍によるテロと、その報復に見せ掛けた放火、アーテル軍の空襲……凶事が続いた二月から四カ月が過ぎ、六月も間もなく終わる。
自治区だけでなく、北隣のゼルノー市も政府の手で復旧が進められつつあった。
グリャージ港の復旧は、自治区の復興の為にも不可欠だ。まだ、ゼルノー市民の帰還は許可されないが、港湾関係者は上陸して作業に当たる。
先に復旧した岸壁に魔道機船を着岸し、自治区のトラックが物資を運ぶ。港湾関係者は日中だけ作業し、日没前にはネモラリス島へ引き揚げると言う。
「流石にまだ、夜を過ごせる状態ではないのでしょうね」
「儂らは、いつも、魔法なしで過ごしておるのだがな」
「力ある民は、魔物に狙われやすいですから。力ある民みんなが、武力も持ってるワケじゃありませんし」
「そう言うものなのかね? まぁ、あれだけ手を掛けて復興させておいて、後から取り潰すなど……ないと信じたいものだが」
ラクエウスは自分で言う内に自信がなくなってきた。
アーテル憎しで、開戦の口実となったリストヴァー自治区へ、逆恨みの矛先が向かないとは言い切れない。
項垂れるラクエウスにスニェーグが力強い声で言った。
「そんなことをさせない為に我々はコンサートで呼掛けるんですよ。明日の市民ホールでは、録音もされます」
「後で、インターネットとやらにも流すのかね?」
「はい。例の動画、アミトスチグマの難民キャンプでも好評らしいですよ。明日は、リャビーナ市民合唱団と合同で、その曲も演奏します」
「うむ。合同練習できんのは、ちと心配だが、頑張るよ」
ラクエウスには、生命の重さは信仰の違いに左右されないとの信念がある。
弔辞の後半こそ聞き流したが、多くのネモラリス国民を守る為、自らの命を差出した八人の魂の平安を祈ることには、抵抗がなかった。
人の命を使って爆撃機の大編隊を全て迎撃するなど、何重もの意味で恐ろしく、忌むべきことだとは思うが、今はその是非を問える状況ではなかった。
絶滅作戦が阻止されたのは、後々のことを考えれば、アーテル共和国にとってもよかったと言える。
諜報員が作戦の情報を持ち帰らなければ、ネーニア島北西部の住人は、根絶やしにされたかもしれないのだ。
そんな人道に悖る攻撃が、国際社会から批難を受けずに済む道理がない。アーテル共和国が国連を脱退したとは言え、制裁できなくなるワケではないのだ。
……何故、あんなことを?
「音楽家の我々にできるのは、怒りと悲しみの炎を鎮め、憎悪の連鎖を断つことだけです」
「……そうだな。そろそろ練習するか」
国会議員の地位を捨て、一介の音楽家に戻ったラクエウスは腰を上げた。老いた身に残された時間は、後僅かだろう。
ピアノ奏者スニェーグも、生贄となった八人の遺書を読み上げるラジオを止め、席を立った。
☆生贄となった八人/自らの命を差出した八人……「0309.生贄と無人機」参照
☆半世紀の内乱で国が分かたれ……「0001.内戦の終わり」参照
☆星の道義勇軍によるテロ……「0006.上がる火の手」~「0036.義勇軍の計画」参照
☆その報復に見せ掛けた放火……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照
☆アーテル軍の空襲……「0056.最終バスの客」参照
☆開戦の口実となったリストヴァー自治区……「0078.ラジオの報道」参照
☆アーテル共和国が国連を脱退……「0078.ラジオの報道」「0168.図書館で勉強」「0249.動かない国連」参照
☆例の動画……「0280.目印となる歌」参照




