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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日

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0033.術による癒し

 湖の民の呪医も少しは休めたのか、幾分(いくぶん)か表情に余裕が見て取れた。

 「こんにちは。私、アガート病院の薬師(くすし)です。少しだけなら治療の術も使えますけど、お手伝いしましょうか?」

 「ありがとうございます。でも、あなたの職場は大丈夫なんですか?」

 「……わかりません。電話は不通でした。それに、昨日の時点で、動ける患者さんには自主避難していただいて、私も、帰れって言われたので……」

 アウェッラーナは周囲にも聞こえるよう、声をやや大きくして事情を語った。


 確証はないが、恐らく、アガート病院に行っても治療は受けられないだろう。

 避難者から溜め息が漏れた。

 ジェリェーゾ区より西にあるミエーチ区ですら、避難が始まっている。

 一体、どこへ逃げればいいのか。

 疲労と睡眠不足と空腹で、不安や苛立ちを誰かにぶつける気力もない。


 「どの術が使えますか?」

 「(フクロウ)の【薬即(やくそく)】とか青の【癒し】とか、ホント、簡単なのしか使えないんですけど、何もしないよりマシかなって……」

 呪医の質問に答える内に、自分ごときが癒し手を名乗るのは、烏滸(おこ)がましいのではないか、と声が小さくなって行く。

 アウェッラーナの様子に、呪医はやさしく微笑んで言った。

 「薬師(くすし)でそれだけ出来れば、充分ですよ。グラウンドには、軽傷者が大勢居ると聞きました。ご無理のない範囲で、お願いします」

 「私でお役に立てましたら……」

 アウェッラーナは一礼して、グラウンドに向かった。


 昨日、道を埋め尽くして犇めいた車は大幅に減っていた。時折通る車は、警察や軍の車輌ばかりだ。

 グラウンドには、軍のトラックが一台停まって食糧の配給をしていた。

 こちらも人がかなり減っている。

 「薬師(くすし)でーす! 今から青の【癒し】を唱えます! 怪我してる人は集まって下さーい!」

 アウェッラーナは軍用トラックの傍らに立ち、元気いっぱいの笑顔を作って声を掛けた。


 【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】は、外傷を広く浅く癒す。対象は、声と魔力の届く範囲に居るこの世の生き物すべてだ。

 打撲や擦り傷、軽い火ぶくれ、足を踏まれて爪が割れたなどと言う人々が、アウェッラーナの周囲に集まる。

 アウェッラーナは大きく息を吸い込み、ゆっくりと呪文を唱えた。


 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て

  翼 はたはたと 癒しの風を送る ひとつの風を……」


 力ある言葉に魔力を乗せ、童歌(わらべうた)のような独特の節回しで詠じる。

 子供でも使える初歩的な術だ。


 【青き片翼】学派の術は全て、生殖行為を行ったことのない者でなければ、行使できない。

 どんなに魔力が強く、呪文を正確に唱えようとも、身体的条件を満たさない術者では、術の効力が発現しない。

 治療に関する術は、本来死すべき者を癒し、この世に留める術だ。

 それ(ゆえ)、この世に新たな生命を殖やす行いをすれば、使えなくなるのだろう。

 術理解析を行う【舞い降りる白鳥】学派の研究者たちはそう主張するが、真相は誰にもわからない。

 ただ、大抵の大人が、癒しの術を使えないことは、事実だ。


 「泣かないでね この痛みすぐ癒す 今から心こめ癒すから

  命 (つくろ)って 苦しみ去って 元気になった 見て ほら……」


 アウェッラーナの周囲に集まった人々の(あざ)が消える。

 ()りむいて破れた皮膚が再生し、かさぶたが剥がれ落ちる。

 割れた爪が、(なめ)らかな一枚になる。

 アウェッラーナ自身の顔も火ぶくれが縮小し、詠唱を終える頃には、元の卵のような肌に戻った。

 人々が口々に礼を述べ、無償で治療を行った薬師(くすし)から離れる。


 食糧を配給する兵士が、敬礼して一人分の非常食パックを差し出した。

 「お世話様です」

 「ありがとうございます」

 アウェッラーナは笑顔で受け取り、鞄に仕舞った。


 児童公園に移動し、火災に炙られ焦げた遊具に腰掛ける。

 ラキュス湖は相変わらず、冬の陽を浴びて穏やかに輝く。


 ……食べ物は、魚を獲ればいいか。


 半世紀の内乱時代、父から【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の術も教わった。

 河や湖に出られれば、少なくとも飢える心配はない。


 テロリストはキルクルス教徒だ、と警察の関係者が言っていた。

 夜なら、鉢合わせすることはないだろう。

 キルクルス教の神のご加護とやらは、彼らを魔物から守ってくれるものではない、と聞いたことがある。


 アウェッラーナは、積極的に魔物を退治する【急降下する(ワシ)】や【飛翔する(タカ)】学派の術は知らない。

 それでも、日々の暮らしに必要な【霊性の鳩】学派の【簡易結界】や【魔除け】【退魔】で、自分の身ひとつなら守れる。強い魔物には通用しないが、この辺りの平野や島周辺の湖上なら、それで充分だ。


 ……山へ行く用事なんてないし、きっとみんな、船で避難してるのよ。


 和平合意で、ラクリマリス王国との国境と定められたクブルム山脈は、多数の魔物や魔獣が棲息する。

 クブルム山脈は、ラキュス・ラクリマリス王国時代からずっと軍が常駐し、鉱山労働者の警護をしていた。

 今もそうだろう。

 リストヴァー自治区は、クブルム山脈の裾野(すその)にある。

 山へ行くには西のゾーラタ区か南のピスチャーニク区、或いは自治区を通らねばならない。

 こんな状況で、アウェッラーナの一族がわざわざ、土地勘のない自治区に近付くとは思えなかった。


 挿絵(By みてみん)

☆アガート病院/動ける患者さんには自主避難/私も、帰れって言われた……「0007.陸の民の後輩」参照

☆和平合意……「0001.内戦の終わり」参照


 設定などの詳細は「野茨の環シリーズ 設定資料」でご覧ください。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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