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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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328/3501

0323.街へのお使い

 夕飯の席には、呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニだけでなく、老婦人も居た。呪医が言った「この別荘の持ち主の親戚」シルヴァだ。


 「そろそろ、呪医(せんせい)方のごはんがなくなる頃だと思って、戻ってみれば」

 「すまねぇな。勝手に入れちまって」

 「いえ、いいんですのよ。本物の戦争難民の方に居ていただいた方が、親戚に申し訳が立ちますし」

 アゴーニが大して申し訳なさそうに言い、老婦人シルヴァもイヤミか本心か、よくわからない口調で返した。


 夕飯を食べながら自己紹介を済ませ、これからのことを話し合う。

 「私の部屋は、そのまま使って下さって結構です。元々私のじゃありませんし、今夜もあっちへ戻りますから」

 「爺さん、そんなに悪いのかい?」

 「いいえ、大丈夫ですけど、ここに居ても仕方ありませんから」

 葬儀屋アゴーニが顔を曇らせたが、老婦人シルヴァはあっけらかんと答えた。


 湖の民アウェッラーナに向き直り、改まった口調で聞く。

 「薬師(くすし)さん、あなた、どんなお薬が作れますの?」

 「材料さえあれば、大体なんでも」

 「そう。じゃあ、この庭に小さな薬草園がありますから、それ全部、お薬にして下さいな。このまま枯らすのも勿体(もったい)ないですから」

 魔法薬を宿賃にするつもりなのだろう。


 ファーキルは老婦人をじっと見詰めた。

 穏やかな微笑を浮かべるが、心中では何を企むか窺い知れない。


 薬師アウェッラーナが老婦人の顔色を窺いながら聞いた。

 「あのー……植物油とか、足りない材料が色々あるんですけど、それはどうしましょう?」

 「必要な物を教えて下されば、後でお持ちしますよ」

 「えーっと、じゃあ、明日、その畑に何があるか見せていただいてから」

 「そう。取敢えず、植物油ね。種類は何でもいいの?」

 「はい。オリーブオイルでも、菜種油でも、植物から絞った油でしたら、何でも結構です」

 薬の件はそれで話がまとまった。


 レノ店長がおずおずと申し出る。

 「あのー、厚かましいついでに夏服の型紙もお願いできませんか?」

 「型紙なんて、どうするの?」

 「はいッ! 私、針子です。布とかはあるんですけど型紙がなくて、あの、私たち力なき民なんで、もうこのカッコ、暑くて倒れそうで」


 早口に(まく)し立てる針子のアミエーラを手で制し、老婦人シルヴァは苦笑した。

 「あぁ、はいはい、わかったわ。私にも一枚、(こしら)えてもらっていいかしら?」

 「はい、勿論(もちろん)です!」

 「じゃあ、次に来た時にね」

 この件も、呆気ない程、あっさり片が着いた。


 ファーキルも思い切って言ってみる。

 この機会を逃せば、次はないかもしれないのだ。迷う暇などなかった。

 「すみません。その人のおうちってどこですか? ネットの繋がる場所なら俺も連れてって欲しいんです」

 「街の中だから繋がるでしょうけど、私の魔力じゃ、ちょっと」

 「あ、あのっ、【魔力の水晶】ならあるので、これでなんとかッ!」

 首から提げた小袋を襟元から引っ張り出す。


 老婦人シルヴァは、その膨らみを見て目を丸くした。

 「あら、そんなにあるの? じゃあ、頑張ってみようかしらね」

 「有難うございます! アウェッラーナさん、後で働いて返すんで傷薬を分けて下さい」

 「どうするんです?」

 急に話を振られ、驚いた顔でファーキルを見る薬師(くすし)に畳みかける。


 「換金して、ウェブマネーでネットの接続料を払いたいんです」

 「接続……あぁ、電話代みたいな?」

 「はい。払わないと、止められちゃうんです」

 「いいですよ。私たちも、それの情報で助かってますから」

 にっこり微笑んだ湖の民の薬師に心の底から礼を言う。

 「有難うございます!」


 「じゃあ、紙コップ持ってくるよ」

 レノ店長とメドヴェージが席を立つ。

 ファーキルが替わろうとしたが、店長に「いいから、いいから」と爽やかな笑顔で断られてしまい、居心地の悪い思いで座り直す。


 食後のお茶の後、湖の民の薬師(くすし)は少し休み、台所にあったオリーブオイルで、紙コップ五杯分の傷薬を作ってくれた。

 ファーキルは、針子のアミエーラが(こしら)えた肩掛け鞄に傷薬とタブレット端末を入れる。マチがあって、紙コップは倒れずに入れられた。


 二人で玄関を出る。もうすっかり日が沈み、庭は真っ暗だ。

 レノ店長と薬師アウェッラーナ、ロークと、何故か少年兵モーフが見送りに出てくる。四人は何も言わずに小さく手を振った。ファーキルはそれに頷き、手を振り返した。


 「さ、坊や、行きましょう」

 「はい。お願いします」

 老婦人に言われ、左右の掌にひとつずつ【魔力の水晶】を乗せる。皺くちゃの掌がその上に乗り、【水晶】と一緒にファーキルの手を握った。老婦人シルヴァが、力ある言葉でゆっくり呪文を唱える。


 「鵬程(ほうてい)を越え、此地(このち)から彼地(かのち)へ駆ける。

  大逵(たいき)手繰(たぐ)り、折り重ね、一足(ひとあし)に跳ぶ。この身を其処(そこ)に」


 詠唱が終わると同時に景色が一変し、ファーキルは見知らぬ場所に居た。


 挿絵(By みてみん)

☆この別荘の持ち主の親戚」シルヴァ……「0319.ゲリラの拠点」参照

☆庭に小さな薬草園……「0240.呪医の思い出」参照

☆爺さん、そんなに悪い……「0269.失われた拠点」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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