0323.街へのお使い
夕飯の席には、呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニだけでなく、老婦人も居た。呪医が言った「この別荘の持ち主の親戚」シルヴァだ。
「そろそろ、呪医方のごはんがなくなる頃だと思って、戻ってみれば」
「すまねぇな。勝手に入れちまって」
「いえ、いいんですのよ。本物の戦争難民の方に居ていただいた方が、親戚に申し訳が立ちますし」
アゴーニが大して申し訳なさそうに言い、老婦人シルヴァもイヤミか本心か、よくわからない口調で返した。
夕飯を食べながら自己紹介を済ませ、これからのことを話し合う。
「私の部屋は、そのまま使って下さって結構です。元々私のじゃありませんし、今夜もあっちへ戻りますから」
「爺さん、そんなに悪いのかい?」
「いいえ、大丈夫ですけど、ここに居ても仕方ありませんから」
葬儀屋アゴーニが顔を曇らせたが、老婦人シルヴァはあっけらかんと答えた。
湖の民アウェッラーナに向き直り、改まった口調で聞く。
「薬師さん、あなた、どんなお薬が作れますの?」
「材料さえあれば、大体なんでも」
「そう。じゃあ、この庭に小さな薬草園がありますから、それ全部、お薬にして下さいな。このまま枯らすのも勿体ないですから」
魔法薬を宿賃にするつもりなのだろう。
ファーキルは老婦人をじっと見詰めた。
穏やかな微笑を浮かべるが、心中では何を企むか窺い知れない。
薬師アウェッラーナが老婦人の顔色を窺いながら聞いた。
「あのー……植物油とか、足りない材料が色々あるんですけど、それはどうしましょう?」
「必要な物を教えて下されば、後でお持ちしますよ」
「えーっと、じゃあ、明日、その畑に何があるか見せていただいてから」
「そう。取敢えず、植物油ね。種類は何でもいいの?」
「はい。オリーブオイルでも、菜種油でも、植物から絞った油でしたら、何でも結構です」
薬の件はそれで話がまとまった。
レノ店長がおずおずと申し出る。
「あのー、厚かましいついでに夏服の型紙もお願いできませんか?」
「型紙なんて、どうするの?」
「はいッ! 私、針子です。布とかはあるんですけど型紙がなくて、あの、私たち力なき民なんで、もうこのカッコ、暑くて倒れそうで」
早口に捲し立てる針子のアミエーラを手で制し、老婦人シルヴァは苦笑した。
「あぁ、はいはい、わかったわ。私にも一枚、拵えてもらっていいかしら?」
「はい、勿論です!」
「じゃあ、次に来た時にね」
この件も、呆気ない程、あっさり片が着いた。
ファーキルも思い切って言ってみる。
この機会を逃せば、次はないかもしれないのだ。迷う暇などなかった。
「すみません。その人のおうちってどこですか? ネットの繋がる場所なら俺も連れてって欲しいんです」
「街の中だから繋がるでしょうけど、私の魔力じゃ、ちょっと」
「あ、あのっ、【魔力の水晶】ならあるので、これでなんとかッ!」
首から提げた小袋を襟元から引っ張り出す。
老婦人シルヴァは、その膨らみを見て目を丸くした。
「あら、そんなにあるの? じゃあ、頑張ってみようかしらね」
「有難うございます! アウェッラーナさん、後で働いて返すんで傷薬を分けて下さい」
「どうするんです?」
急に話を振られ、驚いた顔でファーキルを見る薬師に畳みかける。
「換金して、ウェブマネーでネットの接続料を払いたいんです」
「接続……あぁ、電話代みたいな?」
「はい。払わないと、止められちゃうんです」
「いいですよ。私たちも、それの情報で助かってますから」
にっこり微笑んだ湖の民の薬師に心の底から礼を言う。
「有難うございます!」
「じゃあ、紙コップ持ってくるよ」
レノ店長とメドヴェージが席を立つ。
ファーキルが替わろうとしたが、店長に「いいから、いいから」と爽やかな笑顔で断られてしまい、居心地の悪い思いで座り直す。
食後のお茶の後、湖の民の薬師は少し休み、台所にあったオリーブオイルで、紙コップ五杯分の傷薬を作ってくれた。
ファーキルは、針子のアミエーラが拵えた肩掛け鞄に傷薬とタブレット端末を入れる。マチがあって、紙コップは倒れずに入れられた。
二人で玄関を出る。もうすっかり日が沈み、庭は真っ暗だ。
レノ店長と薬師アウェッラーナ、ロークと、何故か少年兵モーフが見送りに出てくる。四人は何も言わずに小さく手を振った。ファーキルはそれに頷き、手を振り返した。
「さ、坊や、行きましょう」
「はい。お願いします」
老婦人に言われ、左右の掌にひとつずつ【魔力の水晶】を乗せる。皺くちゃの掌がその上に乗り、【水晶】と一緒にファーキルの手を握った。老婦人シルヴァが、力ある言葉でゆっくり呪文を唱える。
「鵬程を越え、此地から彼地へ駆ける。
大逵を手繰り、折り重ね、一足に跳ぶ。この身を其処に」
詠唱が終わると同時に景色が一変し、ファーキルは見知らぬ場所に居た。
☆この別荘の持ち主の親戚」シルヴァ……「0319.ゲリラの拠点」参照
☆庭に小さな薬草園……「0240.呪医の思い出」参照
☆爺さん、そんなに悪い……「0269.失われた拠点」参照




