0322.老婦人の帰還
「あら? あなたたち、どこの子? どうやって来たの? 外のトラック?」
いつの間に来たのか、大きな袋を抱えた老婦人が食堂の戸口にいた。
作業するみんなが、驚いて立ち上がる。レノ店長が代表で挨拶をした。
「そうです。俺たち、トラックでネーニア島から渡って来た戦争難民です」
「ネーニア島から? 橋は兵隊さんが見張ってるでしょ?」
老婦人が不信感も露わに眉根を寄せる。こちらから目を逸らさず、荷物を床に置いた。
レノ店長が正直に答える。
「はい。魔物に追い掛けられて、ラクリマリス軍の兵隊さんが橋の上は安全だからって、扉を開けて通してくれたんです。でも、兵隊さんたち、やられちゃったみたいで」
「まあ……」
老婦人が言葉を失う。
「その戦闘で、扉が壊れて開かなくなって、それで仕方なく、こっちへ渡ったんです。こっちの検問は、キルクルス教徒の人たちに対応してもらって」
「今、この別荘にキルクルス教徒が居るの?」
「あ、あの、勝手に入ってすみません。でも、セプテントリオー呪医に、いいって言われて、その、キルクルス教徒の人、呪医の知り合いなんです」
露骨にイヤな顔をされ、レノ店長はしどろもどろになりながらも、なんとか説明した。
実際の状況を知るファーキルでも、嘘臭く聞こえる言い訳だ。冷や汗が流れる。
老婦人は五人を順繰りに見て、盛大に溜め息を吐いた。
「ここがどんな場所か、呪医から聞いた?」
「はい。あの、ゲリラの人たちの拠点って聞きました」
「そう……あなたたちはいいの? ここが兵隊にみつかったら、女子供でも容赦なく殺されるのよ?」
「でも……他に行くとこないんで」
「あなたたち、【跳躍】は?」
「力なき民なんで……力ある民は、他の部屋に二人居ますけど、【跳躍】できるのは一人だけです」
「そう……でも、来てしまったものは仕方ないわね」
老婦人は荷物を抱え直し、食卓の脇を通って食堂奥の台所へ入った。
ファーキルは気マズくなって、最初に案内された部屋に移動した。
蔓草細工を編む星の道義勇軍の三人にシルヴァの帰還を告げて、窓辺に立つ。ソルニャーク隊長が小声で何か言って出て行った。残った二人が後片付けを始める。
ファーキルは、テキストと写真を用意した。電波の繋がる場所に行けたら、すぐ公開できるよう、準備だけでもしておいた方がいい。
記事を五本作り、それぞれの添付画像を選ぶ。SNSの規定範囲に納まるようアプリで画像に縮小を掛けた。
――ラクリマリス王国の新道を通過中、魔獣と遭遇しました。
――モースト市に続く枝道に逃げましたが、追い掛けられました。
――北ヴィエートフィ大橋で、ラクリマリス軍の守備隊に保護されました。
――ラクリマリス軍も魔獣の群に押されて、橋の上に逃がしてくれました。
――夜明けまで待って、様子を見に行きました。
――無人で、扉が壊れて開けられませんでした。
――アンテナが壊されたのか、ネットに接続できなくなりました。
――もう一日待ちました。
――誰も来なかったので、仕方なく、ランテルナ島へ渡りました。
――キルクルス教徒のフリをして、アーテル軍の警備兵をやり過ごしました。
――森で、食べられる草とか採って、なんとか暮らしています。
――今のところ、移動販売店プラエテルミッサのみんなは元気です。
アーテル領内では、正規の手段でインターネットに接続すると、通信制限に引っ掛かり、外国のサイトには、ほぼアクセスできなくなる。
ファーキルのタブレット端末は、規制を突破する違法ツールをインストールしてあり、どこの国のサイトでもアクセスできた。
どこまで行けば、ネットに繋げられるのかわからない。
どうにかして、外部に助けを求めたかった。
……誰か、信用できる魔法使いの人。
アーテル人のファーキルには、頼れる魔法使いが二人しか居なかった。
……呪符屋さんと、運び屋さんのお姐さん。
地下街で店を構える湖の民二人の顔を思い描く。二人とも、初対面のファーキルの身を案じ、代金以上によくしてくれた。
現金はもうなかった。
薬師アウェッラーナに頼んで、傷薬を支払いに充てさせてもらうしかない。薬草はたくさんあるが、植物油が心許なかった。
魔法での移動だけでなく、タブレット端末の接続料のこともある。一体、どれだけ傷薬を要求されるのか。
今は戦争中だ。ネモラリス人のテロで、アーテル領内では死傷者が続出する。
アーテル本土へ働きに出て、テロに巻き込まれたランテルナ島民なら、魔法薬の傷薬を喜んで使うだろう。相場が上がった筈だ。
そうでなくとも、何とか交渉して、最低限、接続料の支払いの協力だけでも取りつけたかった。
頭を捻り、運び屋に助けを求める文章を考える。
夕飯に呼ばれるまで、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませた結果、シンプルな一言に落ち着いた。
――助けて下さい。これまでのことは全部、ここに書いています。
アクセス可能な場所に着いたらすぐ、この一文にSNSアカウントのURLを添えて送信する。
ファーキルは、料金不足で接続できなくなる前に歩いてでも、ランテルナ島内の無線LANが届く場所へ行こうと決心した。
☆魔物に追い掛けられ……「0299.道を塞ぐ魔獣」参照
☆ラクリマリス軍の兵隊さん(中略)扉を開けて通してくれた……「0300.大橋の守備隊」参照
☆その戦闘で、扉が壊れて開かなくなって……「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」参照
☆こっちの検問は、キルクルス教徒の人たちに対応……「0312.アーテルの門」「0313.南の門番たち」参照
☆セプテントリオー呪医に、いいって言われて……「0318.幻の森に突入」参照
☆規制を突破する違法ツール……「0162.アーテルの子」「0166.寄る辺ない身」「0239.間接的な報道」参照
☆呪符屋さんと、運び屋さんのお姐さん……「0175.呪符屋の二人」参照




