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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0322.老婦人の帰還

 「あら? あなたたち、どこの子? どうやって来たの? 外のトラック?」

 いつの間に来たのか、大きな袋を抱えた老婦人が食堂の戸口にいた。


 作業するみんなが、驚いて立ち上がる。レノ店長が代表で挨拶をした。

 「そうです。俺たち、トラックでネーニア島から渡って来た戦争難民です」

 「ネーニア島から? 橋は兵隊さんが見張ってるでしょ?」

 老婦人が不信感も露わに眉根を寄せる。こちらから目を逸らさず、荷物を床に置いた。


 レノ店長が正直に答える。

 「はい。魔物に追い掛けられて、ラクリマリス軍の兵隊さんが橋の上は安全だからって、扉を開けて通してくれたんです。でも、兵隊さんたち、やられちゃったみたいで」

 「まあ……」

 老婦人が言葉を失う。

 「その戦闘で、扉が壊れて開かなくなって、それで仕方なく、こっちへ渡ったんです。こっちの検問は、キルクルス教徒の人たちに対応してもらって」

 「今、この別荘にキルクルス教徒が居るの?」


 「あ、あの、勝手に入ってすみません。でも、セプテントリオー呪医(せんせい)に、いいって言われて、その、キルクルス教徒の人、呪医(せんせい)の知り合いなんです」

 露骨にイヤな顔をされ、レノ店長はしどろもどろになりながらも、なんとか説明した。


 実際の状況を知るファーキルでも、嘘臭く聞こえる言い訳だ。冷や汗が流れる。


 老婦人は五人を順繰りに見て、盛大に溜め息を()いた。

 「ここがどんな場所か、呪医(せんせい)から聞いた?」

 「はい。あの、ゲリラの人たちの拠点って聞きました」

 「そう……あなたたちはいいの? ここが兵隊にみつかったら、女子供でも容赦なく殺されるのよ?」

 「でも……他に行くとこないんで」

 「あなたたち、【跳躍】は?」

 「力なき民なんで……力ある民は、他の部屋に二人居ますけど、【跳躍】できるのは一人だけです」


 「そう……でも、来てしまったものは仕方ないわね」

 老婦人は荷物を抱え直し、食卓の脇を通って食堂奥の台所へ入った。



 ファーキルは気マズくなって、最初に案内された部屋に移動した。

 蔓草(つるくさ)細工を編む星の道義勇軍の三人にシルヴァの帰還を告げて、窓辺に立つ。ソルニャーク隊長が小声で何か言って出て行った。残った二人が後片付けを始める。


 ファーキルは、テキストと写真を用意した。電波の繋がる場所に行けたら、すぐ公開できるよう、準備だけでもしておいた方がいい。

 記事を五本作り、それぞれの添付画像を選ぶ。SNSの規定範囲に納まるようアプリで画像に縮小を掛けた。



 ――ラクリマリス王国の新道を通過中、魔獣と遭遇しました。

 ――モースト市に続く枝道に逃げましたが、追い掛けられました。


 ――北ヴィエートフィ大橋で、ラクリマリス軍の守備隊に保護されました。

 ――ラクリマリス軍も魔獣の群に押されて、橋の上に逃がしてくれました。


 ――夜明けまで待って、様子を見に行きました。

 ――無人で、扉が壊れて開けられませんでした。


 ――アンテナが壊されたのか、ネットに接続できなくなりました。

 ――もう一日待ちました。

 ――誰も来なかったので、仕方なく、ランテルナ島へ渡りました。


 ――キルクルス教徒のフリをして、アーテル軍の警備兵をやり過ごしました。

 ――森で、食べられる草とか採って、なんとか暮らしています。

 ――今のところ、移動販売店プラエテルミッサのみんなは元気です。



 アーテル領内では、正規の手段でインターネットに接続すると、通信制限に引っ掛かり、外国のサイトには、ほぼアクセスできなくなる。

 ファーキルのタブレット端末は、規制を突破する違法ツールをインストールしてあり、どこの国のサイトでもアクセスできた。


 どこまで行けば、ネットに繋げられるのかわからない。

 どうにかして、外部に助けを求めたかった。


 ……誰か、信用できる魔法使いの人。


 アーテル人のファーキルには、頼れる魔法使いが二人しか居なかった。


 ……呪符屋さんと、運び屋さんのお姐さん。


 地下街で店を構える湖の民二人の顔を思い描く。二人とも、初対面のファーキルの身を案じ、代金以上によくしてくれた。


 現金はもうなかった。

 薬師(くすし)アウェッラーナに頼んで、傷薬を支払いに充てさせてもらうしかない。薬草はたくさんあるが、植物油が心許なかった。

 魔法での移動だけでなく、タブレット端末の接続料のこともある。一体、どれだけ傷薬を要求されるのか。


 今は戦争中だ。ネモラリス人のテロで、アーテル領内では死傷者が続出する。

 アーテル本土へ働きに出て、テロに巻き込まれたランテルナ島民なら、魔法薬の傷薬を喜んで使うだろう。相場が上がった筈だ。

 そうでなくとも、何とか交渉して、最低限、接続料の支払いの協力だけでも取りつけたかった。


 頭を捻り、運び屋に助けを求める文章を考える。


 夕飯に呼ばれるまで、ああでもない、こうでもないと頭を悩ませた結果、シンプルな一言に落ち着いた。



 ――助けて下さい。これまでのことは全部、ここに書いています。



 アクセス可能な場所に着いたらすぐ、この一文にSNSアカウントのURLを添えて送信する。

 ファーキルは、料金不足で接続できなくなる前に歩いてでも、ランテルナ島内の無線LANが届く場所へ行こうと決心した。

☆魔物に追い掛けられ……「0299.道を塞ぐ魔獣」参照

☆ラクリマリス軍の兵隊さん(中略)扉を開けて通してくれた……「0300.大橋の守備隊」参照

☆その戦闘で、扉が壊れて開かなくなって……「0302.無人の橋頭堡」「0303.ネットの圏外」参照

☆こっちの検問は、キルクルス教徒の人たちに対応……「0312.アーテルの門」「0313.南の門番たち」参照

☆セプテントリオー呪医に、いいって言われて……「0318.幻の森に突入」参照

☆規制を突破する違法ツール……「0162.アーテルの子」「0166.寄る辺ない身」「0239.間接的な報道」参照

☆呪符屋さんと、運び屋さんのお姐さん……「0175.呪符屋の二人」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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