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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0320.バーベキュー

 夕方、湖の民の呪医が言った通り、葬儀屋アゴーニが庭に姿を現した。


 ロークは薬草を抜く手を止め、腰を伸ばして彼に挨拶する。

 「おかえりなさい」

 「おっ? 君は確か……」

 一緒に居たのがあんな僅かな時間でも、もう一人の湖の民はロークの顔を忘れなかった。頬を緩めて猪を置く。


 「色々聞きてぇことはあるが、こいつを先に片付けにゃ、危ねぇからな」

 「危ない?」

 草毟(くさむし)りを終えた地面で、獲物の猪は動かない。死骸に見えるが、気絶しただけなのか。


 アゴーニは首に()げた銀の徽章(きしょう)を示して言った。

 「俺は【導く白蝶】だ。人間を弔う術なら心得てるが、食肉に魔物が涌かねぇようにする術は知らねぇんだ」

 「あっ……!」



 死体の腐敗と雑妖や魔物の発生を防ぎ、食肉として保存するのは、【(とむら)禿鷲(ハゲワシ)】学派の術だ。

 小さく切り分けて塩蔵しても、ある程度は防げるが、こんな大きな動物では処理が大変だ。

 小魚なら、魔物が憑いたところで高が知れている。湖の民アウェッラーナは念の為、水抜きした魚に軽く塩を振って対処し、今のところ特に問題はない。



 「血抜きは向こうで済ませてきたから……何人だ?」

 「えっ?」

 「今、ここんちに居るの、何人だ?」

 アゴーニが腰に吊るした山刀を抜き、猪を解体しながら聞いた。ロークは指折り数えて答える。

 「えーっと、俺たち十二人で、呪医(せんせい)とアゴーニさん入れて十四人です」

 「そうかい。そいつぁよかった。俺たち二人だけじゃ、余りを灰にせにゃならんとこだったからな。勿体(もったい)ない」

 ロークは何とも言えない気持ちで、アゴーニの作業を見守った。


 他のみんなは、別荘の中でそれぞれの作業をする。傷薬作りとその手伝い、蔓草(つるくさ)細工作り、パン作り、服の(つくろ)い、データ整理などだ。


 ローク一人、何もできることがなく、素材集めと庭の手入れを同時進行する。

 気持ちを鎮める香草と傷薬になる薬草、食べられる野草も四種類ある。種類別に袋に入れ、使えない雑草は一カ所に積んだ。


 玄関前は、アゴーニが戻るまでにトラック一台分くらいの範囲だけ片付いたが、まだまだ庭は広い。花壇の外だけでも相当な手間だ。


 ……当分は、草毟りできるな。


 以前のロークなら、高校の敷地と同じくらいの庭を一人でやれと言われたら、何もしない内から心が折れただろう。

 今は、自分から作業を申し出て、何日も掛かるのを喜んでさえいる。


 「兄ちゃんが折角、草毟りしてくれたし、今夜はここで焼き肉にしよう」

 「えっ? 夜に……外で?」

 ロークは驚いて葬儀屋アゴーニを見た。

 黄昏の残照が別荘の白い塀や壁を黄金色に染める。葬儀屋のおっさんは、夕日で陰影が薄れた顔に笑みを浮かべた。

 「この塀ン中は、強力な【結界】で守られてる。流石に死肉の内側から涌くのは止めらんねぇがな」

 「そうなんですか。じゃ、みんなを呼んできます」

 香草と薬草の袋を掴み、別荘に入る。

 扉を開けると、パンの焼ける香ばしい匂いが溢れた。


 小走りに台所へ行く。丁度、焼き上がったパンをオーブンから出して冷ますところだ。

 「アゴーニさんが戻ってきました。猪があるから庭で食べようって」

 「そうなんだ。じゃ、トラックから机とか降ろそう。ピナ、ティス、アマナちゃん、みんなを呼びに行ってくれないか?」

 女の子たちは明るい声で応え、あっという間に出て行った。

 「パン運ぶのは、机とか出してからにしよう」

 「そうですね」

 作業台に香草と薬草を置き、二人で庭へ戻った。



 メドヴェージを待つ間、レノ店長と葬儀屋アゴーニが再会の挨拶を交わす。

 「よぉ、パン屋の兄ちゃんも、久し振りだな」

 「お久し振りです。アゴーニさん」

 「おっ? 俺の呼称、覚えててくれたのか」

 「はい……って言うか、さっき呪医(せんせい)に聞いたばかりなんで。あ、俺、レノです」

 「俺はロークです」

 今更ながら、ロークも慌てて呼称を名乗った。


 女の子たちがみんなを連れて出てくる。

 「よぉ、運ちゃんも久し振り」

 「久し振りだな、葬儀屋。ちょっと見ねぇ間に、肉屋に転職でもしたのか?」

 「いやいや、俺ぁこれ一本だ」

 アゴーニが夕日に輝く白銀の蝶を指差して笑う。


 ロークは、テロリストとその被害者が、何故こんなにも屈託なく笑い合えるのか不思議だった。


 ……呪医(せんせい)と元々知合いだから? いや、でも隊長さんとあの子は違うっぽいし。


 夕飯の準備を手伝いながら、ソルニャーク隊長と少年兵モーフをチラ見する。

 モーフは猪を初めて見たらしい。興奮気味にあれこれ質問して、アゴーニとメドヴェージが冗談混じりに答え、ソルニャーク隊長がそれを見て笑う。


 ロークも、野生の猪をこんな間近で目にするのは初めてだ。

 農作物の被害が出たとの新聞記事で、写真を目にしたことならあるが、実際の大きさと獣臭さ、これからみんなで食べる高揚感。何もかもが初めてだ。 


 葬儀屋アゴーニが、別荘から金属製の支柱と串を持って来て、今夜は猪肉のバーベキューだ。

 クルィーロとアゴーニが(おこ)した【炉】の火を囲み、肉が焼けるのを待つ。

 レノ店長は、薬師(くすし)アウェッラーナにもうひとつ【炉】を作ってもらい、この間もらった深鍋で野草と猪肉のスープを作った。


 料理ができるのを待つ間、レノ店長が肉を切り取り、ピナティフィダが串に刺した。二人とも、小ぶりのビニール袋を手に()め、袋越しに作業する。


 「ちょっと獣臭ぇが、滋養はたっぷりだ。たんと食えよ。残しても、灰にするだけだからな」

 「生焼けで食べると病気になることがあります。しっかり火が通ったか、確めてからどうぞ」

 アゴーニとセプテントリオーに言われ、みんな神妙に頷いた。

 少年兵モーフが、呪医セプテントリオーに恐る恐る質問する。


 「説明は後にしましょう。さぁ、焼けましたよ」

 呪医は支柱から串を外し、モーフに手渡した。


 ……あっ! そう言うコトか。


 ロークは、呪医セプテントリオーが食事中の説明を避けたことで気付いた。薬師(くすし)アウェッラーナは勿論(もちろん)、レノ店長とピナティフィダ、クルィーロとソルニャーク隊長も微妙な顔だ。

 パン屋の兄妹はさっき生肉を触る時、ビニール袋を手袋代わりにして、素手で触らなかった。


 ……E型肝炎と寄生虫……か。


 ロークはしっかり焼けた串を二本取り、一本をファーキルに渡した。

 「あ、有難うございます」

 「どういたしまして。ファーキル君、猪って食べたことある?」

 「いえ、初めてです。見た目、割と豚に似てるんですね」

 「そうだね。親戚だからね」

 そんなことを言いながら、息を吹いて冷ました。


 「うあっ? あちちッ!」

 「はははっ。慌てて食うからだ」

 早速かぶりついたモーフが口を火傷する。脂身たっぷりの肉はかなり熱かったようで、唇に火ぶくれができた。

 呪医セプテントリオーが、【操水】でコップ一杯くらいの水を起ち上げ、モーフの口に触れさせた。患者が驚いた顔で口を閉じる。呪医は更に別の呪文を唱えて水を離した。


 「焼き立ては熱いので、気を付けて下さい」

 「……うん」

 少年兵モーフは呆然とするが、呪医の治療を嫌がる様子はない。唇はすっかりキレイに治った。


 ……そう言えば、アウェッラーナさんの手伝いも、文句言わなかったしなぁ。


 この暮らしに慣れて、信仰心が薄らいだのだろうか。

 それとも、リストヴァー自治区で生まれ育ったから、キルクルス教しか知らないだけで、フラクシヌス教に触れる機会があれば、そちらに馴染む性格なのか。


 ……俺だって、ホントは。


 祖父と両親に押し付けられなければ、フラクシヌス教を信仰しただろう。

 ネーニア島を囲み、すぐ近くで輝く広大なラキュス湖。恵み豊かな女神の涙に感謝してはいけないと教え込まれ、幼い頃からキルクルス教徒として育てられた。

 自治区外の豊かな暮らしを得る為、キルクルス教の信仰をこそこそ隠し、フラクシヌス教徒のフリをさせられた。


 周りはみんな、フラクシヌス教徒だ。

 祖父と両親の前では、嫌々フラクシヌス教徒のフリをする演技をしたが、本当は純粋にその祭を楽しみ、神々に感謝した。


 だが、歳の近い隠れ信徒の少女ベリョーザは、何の疑問もなく、力なき聖者キルクルスの教えに帰依した。


 「迫害されないようにって言うのもあるけど、信仰の強さを試す試練だものね」

 ベリョーザの瞳に宿るのは、どこか狂気じみた輝きだ。

 整った顔立ちで、明るい笑顔も可愛かったが、仲良くしたいとは思えなかった。


 互いの両親は、二人を将来、結婚させるつもりらしく、何かにつけて双方の家を行き来させ、二人きりになる機会を設けた。

 共通の秘密を持ち、親公認だからか、ベリョーザの方は、完全にその気でいたようだ。ロークのディアファネス家に来る時はいつも、手作りの菓子を持って来た。



 甘くベタつく記憶を振り払い、猪肉にかぶりつく。

 臭みはあるが、脂の甘みと肉の濃い味に打消され、すぐ気にならなくなった。何の味付けもない、ただ焼いただけの肉がこんなに美味いとは思わなかった。


 みんなも同じなのか、どんどん肉が減る。

 「おいしいねー」

 「ねー」

 エランティスとアマナが、笑顔を向け合う。



 野趣あふれる肉で腹いっぱいになり、もうどう頑張っても食べられなくなった。

 「後で欲しいっつっても、ねぇぞ。いいな?」

 「もう無理……」

 「ご馳走様でした」

 口々に猪とアゴーニへの感謝を言葉にする。


 アゴーニが頷き、魔物の発生を防ぐ為、残りを灰にした。呪医セプテントリオーが、残った灰を水に溶かし、花壇に撒く。

 みんなは声に出さずに猪の命を弔い、心の中で感謝の祈りを捧げた。

☆一緒に居たのがあんな僅かな時間……「0194.研究所で再会」「0195.研究所の二人」参照

☆この間もらった深鍋……「0288.どの道を選ぶ」参照

☆歳の近い隠れ信徒の少女ベリョーザ……「0048.決意と実行と」「0052.隠れ家に突入」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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