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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0318.幻の森に突入

 クルィーロとソルニャーク隊長は両手に一本ずつ枝を持ち、慎重に足を進める。

 足には草の感触があるが、前に突き出した枝は、木の幹を通り抜ける。横に伸ばしたもう一本の枝にも、触れる物がない。一歩、横に進めば、枝が木に触れる。トラックが楽に通れる程度の幅員(ふくいん)があるらしい。

 注意すると顔に注ぐ日射しが、木漏れ日ではないのもわかった。


 二人が歩くのは、鬱蒼と生い茂る雑木林ではなく、初夏の日差しが燦々と降り注ぐ、日当たりのいい草地なのだ。


 ……そりゃ、こんだけ照ってりゃ、雑妖なんか居ないよな。


 不意に目の前の風景が変わった。

 高い塀と開け放たれた門。門前にはまだ、緑髪の呪医セプテントリオーが居た。

 「隊長さ……」

 左を見たが、ソルニャーク隊長の姿はなかった。


 「君は確か、力ある民でしたね?」

 呪医がその場から動かず、質問を寄越した。クルィーロは立ち止まり、大きく頷いてみせる。


 「魔力がなければ、ここを囲む【結界】を越えられないのです」

 「えっ? でも、さっきはモーフ君……?」

 「あなたが腕を掴んでいたからでしょう」

 「ちょっ……ちょっと待て下さい。隊長さん、隊長さーん!」


 一歩戻って見回すと景色が一変した。元の雑木林だ。

 十歩ばかり奥にソルニャーク隊長の驚いた顔がある。

 「一体どこへ? 急に姿が……」

 「えっと、術で隠してあるっぽいです。ちょっとこっち来て、手を繋いでもらえますか?」

 隊長が引き返し、戸惑いを隠しきれない顔でクルィーロの手に触れる。力ある民の工員はその手を握り、一歩、前へ踏み出した。


 ソルニャーク隊長が息を呑む。

 「……これは?」

 「私も【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術には詳しくありませんので、原理などは説明致しかねます。力ある民や【魔力の水晶】などを持つ者だけを選択的に通す【結界】のようです」



 湖の民の呪医の説明を頭の中で反芻し、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の状態に当て()める。

 キルクルス教徒の四人以外はみんな通れる。いや、こうやって手を繋げば、彼らもここに来られるのだ。もしかすると、トラックごと入れるかもしれない。


 南ヴィエートフィ大橋を渡ってしまえば、それこそ、帰る手段を失ってしまう。

 幸い、北ヴィエートフィ大橋のランテルナ島側の守備兵たちは、移動販売店のトラックが、魔物や魔法使いに襲われることを懸念した。島内で「行方不明」になっても、捜索しないだろう。

 ここで匿ってもらえれば、帰る手立てを探す時間が稼げる。



 「呪医(せんせい)、ちょっと、どいてもらっていいですか?」

 「トラックで侵入できるかどうか、試してみたい」

 ソルニャーク隊長も同じことを考えたらしい。呪医が頷いて庭の奥へ引っ込む。

 二人は枝を捨て、広場へ駆け戻った。


 説明を聞いたメドヴェージが複雑な表情を浮かべる。

 「トラック、大丈夫ですかい?」

 「やってみなければわからん。助手席は魔法使い二人どちらか。荷台は【水晶】を持つ者を分散させる。どうだ?」

 ソルニャーク隊長が、メドヴェージ、アウェッラーナ、最後にクルィーロを見て言う。隣を見ると、アウェッラーナと目が合った。


 クルィーロは、湖の民の薬師(くすし)に頷いてみせる。

 「助手席は俺が行きます。荷台の一番後ろ、いいですか?」

 「はい。他の皆さんは等間隔に並んでもらっていいですか?」

 薬師がみんなを見回し、メドヴェージで視線を止める。


 アマナがクルィーロにしがみついた。

 「大丈夫だって。あの辺は幻なんだから」

 頭をくしゃりと撫でて笑顔を向ける。妹は不安のこびりつく顔で小さく頷いた。話が決まり、みんな大急ぎでトラックに乗り込む。


 「じゃ、じゃあ、行くぞ」

 「まっすぐです。まっすぐ行けば、大丈夫ですから」

 運転手メドヴェージがゆっくりとアクセルを踏み、四トントラックが動きだす。メーターは時速二十キロ、自転車を少し飛ばしたくらいの速さで、木々が生い茂る森に突入する。


 メドヴェージが顔を強張らせ、アクセルから足を放した。ブレーキはなんとか(こら)え、車体が慣性で前進する。木立がフロントガラスを突き抜け、後ろへ流れた。木の幹がサイドブレーキにめり込んで見える。


 「は……ははっ、ホントに……幻なんだな」

 「門はすぐそこです。まっすぐで、お願いします」

 メドヴェージの肩から力が抜け、再びアクセルを踏んだ。唐突に景色が変わり、運転手が息を呑む。トラックはゆるゆる進み、開け放たれた門を抜け、荒れ果てた庭園で停まった。


 「じゃ、みんなを降ろしましょう」

 呆然と景色を眺める運転手に声を掛け、シートベルトを外す。

 メドヴェージはエンジンを切り、首を捻りながら車外へ出た。


 「運転手さん」

 「呪医(せんせい)……ホントに、呪医(せんせい)なのかい? また、幻じゃねぇだろな?」

 「私の【青き片翼】学派に【幻術】はありませんよ」

 湖の民の呪医セプテントリオーが苦笑する。


 クルィーロは鍵を受け取り、荷台を開けた。

 みんなが、おっかなびっくり降りて来る。アマナが飛び付いた。

 「なっ、大丈夫だったろ?」

 「うん。ここ、誰のお家?」

 「えっ? さあ? それはまだ聞いてないな」

 アマナを抱きしめ、顔だけ呪医に向ける。


 ……あの人もテロで職場ぶっ壊されて、同僚とか担当の患者とか殺されたのに。


 メドヴェージと話す呪医は、穏やかな微笑を浮かべる。

 クルィーロは、自分たちの神経がおかしいのかと思ったが、呪医を見てわからなくなってきた。


 「私の家ではありませんが、みなさん、中へどうぞ」

 「呪医(せんせい)の家じゃねぇって、誰んちなんだ?」

 「中でお話しますよ」


 呪医は、装飾が施された立派な扉を開き、さっさと入ってしまった。みんなが顔を見合わせる。微妙な表情が互いをちらちら窺った。


 「ここまで来たんだ。行くしかないだろ」

 幼馴染のレノが、店長として先頭に立ち、玄関に入った。妹のピナティフィダとエランティスが慌てて後を追う。少年兵モーフが続き、メドヴェージや他のみんなも遠慮がちに入った。



 湖の民の呪医が廊下の先で待つ。

 ドーシチ市のお屋敷程ではないが、ここもクルィーロたちの実家よりずっと立派なお屋敷だ。


 長い廊下を抜け、日当たりのいい部屋に案内された。ソファとローテーブルが、広い部屋に散らばる。

 「どうぞ、お掛け下さい」

 「椅子、動かしていいか?」

 「どうぞ」

 メドヴェージに快く応じ、呪医もソファの移動を手伝う。四脚のソファで一台のローテーブルを囲み、腰を落ち着けた。

☆ランテルナ島側の守備兵たちは、移動販売店のトラックが、魔物や魔法使いに襲われることを懸念……「0313.南の門番たち」参照

☆あの人もテロで職場ぶっ壊され……「0009.薬師の手伝い」~「0015.形勢逆転の時」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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