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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0316.隠された建物

 少年兵モーフは工員クルィーロを見上げた。彼の目は庭の人物に釘付けだ。モーフの腕を掴む手が震える。

 庭の人物が、ゆっくりと歩いてきた。門の手前で足を止め、夢でも見るような目で二人を見詰める。その顔には、モーフも見覚えがあった。


 ……コイツ、なんでこんなトコ居るんだ?


 驚きのあまり声が出ない。


 どのくらい見詰め合ったのか。

 最初に我に返ったのは、魔法使いの工員クルィーロだ。

 「……呪医(せんせい)、何でこんな所に?」

 「君たちこそ、どうやってここへ?」

 お互い、幻に話し掛けるような声だ。後の言葉が続かない。


 少年兵モーフは、湖の民の背後の庭をじっくり見た。

 元はドーシチ市の屋敷のように花壇などが整えてあったのだろう。今は雑草が我が物顔で蔓延(はびこ)り、庭を埋める。

 その奥には、屋敷より小さいが、立派な家が見える。こちらは特に(いた)んだ様子はなさそうだ。


 ……なんで木が消えたんだ? なんでこんなトコに家があるんだ?


 見たところで、状況を知る手掛かりになるどころか、謎が増えただけだ。魔法使いの工員クルィーロは、呪医と呆然と見詰め合うだけで、当てになりそうもない。


 「おぉーい! どこ行ったー!」

 メドヴェージの声が届いた。何度も叫ぶ声は同じ位置から聞こえる。流石のおっさんも、一人では森に入れないらしい。


 湖の民の呪医が、二人の背後に目を遣りながら聞く。

 「運転手さんも? みなさんで、ランテルナ島へ渡って来たのですか?」

 「来たくて来たんじゃねぇよ」

 「えっと……話せば長くなるんですが、心配されてるんで、ちょっと戻ります」

 クルィーロに視線で(たしな)められ、モーフはムッとしたが、素直に従った。


 呪医の声が二人の背中を追い掛ける。

 「門の前の木立は【幻術】ですよ。道を隠しているのです」

 「えっ?」

 クルィーロが振り向き、手近の大木に触れる。その手が幹を突き抜けた。モーフも、恐る恐る薮に手を突っ込んでみる。何の手応えもなかった。


 ……何だこりゃ?


 引っ込めた手をしげしげ眺めたが、異状はない。

 来る時は「ある」と思って避けて通ったが、思い切って直進してみた。身体が木の幹も生い茂った薮も素通りする。足に触れる草の感触は生々しい。

 クルィーロが、薬草を一本摘んで匂いを嗅いだ。膝くらいの高さに伸びた草はホンモノだ。

 少年兵モーフは、さっき放りだした袋を拾い、薬草を入れるよう促した。


 改めて周囲を見回す。この木立には雑妖が居なかった。ラクリマリスの新道の脇は、ちょっとした薮の中にも雑妖が居た。


 ……そっか、ホントは木がなくて日当たりいいから、雑妖が居ねぇンだ。


 広場に出た途端、メドヴェージに捕まって頭をわしゃわしゃ撫で回された。

 「坊主、どこ行ってたんだ? 急に見えなくなったから心配したんだぞ?」

 説明できないモーフに構わず、おっさんはクルィーロに礼を言う。

 湖の民の薬師(くすし)も、おっさんの隣でホッとする。二人しか居ない魔法使いが、両方とも森へ入るのを躊躇したのだろう。


 ソルニャーク隊長とレノ店長は、食事をするみんなから少し離れた場所に立って周囲を警戒する。

 「おーい! みんなー、出てきたぞー!」

 メドヴェージが、この上もなくイイ笑顔でみんなに手を振る。

 別々の方向を見張る隊長と店長が、こちらを向いた。焼魚を頬張るみんなも顔を上げる。女の子たちが嬉しそうに手を振り返した。


 「あ……あの、アウェッラーナさん、お医者さん、居ました」

 「お医者さん?」

 クルィーロが、たった今見たばかりのものをたどたどしく説明する。自分でも信じられない顔だ。モーフにも巧く説明できる自信はない。

 湖の民アウェッラーナが首を傾げる。あの人物と同じ緑色の髪が揺れた。


 「えっ、えっと、森……あっちの森……えーっと、クブルム山脈の麓の研究所に居た人」

 「セプテントリオー呪医(せんせい)ですか?」

 「そう、その人です」

 「兄ちゃん、夢でも見たんじゃねぇか?」

 知合いの呼称を出され、メドヴェージが疑わしそうに苦笑した。


 「モーフ君も一緒に見たよなッ」

 クルィーロに話を振られ、少年兵モーフはこくりと頷いた。

 あの呪医は、研究所で長ったらしい呼称を名乗ったが、モーフの知らない単語で覚えられなかった。代わりに、ゼルノー市民病院で情けを掛けられ、水壁で閉じ込められた記憶がまざまざと甦る。


 ……なんでこんな遠くの島に居るんだ? ここは敵国……アーテルの領土だぞ?


 少年兵モーフの胸に呪医への不信感が湧き上がる。


 「坊主、呪医(せんせい)はこんな森ん中で、何してたんだ?」

 それには、モーフも首を傾げるしかなかった。何故、こんな森の中に建物があるのか。あんな荒れ果てた庭で呪医は何をしていたのか。


 「この辺から奥、ホントは木がなくて、【幻術】で森っぽくしてあるだけなんだそうです。後で行ってみませんか?」

 「そうなのか? じゃ、まずは腹拵(はらごしら)えだ」

 クルィーロが言うと、メドヴェージは大きな手でモーフの背を押して、みんなの所へ連れて行った。少年兵モーフが、ソルニャーク隊長にこってり叱られたのは言うまでもない。


☆ラクリマリスの新道の脇……「0297.トラブル発生」参照

☆クブルム山脈の麓の研究所に居た人……「0194.研究所で再会」「0195.研究所の二人」参照

☆知合いの呼称/メドヴェージ……「0017.かつての患者」参照

☆ゼルノー市民病院で情けを掛けられ、水壁で閉じ込められた……「0013.星の道義勇軍」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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