0315.道の奥の広場
メドヴェージが、何もない野原にトラックを進入させ、入口近くで停める。
少年兵モーフは荷台を降りて見回した。
何か建てるつもりで雑木林を切り拓いたものの、何らかの事情で放棄されたようだ。それでも、たまに人が手を入れ、隅には伐った枝が積んである。
……あんだけありゃ、何日分の薪ンなるんだ?
放棄された枝の山には、蔓草が伸び上がり、葉を青々と茂らせる。
モーフたち、リストヴァー自治区のバラック街住民は、冬になると、シーニー緑地やクブルム山脈の裾野へ薪拾いに行く。
緑地へは、セイタカアワダチソウなど茎の太い枯れ草を取りに行くが、近くて安全なので競争率が高く、すぐ取り尽くされてしまう。
クブルム山脈の裾野も、街に近い場所では落ち枝がすぐなくなる。寒さが厳しくなる頃には、命懸けで山へ入らざるを得なかった。
モーフは母に止められ、裾野さえ行ったことがない。
その母は毎年、「モーフ、お姉ちゃんをよろしくね」と言い置いて、近所の人たちと一緒に山へ行った。
山の中は、昼間でも雑妖が漂い、魔物も多い。
小さい頃は、母が帰って来ないのではないかとの恐怖で、足の不自由な姉にしがみついて過ごした。姉は申し訳なさそうに幼いモーフの頭を撫でてくれた。
街で凍死するか、山で魔物に食われるか。
寒さが緩む頃には、乳幼児や年寄り、病人の多くが居なくなる。
年寄りと言っても、四十代後半くらいで、しわくちゃになる者が殆どだ。
……母ちゃん。
母もそうだった。三十代前半だが、六十代の婆さんとそう変わらない老け込み具合だ。
ソルニャーク隊長とメドヴェージは、バラック街の中でも割といい暮しができる部類だ。モーフの母や近所の大人たちよりも、ずっと若々しい。
自治区生まれの子は、悪い水のせいで幼い頃に大半が亡くなる。運良く大人になれても、三十を過ぎる頃まで生きられる者は少なかった。
年配の人々はみんな、内戦以前に他所で生まれ育った者ばかりだ。
……隊長たちが母ちゃんより若く見えんのも、そのせれでか?
薪の山からの連想で、次々とリストヴァー自治区での惨めな日々が甦る。少年兵モーフは、胸が詰まって身体が重くなった。
パン屋の兄妹と魔法使いの工員が全部してくれるので、食事の用意で手伝えることは何もない。視線を落とすと、食べられる野草と傷薬になる薬草が、手つかずで生い茂る。
「薬草とか採っとく。俺は最後でいい。焼けたら呼んでくれ」
ビニール袋を二枚手にして荷台を降りた。
レノ店長が、当たり前のように「ありがとう。気を付けてなー」と声を掛ける。自治区の工場では、そんなことを言われた例がなかった。
……何でだよ? 俺は、あんたらの街を焼いたんだぞ?
疑問を口に出せず、きゅっと唇を引き結ぶ。
少年兵モーフはトラックを離れ、広場の奥へ大股で歩いた。森の手前で薬草と、食べられる野草を別々の袋に摘み入れる。
「坊主、何、すねてんだ?」
「すねてなんかねぇよ」
メドヴェージが駆け寄ってきた。言いながら足下の薬草を摘んで、モーフが持って来た袋に入れる。
「それはそっちじゃねぇ! こっちだ! 邪魔すんならあっち行ってろ!」
野草用の袋に突っ込まれた薬草を掴み出し、薬草用の袋に押し込む。
顔を上げると、メドヴェージの驚いた目と視線がぶつかった。いつものおどけた調子は微塵もない。
少年兵モーフは自分でも何故、こんなことを言ってしまったかわからず、草地に置いた袋をひったくるように拾い上げた。いたたまれなくなって木立に分け入る。
「お、おいッ! 一人でそんなトコ行ったら危ねぇぞ」
「うるせえッ! ついてくんなッ!」
振り向きもせず怒鳴り返し、どんどん奥へ進む。
言葉にならない思いが胸の奥で渦巻き、駆け出したい衝動に駆られた。薮と木立の間を縫って、奥へ奥へと進む。行く手を阻まれるもどかしさに苛立ちが増す。
草を踏む音が追い掛けて来る。
「ついてくんなっって……」
「モーフ君、一人で森へ入っちゃ危ないよ」
少年兵モーフの肩を掴んだのは、ツナギの上から魔法のマントを纏った工員だ。メドヴェージは森の手前でおろおろ立ち尽くす。
「ここ、雑妖居ねぇし」
「あッ……!」
その手を強引に振り払い、薬草と野草の袋を放り出して、身ひとつで魔法使いの工員から逃れる。
……何だよ、何なんだよ、クソッ!
それでも、工員は追い掛けてきた。
「森は毒蛇とか、魔物や雑妖の他にも危ない奴居るから、早く戻ろう。なっ」
「……」
少年兵モーフは答えられなかった。目の前に広がる景色に呆然と見入る。
「魚も焼けたし」
「……」
モーフは言葉が出なかった。工員クルィーロに掴まれた腕を上げ、前を指差す。クルィーロが、やっとその先に顔を向け、絶句した。
高い塀がある。門が開け放たれ、その奥には荒れた庭園があった。佇む人の髪は緑色。風が立ち、梢と同時になびく。向こうもこちらに気付いた。
……森は? さっきまで森だったのに、森はどこ行ったんだ?
見回すと、二人の周囲は草地だ。樹木と薮がいつの間にか消え失せた。
☆自治区生まれの子は、悪い水のせいで幼い頃に大半が亡くなる……「0031.自治区民の朝」参照




