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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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320/3506

0315.道の奥の広場

 メドヴェージが、何もない野原にトラックを進入させ、入口近くで停める。

 少年兵モーフは荷台を降りて見回した。

 何か建てるつもりで雑木林を切り拓いたものの、何らかの事情で放棄されたようだ。それでも、たまに人が手を入れ、隅には伐った枝が積んである。


 ……あんだけありゃ、何日分の(まき)ンなるんだ?


 放棄された枝の山には、蔓草(つるくさ)が伸び上がり、葉を青々と茂らせる。


 モーフたち、リストヴァー自治区のバラック街住民は、冬になると、シーニー緑地やクブルム山脈の裾野へ(たきぎ)拾いに行く。

 緑地へは、セイタカアワダチソウなど茎の太い枯れ草を取りに行くが、近くて安全なので競争率が高く、すぐ取り尽くされてしまう。

 クブルム山脈の裾野も、街に近い場所では落ち枝がすぐなくなる。寒さが厳しくなる頃には、命懸けで山へ入らざるを得なかった。


 モーフは母に止められ、裾野さえ行ったことがない。

 その母は毎年、「モーフ、お姉ちゃんをよろしくね」と言い置いて、近所の人たちと一緒に山へ行った。

 山の中は、昼間でも雑妖が漂い、魔物も多い。

 小さい頃は、母が帰って来ないのではないかとの恐怖で、足の不自由な姉にしがみついて過ごした。姉は申し訳なさそうに幼いモーフの頭を撫でてくれた。


 街で凍死するか、山で魔物に食われるか。

 寒さが緩む頃には、乳幼児や年寄り、病人の多くが居なくなる。


 年寄りと言っても、四十代後半くらいで、しわくちゃになる者が(ほとん)どだ。


 ……母ちゃん。


 母もそうだった。三十代前半だが、六十代の婆さんとそう変わらない老け込み具合だ。

 ソルニャーク隊長とメドヴェージは、バラック街の中でも割といい暮しができる部類だ。モーフの母や近所の大人たちよりも、ずっと若々しい。


 自治区生まれの子は、悪い水のせいで幼い頃に大半が亡くなる。運良く大人になれても、三十を過ぎる頃まで生きられる者は少なかった。

 年配の人々はみんな、内戦以前に他所で生まれ育った者ばかりだ。


 ……隊長たちが母ちゃんより若く見えんのも、そのせれでか?


 薪の山からの連想で、次々とリストヴァー自治区での惨めな日々が甦る。少年兵モーフは、胸が詰まって身体が重くなった。


 パン屋の兄妹(きょうだい)と魔法使いの工員が全部してくれるので、食事の用意で手伝えることは何もない。視線を落とすと、食べられる野草と傷薬になる薬草が、手つかずで生い茂る。


 「薬草とか採っとく。俺は最後でいい。焼けたら呼んでくれ」

 ビニール袋を二枚手にして荷台を降りた。

 レノ店長が、当たり前のように「ありがとう。気を付けてなー」と声を掛ける。自治区の工場では、そんなことを言われた(ためし)がなかった。


 ……何でだよ? 俺は、あんたらの街を焼いたんだぞ?


 疑問を口に出せず、きゅっと唇を引き結ぶ。


 少年兵モーフはトラックを離れ、広場の奥へ大股で歩いた。森の手前で薬草と、食べられる野草を別々の袋に摘み入れる。

 「坊主、何、すねてんだ?」

 「すねてなんかねぇよ」

 メドヴェージが駆け寄ってきた。言いながら足下の薬草を摘んで、モーフが持って来た袋に入れる。


 「それはそっちじゃねぇ! こっちだ! 邪魔すんならあっち行ってろ!」

 野草用の袋に突っ込まれた薬草を掴み出し、薬草用の袋に押し込む。

 顔を上げると、メドヴェージの驚いた目と視線がぶつかった。いつものおどけた調子は微塵もない。

 少年兵モーフは自分でも何故、こんなことを言ってしまったかわからず、草地に置いた袋をひったくるように拾い上げた。いたたまれなくなって木立に分け入る。


 「お、おいッ! 一人でそんなトコ行ったら危ねぇぞ」

 「うるせえッ! ついてくんなッ!」

 振り向きもせず怒鳴り返し、どんどん奥へ進む。

 言葉にならない思いが胸の奥で渦巻き、駆け出したい衝動に駆られた。薮と木立の間を縫って、奥へ奥へと進む。行く手を阻まれるもどかしさに苛立ちが増す。


 草を踏む音が追い掛けて来る。

 「ついてくんなっって……」

 「モーフ君、一人で森へ入っちゃ危ないよ」

 少年兵モーフの肩を掴んだのは、ツナギの上から魔法のマントを(まと)った工員だ。メドヴェージは森の手前でおろおろ立ち尽くす。


 「ここ、雑妖居ねぇし」

 「あッ……!」

 その手を強引に振り払い、薬草と野草の袋を放り出して、身ひとつで魔法使いの工員から逃れる。


 ……何だよ、何なんだよ、クソッ!


 それでも、工員は追い掛けてきた。

 「森は毒蛇とか、魔物や雑妖の他にも危ない奴居るから、早く戻ろう。なっ」

 「……」

 少年兵モーフは答えられなかった。目の前に広がる景色に呆然と見入る。


 「魚も焼けたし」

 「……」

 モーフは言葉が出なかった。工員クルィーロに掴まれた腕を上げ、前を指差す。クルィーロが、やっとその先に顔を向け、絶句した。



 高い塀がある。門が開け放たれ、その奥には荒れた庭園があった。(たたず)む人の髪は緑色。風が立ち、梢と同時になびく。向こうもこちらに気付いた。


 ……森は? さっきまで森だったのに、森はどこ行ったんだ?


 見回すと、二人の周囲は草地だ。樹木と薮がいつの間にか消え失せた。

☆自治区生まれの子は、悪い水のせいで幼い頃に大半が亡くなる……「0031.自治区民の朝」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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