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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二章 印歴二一九一年二月二日
32/3486

0032.束の間の休息

 二月二日。


 アウェッラーナは夜が明けてから、警察署で電話を借りたが、不通だった。火災で、電話線が断線してしまったのかもしれない。

 警察署の建物自体もボロボロで、いつ倒壊してもおかしくない。

 住民と警察職員が会議用の長机と椅子を運び出し、公園と駐車場に風除(かぜよ)けなどを作っていた。


 食糧はないが、警察署の水道はまだ使える。

 病院と警察でコップや食器を()き集め、避難民に飲料水を配った。

 「水しかないのか」

 「我々だって、昨日から飲まず食わずで不眠不休なんだ」

 詰め寄る避難民に、警察署員が声を荒げる。詰め寄った男はその剣幕に(ひる)み、すごすご引き下がった。

 「(ののし)って飯が食えるんなら、みんなそうしてる」

 「お水がいただけただけでも、ありがたいやねぇ」

 他の住人が、聞えよがしに言うのを横目で睨みながら、男はどこかへ行った。


 アウェッラーナは受け取った水を飲み干した後、ぼんやり空を見上げた。

 鞄の中身は、財布とハンカチ、空っぽの水筒、化粧ポーチ、筆箱、手帳、携帯用の裁縫道具、手袋。家が焼けてしまった今、これがアウェッラーナの全財産だ。


 風が吹く度に焦げ臭い空気がまとわりつくが、東の空に煙はなかった。燃える物は全て焼き尽くしたのだろう。

 昨夜は結局、一睡もせず【魔力の水晶】と【魔道士の涙】がなくなるまで傷薬を作り続けた。



 アガート病院に連絡しなければならない。

 湖に出て、家族の船を探さなければならない。

 すべきことはあっても、動く気力が湧かなかった。



 「あなた、こっちで休みなさい」

 年配の女性薬師(くすし)に手を引かれ、アウェッラーナは病院の裏手に連れ出された。

 職員用駐車場に乗用車が三台ある。そのいずれにも、シートを倒し、毛布に(くる)まって眠る人が見えた。


 「交代で休んでるから」

 年配の女性薬師は、一台の車の後部扉を開けた。

 座席の上に丸めた毛布が一枚ある。運転席と助手席で湖の民が寝息を立てていた。アウェッラーナは促されるまま、毛布に(くる)まった。

 「鍵を掛けなさい」

 「この戸閉ざせ (ゆえ)なく開くべからず 固く閉じよ “(ウァダー)”の鍵の声聞くまで」

 乗用車のドアと言うドア、ボンネットやトランクまで、術の【鍵】が掛かった。


 薬師(くすし)は、ドアの内鍵を物理的に閉めるよう言ったつもりだった。術の方が安心だと思い直し、そっとその場を離れる。

 アウェッラーナはそれで力尽き、深い眠りに落ちた。



 「起きて。起きてちょうだい!」

 知らない声で、アウェッラーナは目を開けた。

 よくわからない場所に居る。状況が把握できず、ぼんやりしていると、更に別の声に言われた。

 「ちょっと、起きて! 【鍵】を掛けたのはあなた? 早く開けてちょうだい」

 「……【鍵】……? あぁ、えーっと、合言葉……水……ウァダー」

 ようやく目が覚め、座席に起き上りながら、解除の合言葉を呟く。

 車のドアと言うドア、ボンネットやトランクまでもが音を立てて一斉に開いた。外で待つ看護師たちが慌ててトランクとボンネットを閉める。

 「あ……すみません」

 まだ少しぼんやりしているが、何とかそれだけ言うと、アウェッラーナも車を降りた。


 中年の女性看護師が、アウェッラーナの肩をポンと叩いて笑う。

 「いいのよ。魔法の鍵の方が安心だもの。もし、余裕があればでいいんだけど、もう一回、掛けてくれない?」

 まだ眠いが、【鍵】くらいなら掛けられそうだ。眠気の抜けきらないけだるい声で応じる。

 女性看護師四人が席で毛布に(くる)まると、アウェッラーナは、うっかり掛けた時と同じ合言葉を織り込み、【鍵】の呪文を唱えた。



 日がすっかり高い。

 吐く息が小さな雲のように流れた。魔力を持たない人々が震えている。雲ひとつない晴天だが、気温は低かった。

 一緒に眠った看護師二人と共に警察の駐車場へ戻る。


 一角に人集(ひとだか)りがある。

 負傷者の治療は粗方(あらかた)終わったのか、かなり減っていた。

 明るくなってから、被害を受けていない地域へ移動したのか、身内の安否を尋ねに焼け跡へ向かったのか。


 年配の男性薬師(くすし)がアウェッラーナに気付き、小走りに近付いてきた。

 「あぁ、居た居た。ご協力ありがとうございます。あなたも呪医の先生に癒してもらって下さい」

 「私も……?」

 「……お顔の……火傷……」

 男性薬師が、言い(にく)そうに目を()らす。言われてやっと気付いた。昨日、自宅に戻った際、炎に煽られて髪が焦げたのだ。


 ……あぁ、そっか。ほっぺがヒリヒリするの、火傷だったんだ。


 駐車場の隅に行き、水道の行列に並ぶ。

 十数人の列はすぐに(さば)けた。アウェッラーナも、水筒一杯分だけ水を汲み、すぐに離れる。


 人の少ない所で水筒の水を半分だけ起ち上げ、まず顔を洗った。

 火傷に()みて痛い。

 一旦汚れを捨てて口をすすぎ、また汚れを捨てる。

 体と服を同時に洗い、洗う部分を変える度に、溶け込んだ汚れを水から抜いて捨てた。最後に靴と足を洗って、ホッと息を吐く。

 理論上キレイでも、気分的にイヤなので、身体を洗った水は植込みに流した。水筒を鞄に仕舞い、車のサイドミラーで顔の火傷を確認する。


 ……このくらいなら、自分で治せるわ。


 アウェッラーナは駐車場の人集(ひとだか)りに近付いた。集まった人々の顔が暗い。

 「おい、これ、どうなるんだよ?」

 「国は、どうする気なんだ?」

 人垣の隙間から(うかが)うと、新聞の号外がチラリと見えた。

 「自治区民 武装蜂起」と大きな見出しに、一回り小さい見出しで「アーテル共和国 関与か」と続いている。

 アウェッラーナが知ったところで、どうにもならない大きな話のようだ。

 ひとつ溜め息を()いて、呪医の居る場所へ足を向けた。

☆昨夜は結局、一睡もせず(中略)傷薬を作り続けた……「0024.断片的な情報」参照

☆アガート病院に連絡……「0007.陸の民の後輩」参照

☆昨日、自宅に戻った際……「0008.いつもの病室」参照

☆国は、どうする気……「0025.軍の初動対応」「0026.三十年の不満」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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