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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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319/3508

0314.ランテルナ島

 ファーキルは今すぐ服を脱ぎ捨て、全力で身体を洗いたくなったが、衝動を抑え込んでナビに徹した。

 タブレット端末が、橋頭堡(きょうとうほ)に設置されたアンテナから電波を受信する。メールの送受信とサイトへのアクセスは、問題なくできた。


 ランテルナ島内に山はないが、小高い丘が幾つも連なり、森林もある。主要な道路は沿岸部だけでなく、森も通る。魔法使いの住人が【魔除け】などで保護するのだろう。

 島の西部は平野が多く、比較的安全だろうが、かなり遠回りになる。

 地下街チェルノクニージニクは、南ヴィエートフィ大橋の西の平野、カルダフストヴォー市の下に広がる。

 地上の街カルダフストヴォー市は、ランテルナ島最大の都市だ。アーテル本土に最も近いからか、度々星の(しるべ)のテロに遭う。魔物以外にも気を付けなければならなかった。



 「あのー、すみません」

 「どうしたんです?」

 五分くらい道なりに走った頃、薬師(くすし)アウェッラーナが、恐る恐る声を掛けた。

 ファーキルが身を(ひね)って聞くと、湖の民の薬師は身を隠したまま答えた。

 「この島、魔法使いの居住区なら、トラックの旗とか外した方がいいかなって」

 「あッ!」


 アーテル領に入ったからと思ったが、ランテルナ島民はフラクシヌス教徒だ。改宗させる為にキルクルス教の教会はあるが、聖職者はバス通勤する。


 メドヴェージが、ミラーを見ながら速度を落とす。

 「後続車があるといけねえ。ちょっとそっちの脇道で外すか」

 今のところ、他に車の姿はないが、時間になれば島内を巡る路線バスが通る。メドヴェージが知っているとは思えないが、上下二車線しかない道路をトラックで塞ぐのは、よくないだろう。


 放送局のイベントトラックが、一車線分しかない砂利道に入り、車体が揺れた。アスファルトこそないが、木々に囲まれたこの道にも【魔除け】の石碑がある。

 適当な所で停め、メドヴェージが運転席を降りる。少し迷ったが、ファーキルも助手席から降りた。


 メドヴェージが荷台を開け、ソルニャーク隊長に指示を仰ぐ。

 「そうだな。ランテルナ島内なら、アウェッラーナさんが出ても大丈夫だろう」

 みんなで木箱と荷物を除け、工員クルィーロが係員室に声を掛けた。

 アウェッラーナが合言葉を唱え【鍵】を解除する。クルィーロに魔法のマントを渡し、車外へ出た。


 「メドヴェージ、モーフ、腕章も外しておけ」

 ソルニャーク隊長が、トラックから聖なる星の道の聖印旗を外しながら言う。二人は素直に従って、ズボンのポケットに入れた。


 さっき、大橋の警備兵に語った話では、彼らのテロ組織「星の道義勇軍」は、ほぼ壊滅状態だ。それでも、運転手メドヴェージと少年兵モーフは、彼を隊長と呼んで従う。

 彼らの中でテロ作戦が継続中なのか、単に惰性でそう呼ぶだけなのか。

 ファーキルの目には、後者に映ったが、大橋での説明を聞いてわからなくなってしまった。


 「お兄ちゃん……」

 「ん?」

 ファーキルの(かたわ)らで、小学生のアマナが兄のツナギの袖を引っ張った。妹に手招きされ、工員クルィーロが腰を屈める。アマナが耳打ちすると、クルィーロは頷いてみんなに声を掛けた。

 「ちょっとあっち行って来る」

 「ん? あぁ、気を付けてな」

 レノ店長が軽い調子で手を振った。


 ……トイレか。


 二人の姿が、曲がりくねった林道の先に消える。

 女の子はその辺で立ちションと言うワケにはゆかない。兄のクルィーロは魔法使いだ。周囲を警戒してもらえれば、安心だろう。他の女の子たちは、アウェッラーナと一緒に行く。

 何かあっても、魔法使いが一緒なら、大抵のことはなんとかなりそうだ。


 大橋の警備兵は、魔物が棲むと言ったが、今は昼間だからか、何の気配もない。

 この林道は、定期的に人の手が入るようだ。道の上に太い枝はないが、今春、伸びたばかりの細い枝が、風にひょろひょろ揺れる。


 ラクリマリスの新道は、【魔除け】の石碑で護られた範囲外のちょっとした薮でも、雑妖が犇めいた。

 この道は薮が刈ってあり、雑妖が居ない。わざわざこんな手間を掛けて管理すると言うことは、誰かの私有地かもしれない。所有者にみつかったら面倒なことになりそうだ。


 ……どうやってネモラリスに戻るんだろう?


 あの場は、ああ言うしかなかったが、アーテルには魔道機船が一隻もない。

 半世紀の内乱中に破壊された港は、瓦礫が撤去されただけで、それ以上の整備はされなかった。

 空港はあるが、湖南地方の大陸本土側の国々と、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教徒の多い国としか繋がらない。そもそも、トラックは旅客機に乗せられない。


 陸路で他国へ行き、そこから船に乗るにしても、ラクリマリス政府の湖上封鎖がある。

 アーテルの西隣、スクートゥム王国は船を出せないが、元々周辺国との交流が少ない為、特に困った様子がない。

 一方、東のフラクシヌス教諸国は、航路の封鎖で経済的な損失が出た。フラクシヌス教国でのラクリマリス王国の発言は絶対だ。苦情を言うなど、思いもしないだろう。

 鬱憤の矛先がアーテル共和国へ向くのは、中学生のファーキルでも想像がつく。


 ……フラクシヌス教国が、ネモラリスの援護で参戦しないのは、何でだろ? 元は同じ国だから内輪揉めっぽく見えてんのかな? 例の魔法生物云々のデマが効いてんのかな?


 それはそうと現状、湖南地方の遙か東端にあるアミトスチグマ王国まで行かなければ、すぐ傍のフナリス群島にさえ出られない。


 アミトスチグマ王国からは、ネーニア島やネモラリス島への直通航路があるが、アーテルの東隣、ラニスタ共和国もキルクルス教国だ。ラニスタ共和国は、同盟国のアーテルを支援し、開戦直後は空爆にも参加した。

 国境の検問をどうやって抜ければいいか、悩ましい。北ヴィエートフィ大橋と同じ手が通用するだろうか。それに、道中で魔物に襲われる懸念もある。


 この中で【跳躍】の術が使えるのは、薬師(くすし)アウェッラーナだけだ。彼女一人だけなら、いつでも知っている場所へ移動できる。

 移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)に同行するのは、医療者として、彼らの生命を守るつもりだからだろう。


 ファーキルの知る限り、少なくとも、経済的には大いに助かった。

 アウェッラーナが居なければ、ドーシチ市で元貴族の館に泊めてもらえなかっただろう。仕事はキツかったが、報酬として、たくさんの【魔力の水晶】や食糧、道具をもらえた。


 「おーい、みんなー」

 工員の兄妹が戻ってきた。

 「お待たせー。あっちに薬草がいっぱい生えた野原があったぞ」


 クルィーロの声で、ファーキルはタブレットの地図を開いた。衛星写真に表示を切替える。撮影日は不明だが、くねくねした道を少し進むと、ちょっとした広場があった。


 「昼飯、あっちで食べないか?」

 「そうだな。そうしよっか……メドヴェージさん、トラック、いいですか?」

 「あぁ。どの(みち)、ここじゃUターンが難しいからな。ありがてぇや」

 レノ店長と運転手メドヴェージで話がまとまると、みんなはトラックに乗り込んだ。

☆地下街チェルノクニージニク……「0173.暮しを捨てる」「0174.島巡る地下街」参照

☆トラックの旗……「0307.聖なる星の旗」「0308.祈りの言葉を」参照

☆ラクリマリス政府の湖上封鎖…… 「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」「0285.諜報員の負傷」参照

☆ドーシチ市で元貴族の館に泊めて……「0230.組合長の屋敷」~「0232.過剰なノルマ」、「0245.膨大な作業量」「0262.薄紅の花の下」「0266.初めての授業」参照 


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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