0313.南の門番たち
ソルニャーク隊長と運転手のメドヴェージが説明を再開する。
「世界中からの支援で復興が進みつつあるが、あんなことがあったのでは、安心して暮らせないと不安がる者も多い」
「このトラックは、放棄されたゼルノー市の放送局のモンだ。地下に残ってたのをかっぱらって来たんだ」
「着の身着のままで逃れた為、我々がどこの何者であるか、身の証を立てられる物は、聖者への信仰心しか」
「いや……わかる。失礼ながら、リストヴァー自治区はゴミ溜め同然の場所だとこちらでも有名なのだ。遍く照らす日輪のご加護の許、よくぞここまで逃れてくれた。まさしく、聖者のお導きだ」
兵士が肩でも叩いたのか、パンと音を立て、隊長に皆まで言わせず同情を口にした。
ソルニャーク隊長が、ホッとしたような声で礼を言い、説明を続ける。
クブルム山脈北側の森林地帯を横断するレサルーブ古道には、日中、魔物が出なかった。
ラクリマリス領では単に「ネモラリスの難民だ」と名乗ってやり過ごした。堂々としていれば、向こうが勝手に力なき民のフラクシヌス教徒だと勘違いした。同情して、食糧や衣類、燃料をくれる者さえあった。
「まさか、ラクリマリスにもガソリンスタンドがあるとは思わなかったけどな」
メドヴェージは本当に驚いたらしい。アウェッラーナも、魔法文明偏重政策を採る隣国に自動車があるのは意外だった。
「そうか。大変だったな。全部で何人だ?」
「十一人居る」
ソルニャーク隊長の声が簡潔に答えた。湖の民の薬師アウェッラーナは数に入らない。軍靴の足音が荷台へ回った。
トラックの前では、少年兵モーフとファーキルへの質問が続く。
「俺は、作戦に参加してて助かったんだ。姉ちゃんは足が悪かったし、母ちゃんも……姉ちゃんを助けようとしただろうから……ムリに決まってる」
「俺、知合いの家で手伝いしてたんです。遅くなったから泊めてもらって……でも……両親は」
ファーキルが途中で言葉を詰まらせると、兵士は洟を啜って気の毒そうに少年を励まし、それ以上は追及しなかった。
兵士たちは、荷台の面々にも事情聴取する。
みんな、ソルニャーク隊長たちと同じ程度に説明をぼかし、僅かな嘘を混ぜて答える。係員室の前に木箱と荷物を積み上げ、戸の存在を隠してくれた。
「君たち、大変だったな」
「よく頑張った」
「アーテルに頼るアテはあるのか?」
「いや……当分、教団のお世話になろうかと」
「居ます」
ソルニャーク隊長の答えにファーキルの声が重なった。
「一応、イグニカーンス市のアストルム教区に遠縁の親戚が居るらしいんですけど、実際、会ったコトないし、引越してるかもしれないし」
「メルアドも知らんのか?」
「この端末、つい最近もらったばっかなんで」
「ん? それはどう言う?」
ファーキルの声が、ぽつりぽつりと答える。
「アーテルに着いてから困るだろうって、知合いのおじさんが餞別にくれたんです。ネモラリスには、ネット回線がないんですけど、自治区の南東の端っこは、ギリギリでラクリマリスの電波が拾えるんです。でも、山の近くで魔物が多いから」
「成程。密輸してでも所有する者は、少ないのか」
アウェッラーナには、ファーキルの説明が全然わからないが、兵士たちは納得したらしい。
「そう言うコトか。よし、通れ。聖者キルクルスの叡智と共に」
荷台のみんなに喜びが弾ける。
口々にお礼と、覚えたばかりの祈りの詞を唱えた。
兵士の一人が、メドヴェージに警告する。
「運転手さん、今、イグニカーンスの部隊には保護の連絡を入れたが、ランテルナ島には魔法使い共が居るし、魔物も多い」
「えっ?」
「武器はないのか?」
「弾が尽きた上、そんな物を持っていたのでは、ラクリマリス領を通過できんのでな。北ザカート市で置いてきた」
「庖丁くらいしかねぇぞ。使い方は知ってるから、何丁か貸してくんねぇか?」
ソルニャーク隊長の理路整然とした答えにメドヴェージの懇願が続いた。
……息ぴったりのいいコンビねぇ。
アウェッラーナは感心して、外の会話に耳を澄ませた。
「流石にそれは無理だ。すまないが、今は戦時で、君たちの護衛にまで兵を割けない」
「それから、君には酷だが、アストルム教会は、ネモラリス人のテロで焼討ちされた」
「えぇッ?」
ファーキルの声が裏返る。残念なお知らせをした兵士の声が、湿り気を帯びて言葉を続けた。
「ウチに来ないか?」
「あっあのっいえっ……」
「放してやれ……坊や、焼討ちされたのは、教会や警察署などで、今のところ、住人の被害は少ない。聖者の叡智で、親戚に会えるように祈ってるよ」
別の声が溜め息混じりに言い、荷台が揺れた。外に出たみんなが乗り込んだらしい。荷台を閉める音に続いて足音が前へ走り、運転席と助手席の戸が開閉した。
トラックのエンジンが始動する。
「イグニカーンス市で保護されるよう、手配はした」
「それでは、申し訳ないが、何とか自力で無事に南ヴィエートフィ大橋を渡ってくれ」
「聖者の叡智と日月星の光が君たちの道を照らさんことを」
「ありがとう! 聖なる星の道の兵隊さんたち!」
メドヴェージが応え、アクセルを踏み込んだ。
☆自治区の南東の端っこは、ギリギリでラクリマリスの電波が拾える……「0276.区画整理事業」参照




