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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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317/3506

0312.アーテルの門

 肉眼では島影が霞んで見えたが、トラックは一時間ばかりで北ヴィエートフィ大橋の南端、ランテルナ島の北東端に到着した。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、交換品でもらったスカーフを頭にしっかり巻き付け、別布を額に(くく)って固定した。

 湖の民の特徴である緑色の髪と眉は隠したが、脱げと言われればそれまでだ。


 鉄扉の上から、橋頭堡の見張り台が顔を覗かせる。

 アウェッラーナは、荷台奥の係員室で毛布に(くる)まって息を殺した。


 トラックが停まり、助手席の戸が開く。

 ソルニャーク隊長の良く通る声が、見張りに呼び掛けた。

 「我々は、星の道義勇軍だ。聖者キルクルス・ラクテウスの名の許に日の光注ぐこの地まで逃れてきた。心ある学びの友よ。この扉を開けて欲しい」


 ややあって、高い所から拡声器の声が降ってきた。

 「リストヴァー自治区の者か」

 「そうだ。魔法使いの放火に遭い、多くの同胞が生命を奪われた。今、世界中の友より支援を受け、復興しつつあるが、魔法使いに囲まれたあの地では、また、いつ何時、迫害を受けるやも知れん」


 ……演技(ウソ)……よね?


 心のどこかで、これがソルニャーク隊長の本音ではないかとの思いが(くす)ぶる。本心だったとしても、アウェッラーナには、彼ら自治区民を責める筋合いはなく、そんな気にもなれなかった。


 テロ以前のリストヴァー自治区東部の暮らしは、およそ人間の最低限の尊厳すらないものだった。

 アウェッラーナたちフラクシヌス教徒が、半世紀の内乱の痛手から立ち直り、元通りではないにせよ、安心して平和な生活を送る間、自治区民は文字通り、泥水を啜る暮らしだったのだ。

 そして、テロを起こした星の道義勇軍は、軍人ではない市民や警官の返り討ちに遭って鎮圧された。


 力なき民の彼らが多少武装したところで、力ある民には勝てないのだ。


 「荷台には、焼け出された孤児も乗っている」

 ソルニャーク隊長の声を受け、メドヴェージが運転席を降りて荷台を開けた。小声で少年兵モーフを呼んで扉を閉める。


 モーフとメドヴェージが、トラックの前に出て叫ぶ。

 「ちっちゃい女の子も居るんだ! おっちゃん! 早く開けてくれよー!」

 「荷台は暑い。こんなとこでじっとしてたら、子供らが蒸し焼きになっちまう! 助けてくれ!」


 「向こうの検問はどうした!」

 拡声器が厳しい質問を寄越した。ソルニャーク隊長が(よど)みなく答える。

 「魔獣の群に襲われた! 我々は混乱に乗じて強行突破してきたのだ! 証拠写真もある!」


 耳障りな軋みに続き、複数の足音が近付いた。

 知らない声が、キルクルス教の祈りの(ことば)を唱える。

 「日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす」

 「日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」

 星の道義勇軍の三人が、残りを唱和した。


 アーテル共和国でも、この【魔除け】の呪文の湖南語訳と同じ祈りを捧げるらしい。警備兵の声から険しさが消えた。

 「大変だったな。念の為、写真を見せてくれ」

 助手席の戸が開き、沈黙が続く。


 ……大丈夫、よね?


 湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナは、毛布の中で身を縮めた。

 係員室の戸には【鍵】の術を掛けたが、工具で壊されればないのと同じだ。息を殺して外の声に聞き入った。


 「確かに一昨日、向こうの空を(けが)らわしい化け物共が飛び回るのが見えたが」

 「こんなコトになってたのか」

 「写真全部、送ってくれないか?」

 「このタブレットは、私の物ではないんだ」


 足音が荷台の後ろへ駆け、少年兵モーフの声がファーキルを呼んだ。二人の足音がトラックの前に走る。

 「えっと、兵隊さんのメルアド、教えて下さい」

 ファーキルと兵士の一人が写真の受け渡しを始める。


 その傍らで、他の兵士がソルニャーク隊長たちに質問を続けた。どのように自治区を脱出したのか、トラックの入手経路は、ここまでどう辿り着いたのか。

 ソルニャーク隊長とメドヴェージが、少しずつ嘘を混ぜて答える。

 「我々の作戦について、知っているか?」

 「いや?」

 「ラニスタの支援を受け、数年に(わた)って準備を整え、武装蜂起を決行した。空襲の数日前だ」

 「仲間はかなりやられちまったが、警察署と市民病院は粗方(あらかた)制圧できて、いいとこまで行ったんだがな」

 「自治区の住宅密集地に放火された」


 実際には制圧寸前で反撃を受け、ソルニャーク隊長ら、僅かな生き残りも捕縛された。あの大火が放火なのは、ほぼ間違いないだろうが、何者の犯行か不明だ。


 「この子らの家は焼け、家族は残念なことになった」

 「ああ……それなら、湖南経済新聞のサイトで見た」

 聖印を切ったのか、数秒の沈黙があった。


 挿絵(By みてみん)

☆魔法使いの放火に遭い/あの大火……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」「0161.議員と外交官」「0212.自治区の様子」~「0214.老いた姉と弟」参照

☆テロ以前のリストヴァー自治区東部の暮らし……「0018.警察署の状態」「0019.壁越しの対話」 「0045.美味しい焼魚」「0046.人心が荒れる」「0294.弱者救済事業」参照

☆星の道義勇軍は、軍人ではない市民や警官の返り討ち……「0015.形勢逆転の時」「0017.かつての患者」「0020.警察の制圧戦」参照

☆証拠写真……「0303.ネットの圏外」参照

☆ラニスタの支援……「0036.義勇軍の計画」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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