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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0309.生贄と無人機

 防空艦のサイレンが長く尾を引き、魔装兵ルベルと相棒は飛び起きた。取るものも取敢えず、甲板に出る。


 当直の哨戒兵たちが南の空を睨み、次々に状況を説明した。ルベルも【索敵】を唱え、南の空を見上げる。


 アーテル空軍の爆撃機が、夜明けの空を埋め尽くす。


 「甲板員、【操水】用意。嵐に備えよ」

 ルベルは伝声管の声に首を傾げた。

 相棒が親指を立て、ザカート港をぐいっと示す。


 瓦礫が撤去された(おか)には、巨大な魔法陣があった。直径は、防空艦の全長と同じくらいだろうか。

 中心には、昔ながらの長衣を纏った湖の民の女性と、軍服姿の陸の民が居る。

 「……ネーニア家の当主?」

 「よく知ってるな。諜報員が昨日、大規模攻勢の情報を仕入れてきたんだ」

 「それが、これ」

 「そう。シェラタン様にお出まし願って、一晩中掛かって魔法陣を準備していただいた」 


 魔法陣の外周付近には、八人が等間隔で立つ。ルベルは【索敵】の目を向けた。いずれも老人だ。

 諦めた顔で目を閉じる者、神に祈る仕草をする者、憎悪の眼差しで遙か南の空を睨む者、覚悟を決めた目で円の中心を見詰める者……八人の態度はまちまちだが、魔法陣から出る者はなかった。


 湖の民を()べるラキュス・ネーニア家の若き当主は、細い腕に槍の束を抱える。


 「俺たち、【操水】には参加しないし、(おか)()がっとこう」

 相棒に肩を掴まれ、有無を言わさず【跳躍】された。

 呪文の詠唱が終わると同時に視点が変わる。瓦礫の山と半壊の廃墟。その向こうに明けゆく日射しを浴びる森が横たわる。


 「はい、こっち向いて」

 強引に身体の向きを変えられる。二人は魔法陣のすぐ傍にいた。

 円内の老人が背筋を伸ばす。

 「兵隊さん、今から孫の仇を討ってやります。(わし)の代わりにどうか……どうか、見届けてやって下さい」

 「仇?」



 「その身刺し 生命(いのち)の力 ここに()ぎ……」


 女性の凛とした声が、夜明けの大気を震わせた。

 老人は魔法陣の中心に向き直り、魔装兵ルベルの問いに答えない。


 「大気渦巻き雲を呼べ 黒き雲 涙の(しずく) 地に降らせ……」


 軍服の男も詠唱を始めた。こちらは首から【雪読(ゆきよ)雷鳥(ライチョウ)】の徽章(きしょう)()げる。


 ……たった一人で嵐を?


 いや、違う。槍の束がネーニア家当主の手を離れ、宙を舞う。柄に刻まれた力ある言葉が魔力を帯びて輝いた。

 当主のふっくらした胸元で【贄刺(にえさ)百舌(モズ)】の徽章が揺れる。


 「(めぐ)(つか)ねよ 魔力(ちから)織り……」

 「(いかづち)よ 雲より出でて慟哭(どうこく)の怒りの光 (なげ)きの雨と天を裂け……」


 八本の槍が天高く上がり、向きを変えて降り注ぐ。

 暗雲が垂れ込め、昇り始めた朝日の輝きを遮った。


 「(われ) 翼佐(よくさ)せん この力……」

 「天を行く(もろもろ)の翼を落とせ ()つ先の地を()く者を押し流せ……」


 ルベルの眼前で老人が槍を受け、地に縫い留められる。刺し貫かれた胸から(おびただ)しい血を流しながらも、槍が支えになり、倒れることすら叶わない。


 ……百舌(モズ)早贄(はやにえ)


 全ての槍が円内の(にえ)を貫き、その生命力と魔力を魔法陣に注ぐ。


 「(たす)(まも)りて 扉を放ち 天地(あめつち)(はざま)に満ちよ」


 シェラタン当主を中心に魔力が膨れ上がり、魔法陣内の大気が(ゆが)んで見える。湖の民の緑髪が、吹き上がる突風に煽られた。

 梢のようになびく髪に頓着せず、湖の民最高の有力者ラキュス・ネーニア家当主が、軍服姿の術者を指差した。八人から奪った力が、魔法陣の中心に立つ【雪読む雷鳥】学派の男を取り巻き、淡い光を帯びて渦を巻く。


 「雨を矢と成し槍と成せ 乱す風 縦吹(ほしいままふ)き (やいば)を運べ……」


 風が起ち、遙か南の沖合で雲を乱して荒れ狂う。

 (むくろ)が枯れ(しお)れ、瞬く間に灰と化す。風に散る灰から淡く輝く結晶が落ちた。


 ……【魔道士の涙】……この為に?


 長く生きた者程、後に残る魔力の結晶は大きくなる。老人たちが唯々諾々と贄となった理由は、明らかだ。


 「……紫電(しでん)織りなす雷霆(らいてい)よ 天地に注ぎ 幕を引け」


 雷鳴が轟き、腹の底から足の裏まで震わせた。大粒の雨が天と地の狭間(はざま)に巨大な幕を降ろし、紫の雷光が無数に天を駆け巡る。

 突然の豪雨に打たれ、ルベルたちもあっという間にずぶ濡れになった。魔装兵の軍服は略式の魔法の鎧だ。槍となって叩きつける大粒の雨もさほど痛くはないが、その打撃の重みには、足を踏みしめて耐えねばならなかった。

 魔法陣を染めた八人の血が、足元で川を成す雨にさらわれ、ネーニア島の大地から女神の涙ラキュス湖へと流れ去る。


 魔装兵ルベルは額に手をかざし、槍のような雨粒を防いで【索敵】の目を南の空へ向けた。

 爆撃機の群が豪雨の中、激しい風に揺さぶられてふらつく。天を引き裂く雷の直撃を受け、機体が発光した。

 兵学校で、航空機には避雷針の役割を果たす放電装置がある、と教わったのを思い出す。


 ……八人も生贄にして、一機も()とせませんでしたじゃ暴動が起こるぞ。


 老人たちがどのように集められたか、ルベルは知らない。ネモラリス軍とラキュス・ネーニア家は、彼らの死を隠し通せるのか。

 彼らの【魔道士の涙】から輝きが失われ、砕け散った。


 無数の雷が雨と同じく降り注ぎ、暗雲に閉ざされた天を紫の閃光が染める。

 立て続けに撃たれた一機が、ついに爆発した。燃料と爆薬の積載量はいかばかりか。爆炎が周辺の機を巻き込み、次々と誘爆する。

 あちこちで同様の連鎖が起こり、黒雲の下に赤い花畑が広がった。


 艦上の兵が喊声(かんせい)を上げる。


 残った機は、何事もなかったかのように進路を変えず、飛び続けた。大幅に減りはしたものの、まだ五十機近い規模を維持する。


 「起ち上がれ 疾風(はやて)の柱 渦巻き伸びよ 天地を繋げ」


 軍服姿の【雪読む雷鳥】学派の術者が鋭い声で呪文を唱え、南の空を指差す。豪雨が弱まり、風が鎮まる。

 急速に数を減らした雷が、何機かを撃ち()として消えた。

 南沖の湖水が渦を巻いて起ち上がる。湖面の動揺がザカート港にも伝わり、甲板員が【操水】で艦を安定させた。

 竜巻に巻き上げられた塩湖が、天地を繋ぐ柱となって次々と起ち上がる。八本の柱が機体を吸い寄せ、呑み込み、大気の渦に巻き込んで翻弄する。


 柱が次第に細くなり、バラバラになった機体の破片が飛沫(しぶき)を上げ、湖の女神パニセア・ユニ・フローラの懐に抱かれた。


 「私にできることは、ここまでです」

 「ご武運を」

 湖の民の当主と【雪読む雷鳥】の術者が【跳躍】した。



 暗雲が晴れ、湖面が落ち着きを取り戻す。

 肉眼でも機影を捉えられる距離まで接近できたのは、爆撃機と戦闘機合わせて二十機あまりだ。【魔力の水晶】や【魔道士の涙】で強化した魔装兵が、甲板員が起ち上げた水壁に乗り、迎撃に向かう。


 「どうなることかと思ったけど、なんとかなりそうでよかったな」

 相棒の安心した声に頷くが、ルベルは残機から目を逸らさない。

 機体が、やけにのっぺりして平たい。【索敵】の目を凝らすが、操縦席らしきものは見当たらなかった。


 戦闘機は、音速に近い超高速で飛行し、焦点を合わせるのは難しい。

 進路を予測し、その一点を凝視する。なんとか装甲を抜けた【索敵】の視界にパイロットの姿はなかった。

 「えっ?」

 見間違いかと思い、更に目を凝らしたが、強化兵の【光の槍】に貫かれ、撃墜される。


 「おい、どうした?」

 相棒が肩を叩く。敵機の殲滅(せんめつ)を確認し、ルベルは相棒に顔を向けた。【索敵】を解き、ルベルを案じる目に視線を合わせる。


 「あの機体、何かヘンなんだ」

 「変?」

 「人が乗ってなかった。全部を見たワケじゃないけど」

 「えーっと、【索敵】の術ってそこまで見えるモンなのか? あれって、スゲー速さで飛んでんだろ?」

 「うん。まあ、そうだけど、頑張れば何とか見えるんだ」

 「ヘンな奴だろうが何だろうが、全滅させりゃいいんだ。さっ、俺たちの任務、始めよう」


 相棒に促され、ルベルは東に目を向け、改めて【索敵】を唱えた。相棒がずぶ濡れの軍服から【操水】で雨水を抜き取る。


 地に流れた血痕は豪雨に洗われ、刻まれた魔法陣も薄れた。槍は、次にシェラタン当主にお出まし願う時に備え、兵士が回収する。


 早く魔哮砲を発見しなければ、アーテル軍が出撃する度にネモラリスの国民が生贄になる。

 ルベルの視線が北ザカート市の廃墟を抜け、クブルム山脈の裾野に広がる森へ分け入った。

☆アーテル空軍の大編隊……「307.聖なる星の旗」参照

☆たった一人で嵐を?……「002.老父を見舞う」参照

 伏線がロングパス過ぎて、たぶん誰も覚えていないと思いますが、湖南地方の住人の認識として、この術のえげつなさがわかります。

☆俺たちの任務……「304.都市部の荒廃」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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