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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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313/3516

0308.祈りの言葉を

 旗は、一時間足らずで完成した。

 星形を貼付けた接着剤は、まだ乾かないが、何とか形になった。本体と星形がどちらも淡色の布なので、油性マジックで星を縁取り、目立たせる。


 今日も天気がよく、アスファルトがあたたかい。

 ピナティフィダが四隅に教科書を置いた。この分ならすぐ乾くだろう。

 フラクシヌス教徒のみんなも、完成したキルクルス教の聖印旗を晴々とした顔で眺めた。


 「あ、あの……ちょっといいですか?」

 みんなの視線がロークに集まる。高校生の少年は、ひとつ深呼吸してソルニャーク隊長に言った。


 「みんなにお祈りの(ことば)を教えて下さい。検問所でホントに信者か確認するのに聞かれて、答えられなかったら」

 「そこでおしまいだな。一番短いのは食前の祈りだ」

 ソルニャーク隊長は、食前と食後の祈りを(そら)んじた。


 『天と地の恵みを(あまね)く照らす日月星(ひつきほし)のご加護に感謝します』

 『この(かて)を与え、我を満たし(たも)うた天地(あめつち)の恵みと、叡智の光に感謝します』


 フラクシヌス教徒のみんなは慌てて荷台へ戻り、今聞いた祈りの(ことば)をメモした。キルクルス教徒の四人がメモを確認し、書き間違いを訂正する。

 

 ラクリマリス人の少年ファーキルが、何度か祈りの(ことば)を呟いて四人に聞いた。

 「この他にも、よく言う短いお祈りの詞ってありますか?」

 「そうだな。ちびっ子はともかく、大人はそっちを聞かれるだろうな」

 メドヴェージが「よくぞ気付いてくれた」とファーキルの背中を叩いて笑う。


 「普段、よく唱える基本の祈りの(ことば)は『日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り』」

 ソルニャーク隊長が湖南語でゆっくり唱え、フラクシヌス教徒たちがペンを走らせる。湖南語は、この地方の日常語だ。



 アミエーラは、一生懸命メモするみんなを複雑な思いで見守った。

 これは、何か困った時にご加護を求めて唱える聖句だ。


 アミエーラが、たった独りクブルム山脈で過ごした夜、何度唱えても、聖者キルクルスは助けてくれなかった。

 一晩中、雑妖の群に囲まれても生き延びられたのは、仕立屋の店長がくれた魔法のコートや【魔除け】の護符、山中を通る道に掛けられた守りの術など、全て魔法のお陰だ。

 身に着けたコートと護符は、アミエーラの魔力で今も効力を発揮する。

 信仰が揺らいだあの夜、力ある民だと思い知らされた夜が思い出され、やるせない気持ちになった。



 隊長が、みんなが書き留めるのを待って言った。

 「では、続けるぞ。『日月星(ひつきほし)、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)』」

 「えっ?」

 薬師(くすし)アウェッラーナと工員クルィーロが同時に顔を上げた。


 ……えっ? 何? 何かマズいことでもあるの?


 他のキルクルス教徒三人も、怪訝(けげん)な顔で魔法使いたちを見る。


 「えっと、それ、【魔除け】の呪文と同じなんですけど?」

 「何ッ?」

 今度はこちらが驚く番だ。

 レノ店長がエプロンのポケットから、呪文のメモを出して目を走らせる。

 「もう一回、言ってもらっていいですか?」

 「あ、あぁ……『日月星蒼穹巡(ひつきほしそうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の(よど)みも(あまね)く照らす。日月星、生けるもの(みな)天仰(てんあお)ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る』だ」

 「……同じです」


 「何だよそれ、どう言うことだよッ!」

 モーフが泣きそうな声で叫んだが、答えを与えられる者は居なかった。運転手メドヴェージが、少年の肩をポンと叩いて笑ってみせる。

 「いいじゃねぇか。魔法使いのお二人さんは、聖句を間違いなく唱えられるってコトだろ?」

 「えぇ、まぁ、力ある言葉の湖南語訳ですから」

 水を向けられた二人が、ぎこちなく頷く。


 ……そうよ。今はそんなコト気にしてる場合じゃないし。


 アミエーラはしゃがんで旗の星に触れてみた。

 生乾きだが、外れない程度にはくっついた。重しにしたピナティフィダの教科書を()け、トラックの前に旗を取りつける。


 「メドヴェージ、モーフ、腕章を着けろ! ファーキル君、助手席には、私が座ろう」

 ソルニャーク隊長の指示で二人が動き、他のみんなも片付け始めた。


 緑髪の薬師(くすし)アウェッラーナが手を差し出す。

 「私、係員室に居ます。クルィーロさんのマント、お預かりしますね。ロークさん、ファーキルさんも手袋を」

 「あ、はい!」

 「鞄に入れときます!」

 余計なことを考えないよう、バタバタ準備を整え、トラックは出発した。

☆たった独りクブルム山脈で過ごした夜……「0118.ひとりぼっち」参照

☆一晩中、雑妖の群に囲まれ……「0141.山小屋の一夜」参照

☆クルィーロさんのマント……「0283.トラック出発」参照

☆ロークさん、ファーキルさんも手袋=マジックアイテム

 ロークの手袋……「0283.トラック出発」参照

 ファーキルの手袋……「0175.呪符屋の二人」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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