0307.聖なる星の旗
アミエーラは、ふと目を開いた。眠ったのだと気付いて苦笑する。
……怖くて眠れないと思ったのに。随分、図太くなったのね。
荷台の外に人影が佇む。ソルニャーク隊長とレノ店長、魔法使いの工員クルィーロだ。三人とも、無精髭の伸びた顔に険しい表情を浮かべ、西の空を見詰める。
微かな音が、長く尾を引いて遠ざかってゆく。
針子のアミエーラは胸騒ぎを覚え、他のみんなを起こさないようにそっと荷台を降りた。
「そんな……」
夜が明けたばかりで、まだ星が残る空に雲霞の如く黒いものが広がる。南から北へ向かうそれは、爆撃機の群だ。何百機の大編隊なのか、数えることすらままならない。
魔装兵の人力頼みのネモラリス軍では、あんな大編隊を全て迎撃するなど不可能だ。今度の空襲で、どれだけの街が焼き払われるのか。
「まだ、あんなに温存してたのかよ」
クルィーロが吐き捨てた言葉に答える者はない。アミエーラは頭の中が真っ白になり、自分の肩を抱いた。
四人は成す術もなく、最大規模の大編隊が見えなくなるまで見送る他なかった。
知らせたところで、不安が増すだけだ。
四人は、まだ眠るみんなには、何も知らせず過ごした。
朝食後、ソルニャーク隊長とクルィーロが鉄扉へ向かう。
一昨日はここまで戦闘の音が聞こえたが、今は何の物音も届かない。
二人はしばらく鉄扉の隙間に顔をくっつけたが、項垂れて帰って来た。
「ま、うだうだ考えてたってしょうがねぇ。行くか」
「ランテルナ島には、本土から強制移住させられた湖の民の人とか居るそうなんで、いきなり殺されるってコトは、ない……と思いますよ」
運転手メドヴェージのカラ元気にファーキルが弱々しい声で言い添える。移動販売店プラエテルミッサのみんなは、辛うじて頷いてみせ、北ヴィエートフィ大橋を見遣った。
「アミエーラさん、青い布があれば、一枚もらえないか?」
「どうするんですか?」
ソルニャーク隊長に改まって言われ、アミエーラは聞き返した。隊長が手振りで必要な布の大きさを示しながら説明する。
「聖なる星の道の聖印を描いた旗を作る。フロントガラスの下に貼り、アーテル側の検問をやり過ごしたい」
子供騙しだが、何もしないよりはマシだろうと自嘲する。
アミエーラはトラックを見て旗を付けた状態を想像した。
「それでしたら、聖印は別布を切って貼付けて、パっと見、ちゃんとした旗っぽく見えるようにした方がいいですね」
星形を十二個と楕円形を切抜くのは大変そうだが、あまりチャチなものでは誤魔化せないだろう。
……キルクルス教徒のみんなで手分けすれば、お昼くらいには終わるかな。
「私も、お手伝いします」
自治区民の四人は、同時にピナティフィダの顔を見た。パン屋の娘が、申し訳なさそうに声を小さくする。
「あの、私なんかが手伝うの、ご迷惑でしたら無理にとは言いません」
「いや、助かる。だが、君こそいいのか?」
街を焼き、家族を殺した仇の旗印だ。【魔力の水晶】を入れる袋を縫った時のように穏やかな気持ちでできる筈がない。
「それは全然……みんなでやった方が早いですから。私、鋏持ってますし」
「私も手伝いますよ。糸切り鋏ですけど、工作用の鋏より、布をキレイに切れますから」
ピナティフィダに続いて、湖の民の薬師アウェッラーナも申し出た。エランティスとアマナも、通学鞄にボタン付けやほつれ直し用の小さな裁縫道具を入れてあると言う。
「有難うございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
アミエーラは感謝で胸を詰まらせ、何度も頭を下げた。
荷台へ上がり、素材を用意する。まず、春の空を思わせる淡い青布を旗の本体として、トラックの前面に合わせて切った。
A4判のコピー用紙四枚分より一回り大きい。これなら、視認しやすく、邪魔にもならないだろう。
エランティスに定規とコンパスを借り、コピー用紙に星形を作図した。黄色い布に切取った型紙を当て、チャコペンで十二個分の星形をなぞる。
「へぇー……そうやって作るもんなのか」
アミエーラの作業を見守るモーフが、感心して何度も溜め息を漏らす。横で聞いた運転手のメドヴェージが苦笑した。
「おめぇ、どうやって作ると思ってたんだ?」
「布に直接、描くもんだとばっかり思ってた」
「定規とコンパスで十二回も測ンの、面倒臭ぇだろ。こうすりゃ、作業を楽に早く正確にできる。効率化って奴だな」
「効率化かぁ」
二人のそんな遣り取りを聞きながら、アミエーラは裁ち鋏で星形を三個ずつの塊に分けた。フラクシヌス教徒の女の子たちが早速、小さな糸切り鋏で、星形をちまちま切り出しに掛かる。
アミエーラは白い布を細長く切った物を六本用意した。それぞれの長さは、旗本体の長辺の三倍くらいある。
「これを三つ編み二本にして下さい」
「三つ編みにして、どうすんだい?」
メドヴェージが受取りながら聞く。
「ガムテープで貼るより、しっかりした紐で括った方がそれっぽく見えるので」
「成程なぁ。色々考えるもんだ」
運転手が感心して、半分をモーフに渡した。
「その間、私は布の端の始末も兼ねて、紐を通す部分を縫います」
「ならば、反対側を縫おう」
「お願いします」
針子のアミエーラは隊長に頷いて、布の端を手早く折り返した。
縫いやすいよう、クリップで等間隔に留める。その間にソルニャーク隊長が、二本の針にそれぞれ糸を通した。
「俺たち、できるコトなさそうだし、呪文の練習しとこう」
「何があるかわかんないもんな」
レノ店長に声を掛けられ、クルィーロとファーキル、ロークが呪文のメモを手に取った。




