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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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308/3502

0303.ネットの圏外

 ファーキルは血の気を失った顔で、北ヴィエートフィ大橋の南端に横たわるランテルナ島を見遣った。


 ……ランテルナ島へ行くだって?


 ここまで来て、アーテル領へ逆戻りさせられるかもしれない。

 全財産をはたき、命懸けでネーニア島へ渡った。アーテル軍の一方的な攻撃に(さら)された街……アーテル政府が隠す真実を伝える為の努力、それら全てが水の泡になりそうだ。

 全身の力が抜けそうになり、震える膝でどうにか身体を支える。



 「兵隊さんたち、きっと戻って来てくれますよ。作業に何日か掛かっても、食べ物は一週間分くらいありますし、イザとなったら隙間から一個ずつ、堅パンとかくれるでしょうし」

 パン屋の娘ピナティフィダが、全力で励ました。早口に言う声が震える。

 本人も、自分に言い聞かせるのだろう。


 彼女だけでなく、他のみんなも、ファーキルが「ネモラリス領の知人宅で偶然、戦争に巻き込まれたラクリマリス人の力なき民だ」と言った嘘を信じて案じる。


 みんなの目が、申し訳なさそうに「不運な少年」ファーキルを見る。

 言えることは全て、ピナティフィダが言ってしまった。何か言い掛けた口を閉じて目を逸らし、頭を掻いたり、壊れた鉄扉を睨んだりする。



 ファーキルは、タブレット端末の電源を入れた。

 「魔物の群が暴れ、軍が警備する国境の拠点が壊滅した」のは大ニュースだ。兵士が他の拠点に伝達し、周辺住民や観光客に避難や防護の補強を呼掛けるかもしれない。

 それなら、湖南経済新聞などのニュースサイトにも載るだろう。


 起動したブラウザに大きなフォントで、エラーメッセージが表示された。



 サーバが見つかりませんでした。



 ……えっ? 何でッ?


 エラーメッセージの続きに目を走らせた。



 アドレスが間違っていないか、確認してください。

 他のサイトも表示できない場合、端末のネットワーク接続を確認して下さい。

 ファイアウォールやプロキシで、ネットワークが保護されている場合、WEBアクセスが許可されているか、確認して下さい。



 画面の隅を確認する。アンテナの表示が一本もなかった。

 背筋の毛が一斉に逆立つ。思わず画面から顔を上げると、メドヴェージの気遣わしげな視線とぶつかった。

 「どうした? 何かあったのか?」

 「……ないんです」

 「何が?」

 「アンテナ……えっと、電波が受信できません」

 「それが、故障したのか?」

 ソルニャーク隊長とレノ店長、工員クルィーロが、あっという間にファーキルを囲む。


 ファーキルは首を横に振り、タブレット端末を見せた。ソルニャーク隊長が、共通語で表示されたエラーメッセージを湖南語に訳す。


 「あー……じゃあ、アレか? 基地にあったラジオの電波塔みたいなのが、戦闘で壊れたってコト?」

 魔法使いのクルィーロが、自信なさそうな声で聞いた。インターネットを全く知らない彼の理解力に内心驚きつつ、ファーキルはこくりと頷く。


 「情報収集と……観光客とかを通して、救助要請できると思ったんですけど」

 言いながら項垂(うなだ)れるファーキルに、レノ店長が明るい声で言う。

 「昨日、分かれ道の所、木が()ぎ倒されてたって言ってたよね?」


 ファーキルが無言で頷くと、運転手のメドヴェージが話に加わった。

 「あぁ。道のすぐ(そば)は、踏み潰されたみてぇな木が、いっぱい散らばってたな」

 巨体の魔獣が、踏み荒らしたのだろう。

 運転手は軽く首を傾げ、ネーニア島を見遣って、記憶を手繰(たぐ)る。

 「んで、その近くは、新しく道作ったみてぇに草一本生えてねぇとこが、森の北の方へまっすぐ続いてたな」


 それは、本当に脇道の普請(ふしん)工事か、魔獣の仕業かわからない。


 メドヴェージが魔獣の姿を語る。

 「で、道のど真ん中に緑の奴がでーんと居座ってて、黒いのは、草がねぇとこに居て……ありゃ、縄張り争いでもしてたのかな?」


 それには、誰も答えられない。


 昨日、ファーキルは助手席からその魔獣たちを撮った。画像フォルダを開き、魔獣の写真を拡大表示する。

 「兵隊さんに見てもらおうと思って、撮ったんですけど、言いそびれちゃって」

 「これ……!」

 レノ店長が息を呑んだ。

 「知ってるんですか?」

 「知ってるって言うか、この黒い奴は、ゼルノー市の焼け跡で見たコトある。でも、ごめん。何を食う奴で、どんな能力があるとかは、わかんない」

 こっちにも居るなんて……と青褪(あおざ)める。


 クルィーロが長命人種のアウェッラーナを呼び、場所を譲った。画面を見た湖の民の薬師(くすし)が、顔を曇らせる。

 「私も、放送局の廃墟で見ました。どんな魔獣なのかまでは知りません。緑色のは、火の雄牛と呼ばれる魔獣です」


 緑色の魔獣は、確かに雄牛と似た姿だ。

 大きさは、四トントラックよりはるかに大きく、四車線の道路を完全に塞ぐ。(ひづめ)はトラックのタイヤくらいの大きさだ。こんな物で踏まれたら、乗用車なんてひとたまりもないだろう。


 「牛っぽいですけど、肉食です。角の間に魔力を貯めて火球を飛ばすので、そう呼ばれています。角は、肝硬変を治すお薬の素材になるんですけど」

 アウェッラーナの説明で、誰からともなく溜め息が漏れた。


 昨日の爆発音は、こいつの仕業だったらしい。



 魔物や魔獣は、この世の生物や、魔力のあるものを食べれば食べる程、際限なく成長する。普通の生物のような寿命の限界もない。

 この魔獣は相当、喰らった個体だ。


 道路に居た魔獣一頭の正体はわかったが、それでどうにかなる訳ではない。「肉食」情報に腹の底が冷える思いがしたが、鉄扉を見て自分を励ます。


 「でも、今は居ないんですよね?」

 ファーキルは、様子を見に行った二人に確認した。

 「何をする気だ?」

 「写真を撮ります。最悪、ランテルナ島の近くまで行けば、そっちの電波は届くでしょうから、ネット経由で救助要請できるかなって」


 ソルニャーク隊長が同行してくれた。

 鉄扉にある程度近付いてから、北ヴィエートフィ大橋の(たもと)の全景を撮る。もう少し近付いて扉全体の破壊状況。歪んだ扉の隙間から、破壊された町並を撮った。

 瓦礫があちこち焼け焦げ、空襲の焼跡とそう変わらない様相を呈する。

 巨大な蹄の跡にぞっとしながら、ピントを合わせる。ファーキルの腕程もある羽毛もみつけた。


 惨状をなるべく詳しく写し、みんなの所へ戻る。


 ……ここの部隊が全滅して……食べられて、手負いの魔獣が森へ戻ってたら?


 次に通る車輌が危ない。生物以外は【無尽袋(むじんぶくろ)】などで運搬できるから、トラックで運ぶのは、きっと生きた家畜などだ。

 モールニヤ市からここまで見た限り、自家用車の保有率は低いが、全く通らないことはないだろう。


 惨状からの連想で、考えがどんどん悲観的になる。


 ……まだ、ラクリマリス軍が様子を見に来ないって、決まったワケじゃないし。


 トラックの前に立つパン屋の娘と目が合う。ピナティフィダは、励ましてくれた時と同じ穏やかな微笑を浮かべ、ファーキルを迎えてくれた。

☆全財産をはたき、命懸けでネーニア島へ渡った……「0175.呪符屋の二人」参照

☆分かれ道の所……「0299.道を塞ぐ魔獣」参照

☆黒い奴は、ゼルノー市の焼け跡で見た……「0089.夜に動く暗闇」参照

☆私も、放送局の廃墟で見ました……「0126.動く無明の闇」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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