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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十五章 異土

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0302.無人の橋頭堡

 朝食が終わるまで、挨拶以外、誰も口を利かなかった。


 昨日、女の子たちが(こしら)えた小袋に【魔力の水晶】を分配する。

 「我々は不要だ」

 案の定、ソルニャーク隊長に断られた。その横でメドヴェージと少年兵モーフも頷く。袋を作った針子のアミエーラでさえ、手を後ろで組んで首を横に振った。

 「いえ、あの、私も、触りたくないって言うか……」

 キルクルス教徒の針子に青褪(あおざ)めた顔をされ、クルィーロは少し腹が立った。


 ……何もそこまで汚い物扱いしなくてもいいのに。


 キルクルス教徒以外の八人で、手に入った【魔力の水晶】を分ける。

 まず、トラックの運転席に元々備え付けられた【魔除け】の護符と、ロークの私物の護符に魔力を補充し直した【水晶】を入れた。

 作用力を補う高品質のものはギリギリ六人分。力なき民にひとつずつ渡す。魔力の貯蔵だけのものは、魔法使いのアウェッラーナとクルィーロ、それから、魔法の手袋を持つファーキルとロークに分配した。


 袋を首から提げると、ずっしり重い。

 クルィーロは作業服(ツナギ)の胸ポケットにも分けて入れた。


 北ヴィエートフィ大橋の(たもと)へ向ける目には不安しかない。

 空には魔獣の群が見えないが、頑丈な鉄扉は閉まったままだ。

 「様子を見に行こう。クルィーロ君、いいか?」

 ソルニャーク隊長に呼ばれ、立ち上がる。アマナをピナティフィダに頼み、二人だけで袂へ歩いた。



 「どう思う?」

 みんなから充分離れた所で聞かれたが、何とも答えられなかった。戦いの物音は聞こえない。


 更に近付いて、クルィーロは絶望で足が震えた。

 気のせいだと思いたいが、足を前に進めるにつれ、状況がはっきり見えてくる。


 ソルニャーク隊長が、声もなく鉄扉に触れた。

 鉄扉は向こう側からの大きな力でひしゃげ、鼠が通る程の隙間がある。そこから見える金属製の(かんぬき)も歪んでしまった。


 頷きあい、二人で左右から隙間に手を入れて力いっぱい引く。

 手が震え指先が白くなる。壊れた鉄扉は微動だにしなかった。大きく息を吐き、同時に手を離す。

 「人力では無理だな」

 「そうですね。俺たちが知ってる術じゃ、こんなのどうにもできませんし」


 諦めて、隙間から向こうを覗く。

 土の地面には、信じられない大きさの(ひずめ)の跡がある。地面があちこち(えぐ)れ、軍の建物、道路沿いの僅かな民家や商店、何もかもが破壊し尽くされた姿が見えた。


 「おーい! 誰かーッ!」

 クルィーロは扉の隙間に口を付けて叫んだ。

 しばらく待ったが、何の物音もしない。あちこち焼け焦げた跡があり、ゼルノー市の空襲跡を思い出させた。

 見える範囲に魔獣の姿はないが、ひとつの人影もない。


 「一応、やっつけた……のかな?」

 「負傷者を運んだにせよ、見張りを一人も残さないのは不自然だ」

 隊長に言われ、元々アーテル側からの侵入を警戒する拠点だったと思い出す。



 クルィーロは、状況を推測してみた。

 魔獣の群は殲滅(せんめつ)できなかったが、何とか森へ追い返せた。死傷者が多く、完膚(かんぷ)なきまでに破壊された拠点に残せる見張りも居ない。

 別の駐屯地へ【跳躍】し、今後の対策を練るのだろうか。


 「救護を呼びに行けたなら、そこから(ただ)ちに無傷の部隊を派遣できる筈だ」


 クルィーロは希望をあっさり否定され、もう一度、状況を見直して考えた。ソルニャーク隊長が、若者の甘い考えを見透かしたように淡々と推測を述べる。


 「兵を喰らい尽くした魔獣の群が、朝になって森へ引き揚げたと見るのが妥当だろうな」


 そう言われると、隊長の考えの方が正しいように思えた。

 「じゃあ、ここがやられたの、どこかへ知らせないと。アウェッラーナさんに」

 「不要だ」

 「どうしてです?」

 「あの時、援軍を呼んだと言っていただろう。他の拠点にも、ここが魔獣の襲撃を受けた件は伝わった筈だ」

 薬師(くすし)アウェッラーナがファーキル経由で傷薬を渡した時、受取った兵がそう言ったのを思い出した。


 「報告を寄越さず、帰還もしなければ、必ず斥候(せっこう)を出して状況を確認する」

 ソルニャーク隊長に断言され、クルィーロは少し安心した。

 それなら、今日中にラクリマリス軍が助けてくれるだろう。大橋守備隊の兵士たちは気の毒だが、クルィーロたちにどうにかできることではない。



 みんなの所へ戻り、ソルニャーク隊長が簡潔に説明する。

 幸い、食糧はまだ一週間分くらいあった。

 「私、扉の向こうへ様子を見に行ってきます」

 「単独でか?」

 ソルニャーク隊長が、薬師アウェッラーナの申し出に難色を示した。

 「でも、何も居ないんですよね?」

 「瓦礫の中に(ひそ)んでいる可能性がある」

 「そのくらいのモノなら、明るいうちは大丈夫ですよ」

 アウェッラーナが【跳躍】の呪文を唱え、湖の民の姿が掻き消えた。


 「きゃッ!」

 小さな悲鳴と同時に小柄な少女が尻餅をつく。みんなが驚いて声を掛けた。

 「おいおい、姐ちゃん、大丈夫か?」

 「は……はい。ここ、【跳躍】()けの結界がありました」

 湖の民アウェッラーナは、腰をさすりながら立ち上がった。みんなハッとして顔を見合わせる。


 巨大な鉄扉を撤去するのに一体、何日掛かるのか。


 ……食糧は、アウェッラーナさんに魚獲り頑張ってもらえば、何とかなるけど。


 アウェッラーナが橋の柵を見上げ、溜め息を()いた。クルィーロも、改めて柵を見てギョッとする。

 柵の高さは、トラックの倍以上あった。間隔が狭く、猫でも通れるか微妙だ。手足を掛けられる所はなく、乗り越えられそうもない。

 アウェッラーナが、柵の格子に記された呪文を黙読する。


 「この柵は越えられません。【出入禁止】の術が掛かっています」


 振り向いた湖の民に宣言され、クルィーロは辺りを見回した。

 通行部分のアスファルトは黒々として、中央分離帯と端に設置された呪文を彫り込んだ石材も、最近できたばかりのようにキレイだ。


 ……鳥の糞が、ひとつも落ちてない。


 この橋は、陸に接した両端以外からは、一切出入りできないのだ。



 「えーっと、じゃあ、さ。多分、大丈夫だと思うけど、万が一、明日の朝になっても誰も来なかったら、行こっか」

 レノが店長として、努めて明るい声で言った。

 エランティスが、兄を見上げて震える声を絞り出す。

 「行くって……どこへ?」


 この橋の先には、アーテル共和国領ランテルナ島があった。

☆あの時、援軍を呼んだと言っていた……「300.大橋の守備隊」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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