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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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304/3509

0300.大橋の守備隊

 橋頭堡(きょうとうほ)の手前で停車すると、やっと数人の兵士が出てきた。

 近代的な軍服や迷彩服ではなく、【鎧】を纏う。かつて科学文明国で使われた金属製の防具ではなく、厚手の布に強力な防禦の術を織り込み、刺繍で縫い込んだ魔法の【鎧】だ。


 魔法戦士たちは、軽快な足取りで運転席に駆け寄った。

 「どうされました?」

 「森の道に化けモンが出たんだ!」

 「魔物ですか? 魔獣ですか? 数と大きさは?」

 兵士たちは、誰何(すいか)ではなく質問を優先した。薬師(くすし)アウェッラーナは少し安心したが、まだ足の震えが治まらない。


 運転手メドヴェージが、興奮した声で早口に(まく)し立てた。

 「二匹だ。昼間っから出てっから魔獣だろ。どっちもこのトラックよりデケえ! まっ黒けで目鼻も何もわかんねぇ奴と、もう一匹は、全体が緑色で赤い角がある」

 「どの辺りですか? 大体の場所はわかりますか?」

 「プラーム市へ行きてぇんだが、丁度そこの(かど)に居座ってやがったから、こっちに曲がってきたんだ」

 「成程(なるほど)。あれがそうですか?」

 兵士が指差し、メドヴェージが窓から身を乗り出して振り向く。


 「うわっ! ついて来やがった!」

 「迎撃します」

 「橋頭堡に避難して下さい」

 兵士の指示より先にエンジンが起動し、トラックが前進する。

 開けられた門を通過し、橋のすぐ手前で停車した。その直後、背後で重い音を立てて閉まる。トラックの前方は頑丈な鉄扉が塞ぎ、ネーニア島と北ヴィエートフィ大橋を隔てる。


 「このトラック、防禦はどうなってます?」

 「荷台も含めて、【結界】と【魔除け】しかねぇ」

 「わかりました」

 兵士の足音が離れた。


 みんなは荷台の前方で身を寄せ合い、後方に意識を集中する。

 薬師(くすし)アウェッラーナは係員室から荷台へ戻り、状況を説明した。

 「大丈夫よ。兵隊さん、戦ってくれるみたい」

 「う……うん」

 エランティスはぎこちなく頷いたが、アマナはクルィーロにしがみつき、作業服の胸に顔を(うず)める。

 他のみんなも緊張を解かず、外の物音に耳をそばだてた。


 何かがぶつかる激しい物音、獣の咆哮、破裂音が断続的に響く。

 アウェッラーナはハッとして、自分の荷物を掴んで係員室に入った。


 ……戦いの音。メドヴェージさん、「ついてきた」って……村の中で戦ってるってコトじゃない!


 恐怖で停止した思考が回りだす。

 二頭の内、どちらが来たのか。両方がトラックを追い掛け、追いついたのか。

 あの闇の塊は、アウェッラーナが見た限り、ゆっくり動いた。その気になれば、トラック並の速度を出せるのか。

 万が一、橋の守備隊が全滅したら、逃げ切れるのか。

 今はそれより、確実に魔獣を撃退してもらうことが先決だ。


 ……戦う力がなくても、少しでも支援して、兵隊さんに頑張ってもらわないと。


 トラックの周囲で怒号が飛び交い、足音が駆けてゆく。

 薬師(くすし)アウェッラーナは、鞄から紙コップを取り出した。以前、一人分ずつ作った傷薬だ。背伸びして、係員室の小窓に手を伸ばす。

 バックミラーに映るメドヴェージの目が険しい。


 「これを兵隊さんに!」

 アウェッラーナは机の端に片膝をつき、精一杯、小窓から手を伸ばす。

 助手席のファーキルがシートベルトを外し、身を捻って受取った。少年の顔も蒼白だ。無言で頷き、助手席の窓を開ける。


 「兵隊さーん! 傷薬! 傷薬、ありますッ!」

 窓から身を乗り出して叫んだ。すぐ近くから足音が駆け寄る。

 「かたじけない」


 メドヴェージが申し訳なさそうに言う。

 「なんか、すまんな。俺たちが逃げ込んだせいで」

 「いや、近隣の街や村でなくてよかった」

 紙コップを受け取った軍人が、安心させる為の微笑を浮かべ、落ち着いた声で状況を説明した。

 「既に援軍は呼んだ。今、この拠点に居る民間人は君たちだけだ。後は」

 その声が、兵士の悲鳴に遮られた。

 「すまないが、橋まで退避して欲しい」

 「えっ?」

 メドヴェージとファーキルが同時に声を上げる。

 アウェッラーナは、バックミラー越しに運転手の強張る顔を見詰めた。


 ……そんなに強いの?


 「空から新手が来た。恐らく、血の匂いを嗅ぎつけたのだろう。橋には強力な防護の術があり、魔物や魔獣は侵入できない」

 「おいおい、あんたら、大丈夫なのかよ?」

 「負傷者は出たが、この分なら、援軍の到着まで持ち(こた)えられる」

 「……わかった。ご安全に」

 「お気遣い、かたじけない」

 メドヴェージがエンジンを掛ける。ファーキルは窓を閉め、シートベルトを締め直した。



 橋頭堡の奥にある鉄扉が左右に開く。前を見る三人は、思わず息を呑んだ。



 四車線の道路が、ラキュス湖の向こうへ伸びる。

 純白の支柱が蒼天へ伸び、そこから張られた鋼糸の束が扇の骨の如く広がる。道の両脇と中央分離帯の石材には、この距離でも読み取れる大きさで力ある言葉が刻まれる。


 科学と魔法……両輪の技術の(すい)を集めた巨大な橋は、美しかった。

 到底、二十年近く使われることなく、塩湖の風に晒されたとは思えない。各種防護の術で、つい最近できたばかりのような最良の状態が保たれる。



 メドヴェージがアクセルを踏む。

 「取敢えず、Uターンできるとこまで行くゎ」

 ずっと遠くに目を凝らすと、橋の一部が横に膨らむのが見えた。事故時の退避場所だ。


 ……陸から、あんなに離れなきゃいけないの?


 水平線の彼方で島影が霞む。

 この橋の対岸は、ランテルナ島。アーテル共和国領だ。


 「あっ……」

 メドヴェージが微かな叫びを上げた。アウェッラーナの掌にじわりと汗が滲む。

 ファーキルが運転手に不安な顔を向けた。

 「あ……あぁ、いや、兵隊さん、橋の戸を閉めちまったんだ」

 ファーキルが助手席側のサイドミラーを見て、息を呑んだ。


 トラックを退避場所まで進め、Uターンした。エンジンを切り、メドヴェージが荷台を開ける。

 「何もわかんねぇと、余計おっかねぇもんな」

 「おじさん、こんなとこでお外出て大丈夫?」

 エランティスがレノ店長にしがみつき、顔だけ荷台の外へ向ける。


 湖上を渡る風は強く、荷台に籠った汗の臭いと熱を吹き払った。


 クルィーロが、アマナの肩を叩いて立ち上がらせて、代わりに答える。

 「さっきの兵隊さん、橋の護りは強力だって言ってたし、大丈夫だよ」

 妹の手を引いて荷台から降りた。他のみんなも、おっかなびっくり、北ヴィエートフィ大橋に降り立つ。

 薬師アウェッラーナも係員室から出た。


 生まれて初めて、ネーニア島を外から眺めた。


 ……こんな状況じゃなきゃ、きっと感動できたんでしょうけどね。



 北ヴィエートフィ大橋のラクリマリス王国側の鉄扉が、堅く閉ざされた。

 モースト市上空には、大きな鳥のようなモノが十羽近く飛び交う。動きが速く、正確な数さえわからない。


 ネーニア島の岸に沿って、ラクリマリス王国の街並が灰色に見えた。

 その向こうは深い森の濃い緑。西半分には、プラヴィーク山脈が横たわる。その北に連なるクブルム山脈が、ネーニア島を南北に分断し、ネモラリス共和国領は見えなかった。


 初夏の空は晴れ渡り、女神の涙と称される世界最大の塩湖ラキュスは、日射しを浴びて水晶の破片をちりばめたように輝く。



 「我々にできることは何もない。取敢えず、食事にしよう」

 ソルニャーク隊長に言われ、パン屋の兄姉妹(きょうだい)がのろのろ荷台へ戻り、昼食の準備を始める。

 他のみんなは、橋の(たもと)に目を凝らした。

☆あの闇の塊……「0126.動く無明の闇」参照

☆一人分ずつ作った傷薬……「0203.外国の報道は」参照

☆二十年近く使われることなく……「0164.世間の空気感」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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