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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0299.道を塞ぐ魔獣

 少年兵モーフが小部屋に入り、運転席に声を掛ける。

 「おっさん、今度は何だよ?」

 「わかんね……化け物だッ!」

 ヒュッと息を呑んだメドヴェージが、叫ぶと同時に急ハンドルを切った。前方に何が居るか、荷台からは全くわからない。交換したばかりのタイヤが、悲鳴に似た軋みを上げ、車体が大きく傾きながら急旋回した。


 女の子たちが声もなく、それぞれの兄にしがみつく。

 車体全体が直線コースに入った瞬間、加速する。法定速度を越え、警告音が鳴り響いた。


 助手席のファーキルが状況を叫ぶ。

 「道の先に魔獣が居て、こっちに気付いたんです! 何か、周りの木が()ぎ倒されてて、そいつらが暴れたっぽいです」

 「トラックよりデケェ化けモンだッ!」

 係員室の小窓から覗いた少年兵モーフも叫んだ。

 「それと、森の……木がねぇとこに、あの真っ黒の奴も居た!」


 薬師(くすし)アウェッラーナの脳裡に放送局の一夜が甦った。

 少年兵モーフと共に見張りをした時、放送局前を横切った闇の塊。あれは、この世に何匹も迷い出た魔物の一種だったのか。

 レノ店長が「焼け跡で見た」と言ったのを思い出した。


 ……あんなワケのわからない魔物が、ラクリマリス王国領にも居たなんて。



 アウェッラーナは、世界のあちこちに異界との接点があり、魔物たちはそこからこの世へ迷い出ると教わった。


 接点の深さや異界の地理的条件によって、魔物の出現と分布が異なる。この世の動植物同様、迷い出る魔物や、この世に定着した魔獣の分布には、多少の法則があるのだ。


 地元で注意すべき魔物や魔獣は、学校や警察の防犯教室、地域のお年寄りからも教えられる。

 草食性で脅威にならない大人しい魔獣も存在するが、大抵は人間に有害だ。どう逃げればいいか、性質や弱点はアウェッラーナもそれなりに学んだ。

 だが、あんな闇の塊は、見たことは勿論(もちろん)、聞いたこともない。



 ……テロか空襲のせいで、新しい接点ができてしまったの?


 レノ店長たちが焼け跡で見た物を説明した時、工員クルィーロも知らないと言った。


 「あっ! 標識ッ! ……今、モースト市に向かってます!」

 ファーキルの叫びに安堵と不安が交錯する。

 魔獣が追ってきたら、市民を巻き添えにするのではないか。


 ……それとも、見張りの人が気付いて門を閉めちゃう?


 マスリーナ市で遭遇した魔獣は、巨体(ゆえ)に動きが鈍く、追い付かれずに済んだ。この森の二頭はどうなのか。みんな強張った顔で身を縮める。


 アウェッラーナはそっと立ち上がり、係員室に入った。小窓に齧りつく少年兵が場所を空ける。

 「あの夜と同じのが居たの?」

 「ああ」

 あの夜がどの夜を指すか、一言で通じた。バックミラーに目を凝らすが、この角度からでは後方の様子はわからない。係員室の小窓からは、サイドミラーが見えなかった。

 もどかしさと焦燥感に不安が煽られ、居ても立ってもいられないが、今は逃げ切れるように祈る他ない。


 ……パニセア・ユニ・フローラ様、どうか、私たちをお守り下さい。


 声には出さず、湖の女神に加護を求める。

 真新しいアスファルトの両脇で、初夏の緑がどんどん流れる。

 モースト市へ続く新道は、地図上で、ずっと森の中を通った。



 先日、インターネットの地図を見て、組合長ラトゥーニがくれた地図に道を描き足した時、ラクリマリス人の少年は、小さく溜め息を()いた。


 「地図には、昔の名残で『モースト市』って書いてますけど、全然復興できてなくて、軍の小さい駐屯地と売店とかがあるだけの村なんですよ」


 瓦礫は、ヴィエートフィ大橋再建工事の際、撤去された。

 かつては物流の拠点だった為、橋を再建させたが、アーテル側が一方的に国交を断絶したせいで、この街の経済を再建できなくなった。


 激戦地だったここは、住人の大半が亡くなった。産業のなくなったこの地に帰還する生存者は、(ほとん)ど居ないと言う。


 魔物などから街や村を守る防壁は、そこに住む力ある民と、壁に設置した【魔力の水晶】や【魔道士の涙】の魔力を消費して効力を維持する。

 住民の少ない集落は危険なのだ。

 みんなが戻らないなら、戻れないのは仕方がない。



 速度を上げるトラックの荷台で、アウェッラーナは確認した。

 「ファーキルさん、モースト市には、王国軍の部隊が駐屯してるんですよね?」

 「はい。でも、小さい部隊ですよ」


 助けてもらえるだろうか。

 (かくま)ってもらえるだろうか。

 期待より不安の方が大きい。



 森の木々が(まば)らになり、草原に出た。

 牧場の柵も何もない。自然のままの草地にアスファルトが黒々と敷かれ、ずっと先に巨大な橋梁が見えた。

 ファーキルの言った通り、橋の手前に街らしきものはない。


 ……明るい所に出たから、大丈夫。大丈夫よ。


 自分に言い聞かせるが、足の震えが止まらない。放送機材を乗せた机にしがみつき、恐怖を(こら)える。


 雑妖なら、日の光を浴びただけで消えてなくなる。魔物も大幅に弱体化するか、発生直後の弱いモノなら、それだけで幽界(かくりよ)へ戻る。

 充分な魔力を蓄え、この世の肉体を得た魔獣は、日の光を浴びただけでは消えない。弱体化も、ほんの気持ち程度だ。


 遠目に橋頭堡(きょうとうほ)と兵舎が見えてきた。トラックが速度を緩める。

 アスファルトの二車線道路を挟み、商店や民家が十軒ばかり並ぶだけの小さな集落だ。外界との境界は低い土塀。各種防護の術はあるのだろうが、なんとも心許(こころもと)ない。


 村の入口には検問所も何もなかった。ラクリマリス王国軍の部隊は、アーテル側からの侵入を警戒する為に配置されたらしい。

 開け放たれた門を抜け、トラックは更に減速したが、人の気配はなかった。

☆あの真っ黒の奴/レノ店長が「焼け跡で見た」……「0089.夜に動く暗闇」参照

☆放送局の一夜……「0126.動く無明の闇」参照

☆マスリーナ市で遭遇した魔獣……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆橋を再建させたが、アーテル側が一方的に国交を断絶……「0103.連合軍の侵略」「0161.議員と外交官」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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