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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0298.この先の心配

 摘みたての薬草が、爽やかな芳香を放って清々しい。パンク修理中、荷台の扉を開放したお陰で空気が入れ換わり、息苦しさが減った。


 薬師(くすし)アウェッラーナのコートと、工員クルィーロのマントには、【耐寒】と【耐暑】、【魔除け】と【耐衝撃】の最下級の術が施され、暑くはない。

 他のみんなは普通の冬物衣料だ。コートとセーターを脱いでマフラーを外し、厚手の袖を(まく)るが、それでも暑いだろう。

 少年兵モーフは、ファーキルにもらったトレーナーを脱いで鞄に仕舞い、元のボロ着に戻った。


 ……いつまでこんな生活が続くかわからないし、交換品で夏物の服をもらわないと、熱中症になっちゃう。


 途中から加わったアミエーラは針子だが、服は型紙がなければ作れないと言う。しかも、手作業だ。彼女一人で九人分の服を縫えと言うのは、あまりにも酷だ。

 次のプラーム市では、魔法薬の対価に「着られる大きさの夏服」を要求しようと心に決める。



 ドーシチ市の商業組合長から、製薬の報酬にたくさんの物をもらったが、服は一着もなかった。

 どれも役に立つ有難い品ばかりで、文句を言ってはいけない。

 ラクリマリス人の彼らはきっと、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行が、魔法の服を着られないなど、思いも寄らなかったのだろう。


 この国は、魔法文明に重きを置く両輪の国だ。あの雑貨屋が言った通り、魔道具ではない品を用意するのは、難しいのかもしれない。


 ……あ、でも、交換でくれたのは、普通のお鍋?


 もしかすると、先にプラヴィーク市へ逃れた難民が、食べ物か何かと引換えに置いて行った品かもしれない。

 武器職人の親方の話では、フラクシヌス教団などの働きで、難民たちは安全な場所へ行けたらしいが、移動販売店プラエテルミッサの一行は完全に出遅れた。


 ……難民。


 薬師(くすし)アウェッラーナは、生き別れになった家族を思った。


 あの日、いつもは父に付添う姉の姿が、病室になかった。テロ当時、イレックスはどこで何をし、今は無事なのか。

 兄たちはラキュス湖で操業中だった。魔道機船だから、ネーニア島東部水域の魔物にはやられない。どこか安全な港や湖上でテロと空襲をやり過ごしたとして、その後どうなのか。


 ネモラリス島か、すぐ南のラクリマリス領の港に避難できたのか。

 自分や姉を捜しにゼルノー市のグリャージ港や母港のゾーラタ港に戻ったら、テロリストの置き土産で魔力を奪われ、魔物に沈められたかもしれない。

 マスリーナ港で、あの巨大な魔獣に襲われたかもしれない。

 暗い考えがどんどん心を重くする。


 ……ダメよ。余計なコト考えちゃ。


 王都ラクリマリスは、大勢のネモラリス難民が経由した。神殿で尋ねれば、何かわかるかもしれない。何度も自分に言い聞かせて顔を上げる。


 ……することがなくなったから、余計なコトを考えるのよ。


 鞄を(あさ)り、ゼルノー市の図書館で取り急ぎまとめたメモを引っ張り出す。

 普段使わない【浮遊落下】などの術も書き留めてあった。


 ……今は【魔力の水晶】がたくさんあるし、作用力を補う上等なのも幾つかあるから、店長さんたちにもっと呪文を覚えてもらおうかな。


 次は誰に何を覚えてもらおうか、しばし考える。

 アウェッラーナは、薬師(くすし)候補生への手解(てほど)きで、教える楽しさに目覚めた。


 道具に頼ってでも魔法が使えれば、使えない場合と大きな差が出る。

 この先、別れの日は必ず来る。

 この知識がきっと、力なき民の彼らを守るだろう。


 ……キルクルス教徒に無理して教えようとは思わないけど。


 そう言えば、針子のアミエーラはあれ以来、何も言ってこない。まだ迷うのか、それとも、信仰に生きると決めたのか。

 今の彼女は、少年兵モーフが編んだ籠の把手(とって)に細長い端切(はぎ)れを巻いて補強する。


 ……まぁ、いいか。ネモラリス島に着いてからのハナシよね。


 そこから更にネーニア島北部へ渡っても、政府の立入制限が解除されなければ、ゼルノー市にもリストヴァー自治区にも戻れない。


 急いで決める必要はないし、アミエーラの人生は彼女自身のものだ。

 アウェッラーナが急かすことではなかった。


 生活費を稼ぐのは、問題ないだろう。縫製技術がある。働き口は仕立屋か工場ですぐ見つかる筈だ。

 キルクルス教徒だと知られなければ、アミエーラはどこでだって生きてゆける。「作用力がなくて魔法を使えない」と言えば、誰も怪しまない。本人がイヤでなければ、【魔力の水晶】に魔力を補充するアルバイトだってできる。



 ソルニャーク隊長たちも、今は復興特需で仕事にあぶれないだろう。

 特にトラックを運転できるメドヴェージは、引く手数多(あまた)だ。少年兵モーフは力が強いから、多分、工事現場で下働きとして雇ってもらえるだろう。


 レノ店長たち兄妹(きょうだい)は、製パン、製菓の技術があり、力ある民のクルィーロは元工員だ。何か技術があるのだろう。さっきも、タイヤ交換を手際よく手伝った。



 一番心配なのは、高校生のロークだ。

 この間、レノ店長に「一度もアルバイトをしたことがない」と話すのが耳に入った。商業高校生だそうだが、卒業前では、会計事務所も会社の経理部門も雇わないだろう。


 自治区民のように蔓草細工(つるくさざいく)も巧くない。最近やっと、鍋敷きを(こしら)えられるようになったが、まだ一枚も売れなかった。

 薬作りの手伝いは手際よくしてくれたが、子供でもできる簡単な作業ばかりだ。製薬会社が雇う仕事ではない。


 ……まぁ、私が一生ずっと見守るワケにはゆかないし、あのコが自分でなんとかするしかないのよね。


 「何だありゃッ?」

 メドヴェージの叫びで、アウェッラーナは現実に引き戻された。

☆あの雑貨屋……「0288.どの道を選ぶ」参照

☆武器職人の親方の話……「0287.自警団の情報」参照

☆テロリストの置き土産……「0043.ただ夢もなく」→「0072.夜明けの湖岸」参照

☆ゼルノー市の図書館で取り急ぎまとめたメモ……「0147.霊性の鳩の本」「0168.図書館で勉強」「0169.得られる知識」参照

☆あの巨大な魔獣……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆針子のアミエーラはあれ以来……「0252.うっかり告白」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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