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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0297.トラブル発生

 急ブレーキでトラックが大きく傾いた。

 何とかどこにもぶつからずに停車する。

 「どうしたッ?」

 ソルニャーク隊長が係員室に飛び込む。運転手のメドヴェージが、ふたつみっつ質問に答える。続いて運転席を降りる音がした。


 「兄ちゃんたち、ちょっと手伝ってくれ。パンクしたんだ」

 メドヴェージが荷台を開ける。

 木箱などはロープで固定してあり、他も少しずれただけで済んだ。巨大な魔獣から逃れた時のような酷い状態ではない。ホッとして妹たちの肩を叩いた。


 「大丈夫。魔物とかじゃない。……手伝ってくるよ」

 ピナとティスが怖々目を開け、兄を見上げる。

 レノは、笑顔で二人の肩を叩いて荷台を降りた。



 トラックは、道路の真ん中で斜めに停まる。来た道を振り向くと、黒いスリップ痕が見えた。

 メドヴェージが、トラックの周囲を回って各タイヤを点検する。助手席のファーキルも降りてきた。


 真新しいアスファルトには、白いセンターラインがくっきりと引かれ、森の奥へ続く。

 両脇は深い森で、木々に(つた)が絡まり、見通しが利かない。茂みの下で、形を成さない汚らしい色の靄が蠢く。


 雑妖だ。


 道端には呪文を刻んだ石碑が等間隔で並び、根元には傷薬の薬草が青々と茂る。一番近くにあるのは、教えてもらったばかりの【魔除け】だ。その隣は、レノがまだ知らない呪文が刻まれる。

 道路に影を差す枝はない。木々は道の手前で、新鮮な切り口を空に向けて立つ。


 「右前の一本だけだな。まぁ、今までよく走ったもんだ」

 点検を終え、メドヴェージが男衆に笑顔を向けた。


 ……そうだな。空襲でぐちゃぐちゃになった道でパンクしなくてよかったよな。


 もし、マスリーナ市で、あの巨大な魔獣から逃げる最中だったらと想像し、レノは背筋が凍った。



 メドヴェージが荷台下の留め具を外し、ソルニャーク隊長と二人で予備のタイヤを引っ張り出す。ジャッキと工具箱も降ろし、工員クルィーロと二人でせっせとタイヤ交換を始めた。

 ソルニャーク隊長とファーキルは、トラックの前後に分かれ、他の車が来ないか見張る。ずっと遠くまで直線道路が続くが、一台の車影もなかった。


 呼ばれて降りたものの、レノたちはすることがない。ロークも、手持無沙汰な様子で二人の作業を見守った。


 少年兵モーフが、驚いた目でメドヴェージの手元を見る。

 「おっさん、こんなコトまでできンのかよ」

 「そりゃそうだ。できなきゃ、こうやってパンクした時、困るだろ」

 「そっか……そうだな」

 メドヴェージが作業しながら、楽しそうに答える。モーフは神妙な顔で頷いた。

 レノは、もっと早く教習所に通っていれば手伝えたのにと、苦い後悔がじわりと腹の底に広がった。


 ……瓦礫を片付ける時に使ってた軽くする魔法で……いや、ダメだ。効果が一分しか持続しないんだ。


 レノは呪文のメモを思い出し、試したくなったが、すぐ欠点に気付いて口に出さなかった。代わりに質問する。

 「何か手伝えるコト、ありませんか?」

 「ん? おぉ、すまんな、兄ちゃん。道具がねぇや」

 「そうですか。じゃ、薬草採りしてます」

 傷薬の薬草は、道の傍だけでもかなりあった。


 「お兄ちゃん、私も……」

 「すぐそこに雑妖が居る。ティスたちは危ないから、荷台で待っててくれ」

 レノが茂みの下を指差すと、ティスはピナにしがみついた。アマナも顔を引き攣らせる。薬師(くすし)アウェッラーナが、やさしく声を掛けて落ち着かせた。



 ロークと少年兵モーフを誘い、三人で手分けして、両手いっぱいに摘み採った。

 荷台から様子を覗う針子のアミエーラが、ゴミ袋の口を広げて待つ。あっと言う間に袋一枚がいっぱいになった。

 空の袋を一枚受け取り、道路脇へ摘みに行く。驚いたバッタが飛び出し、道路の反対側へ跳ねて行った。その先の茂みにも雑妖が居る。

 道路には居ないのが、【魔除け】の石碑の効果か、降り注ぐ日光のお蔭か、力なき民のレノには区別がつかない。



 無事にタイヤ交換が終わり、薬師(くすし)アウェッラーナが、薬草から抜いた水分でみんなの手を洗ってくれた。


 ……そっか。手が汚れるのを気にしなくてよくなったのも、魔法のお陰なんだ。


 草の汁と泥に(まみ)れた手では、調理できない。改めて感謝を伝える。

 「有難うございます」

 「いえいえ、どういたしまして」

 穏やかな微笑で応えた湖の民は、中学生のピナと同じくらいに見えるが、長命人種の魔女だ。半世紀の内乱をどうやって生き延びたのだろう。



 レノは、再び走り出したトラックの荷台で考えた。


 ……まだ子供だったから、家族が守ってくれた?


 それもあるだろう。彼女自身も【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】学派の術で魚を獲れる。湖の民の一家が飢えに苦しんだことはなさそうだ。

 薬師(くすし)で【思考する(フクロウ)】学派の術が使える。

 そればかりか、薬なしで傷を癒す【青き片翼】学派の術まで使える。大学で学んだのではなく、子供の頃……内戦中に知り合った薬師や呪医に教わったと聞いた。

 彼女の癒しの術で、家族や近所の人たちは、怪我をしても死なずに済んだ筈だ。


 ……俺にも【青き片翼】の術が使えたら、父さんは助かったのに。


 自分の無力に胸の奥がささくれ立つ。

 考えの行き着く先は、いつも同じ、彼女が「力ある民だから」だった。

☆巨大な魔獣から逃れた時のような酷い状態……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆瓦礫を片付ける時に使ってた軽くする魔法……「0151.重力遮断の術」「0152.空襲後の地図」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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