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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0296.力を得る努力

 レノは、薬師(くすし)アウェッラーナに教えられた【魔除け】の呪文を一心に唱えた。

 渡されたメモには力ある言葉が記され、その上に湖南語で読み方、下には意味が添えてある。


 「日月星(ひつきほし) 蒼穹巡(そうきゅうめぐ)り、(うつ)ろなる闇の澱みも(あまね)く照らす。

  日月星(ひつきほし)、生けるもの皆、天仰ぎ、現世(うつよ)(ことわり)(いまし)を守る」



 ロークが持つ【魔除け】の護符は、布に特殊な染料でこの呪文を染めつけ、袋状に縫ったものだ。道具を作る呪文を唱えながら、一文字ずつ魔力を籠めて手書きしなければならず、量産できないらしい。


 魔法の道具を作る職人【編む葦切(ヨシキリ)】学派の術は、魔力はあっても作用力のない者にも使える。

 魔力と作用力を補う【魔力の水晶】を片手に握って作業すれば、力なき民でも職人になれるが、費用が高くつくので滅多に居ない。



 ……生活、安全、就職……魔力あるのとないのじゃ、何から何までこんなに差がつくんだよな。


 レノは、アウェッラーナとクルィーロをちらりと見た。

 湖の民の薬師は、レノの妹ピナに【簡易結界】の呪文を教える。

 ピナは麻紐で作った輪を持って、何度も同じ呪文を練習した。今は【水晶】なしなので何も起きないが、輪に魔力を注ぐコツを教えられ、呪文を唱えながら訓練を積む。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)

  垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて

  千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて 雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)

  内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」



 末妹のティスも【(あかり)】の呪文をたどたどしい発音で(そら)んじる。


 「闇照らす 夜の(あるじ)の眼差しの淡き輝き 今 (とも)す」



 ティスと同い年のアマナは、兄のクルィーロに教えられ、【退魔】の長い呪文を歌のように詠じた。


 「(とお)らう灼熱の御手以(みてもっ)て、焼き(はら)え、祓い清めよ。

  大逵(たいき)より来たる水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。

  日々に降り積み、心に(よど)塵芥(ちりあくた)()ぎ祓え、祓い清めよ。

  夜々に降り積み、(ちまた)に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。

  太虚(たいきょ)を往く風よ、日輪翳(ひのわかげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす(もや)を祓え」



 どれも、雑妖や魔物から身を守る呪文だ。

 発生直後の雑妖は、【灯】の淡い光でも恐れて近寄らない。【退魔】で場の穢れを祓えば、しばらく雑妖が発生しなくなる。

 穢れを好む魔物が近寄り難くなり、既にいる雑妖も弱体化できる。


 運河で経験済みの【簡易結界】は、輪の内側に雑妖や弱い魔物、それから虫も入れなくする。

 輪は地面に直接書いてもいいが、踏み消す危険性がある。丈夫な紐などがあればいいが、運河では古新聞を水で濡らして繋げるしかなかった。


 苦い記憶が甦り、レノの胃がキリキリ痛んだ。最後に見た父の青白い顔を頭から振り払い、呪文の練習に集中する。


 ……【魔力の水晶】があれば、俺でもみんなを守れるんだ。


 さっき、森の手前で【魔除け】の呪符を発動させた。

 呪符は、レノのたどたどしい発音に応え、籠められた魔力を巡らせて【魔除け】の力を解放した。真珠色に輝く呪符は、荷台の扉にテープで貼り付けてある。


 呪符に呼応して、元々荷台に巡らされた【結界】と【魔除け】が強くなった、とアウェッラーナとクルィーロが口を揃える。

 力ある民なら、そんなことまでわかるのだ。

 そう言えば、二人は放送局の廃墟でも、建物に掛けられた守りの術を点検した。


 ……生まれつきの能力に、こんなに差があるんじゃなぁ。


 レノは内心、溜め息を()いて、キルクルス教徒たちをこっそり見た。売れた分の蔓草(つるくさ)細工をせっせと作り足す。


 ソルニャーク隊長の帽子と、少年兵モーフの籠は全部、金属製の深鍋ひとつと交換してもらえた。

 これでスープを作りやすくなり、おかずを一品増やせる。

 武器職人の親方は帽子ひとつで【魔力の水晶】をくれたので、買い叩かれた気がするが、多分、雑貨屋の評価が正しいのだろう。


 「ここらじゃ、術の掛かってない物なんか売れんぞ」

 雑貨屋は、帽子と籠を素材として買ってくれた。あの声が、憐みの色を帯びて胸に響く。


 ……俺たち、そんな「可哀想」な存在なのかよ……クソッ!


 二月のあの日までは、普通に暮らせた。ほんの四カ月前だ。

 それが、今は人々のお情けに縋らなければ生きてゆけない。


 ……俺たちが力ある民なら、こんな……


 妹たちにも惨めな思いをさせずに済んだ。

 戦う力があれば、護る力があれば、両親と店を喪わずに済んだ。

 身体の芯が熱くなり、呪文を練習する声が震える。

 ひとつ咳払いして誤魔化し、湖の民が書いてくれた呪文のメモを見詰めた。


 ……【魔力の水晶】はたくさんあるんだ。今はとにかく、早く【魔除け】をしっかり唱えられるようになって、次の呪文を教えてもらおう。



 レノは何となく、三界の魔物の封印後、キルクルス教が成立した理由がわかった気がした。

 三界の魔物のせいで魔力が枯渇し、アルトン・ガザ大陸の北部では、力ある民が滅多に生まれない。あちらの大陸全土で、純粋な魔法文明国は、ディアファナンテ一国しか残らなかった。

 魔術を「()しき(わざ)」として否定する気持ちは、今ならよくわかる。


 ……だからって、魔法使いを迫害するのはやり過ぎだけどな。


 今からキルクルス教に改宗して、ランテルナ島に渡りたいか、と問われれば、その答えは否だ。気持ちはわかるが、実際問題、この地方では、魔法の力がなければ生きてゆけない。

 実体を持たない雑妖や魔物も人に害を成す。この世ならざるモノに対する防御や駆除は、魔法でなければ不可能だ。キルクルス教を国教とするアーテル共和国とラニスタ共和国の生活は、想像もつかない。


 ……あの辺、魔物が少ないのかな?


 不意に車体が激しく揺れた。

 女の子たちが悲鳴を上げる。レノは左隣のティスを抱きしめ、ピナが右腕にしがみついた。

☆ロークが持つ【魔除け】の護符……「0068.即席魔法使い」「0131.知らぬも同然」参照

☆運河では古新聞を水で濡らして繋げる……「0066.内と外の境界」参照

☆苦い記憶……「0070.宵闇に一悶着」「0071.夜に属すモノ」参照

☆放送局の廃墟でも、建物に掛けられた守りの術を点検……「0109.壊れた放送局」参照

☆ソルニャーク隊長の帽子(中略)金属製の深鍋ひとつと交換……「0288.どの道を選ぶ」参照

☆武器職人の親方が帽子ひとつで【魔力の水晶】をくれた……「0287.自警団の情報」参照

☆二月のあの日……「0021.パン屋の息子」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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