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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
30/3487

0030.状況を読む力◇

 小学校の裏手は、人が少なかった。

 もっと西を目指す避難者が、坂を駆け上がって行く。

 「お兄ちゃん! 手、離して! 自分で走る!」

 「私も!」

 二人に言われ、クルィーロが手を離す。

 身軽な小学生二人は、荷物を持った成人男性のクルィーロより早かった。

 「西へ、西へ走れッ! 人が少ない方に! 遠回りになってもいい、迷子になるなよ!」

 後ろ姿に声を掛け、二人を追い掛ける。

 妹たちは振り向かずに(うなず)き、走り続けた。



 中学の手前を走る幹線道路は、避難の車で大渋滞だ。

 停電で信号が消えたのも一因で、のろのろ歩くようにしか流れない。

 「()かれないように俺と手を(つな)いで渡るんだ」

 三人は、罵声とクラクションを浴びせられながら、渋滞の中を突っ切る。

 黒煙がすぐ後ろに迫り、構う余裕などなかった。

 三人に(なら)って、他の歩行者も渡り始め、渋滞が更に進まなくなる。



 中学も、小学校と同様だった。

 こちらの校庭には軍用車ではなく、パトカーが一台。他は全て、住民や保護者の自家用車だ。

 「お姉ちゃん……二年三組……!」

 息切れしたレノの末妹エランティスが、苦しそうに絞り出す。

 校庭を横切って校舎に入った。小学校より広いからか、廊下の人は少ない。教室までは楽に行けた。



 二年三組では、男性教師たちと保護者数名が言い争っていた。

 「もう、すぐそこまで来てるんだ! 娘は連れて行く!」

 「他の生徒と不公平になります」

 「不公平もへったくれもあるか!」

 「ここは避難所として、近隣の皆さまに解放しています。ここに留まる方が安全です」

 「警察も来ました。お父さん、落ち着いて下さい。生徒たちが動揺するといけませんので」

 「パトカー一台でどうするんだ!」

 「エリス! 行くぞッ!」

 保護者の一人が娘の肩を抱き、連れ出そうとする。

 教師の一人が戸口に立ち塞がり、それを阻止した。

 「邪魔だッ!」

 「落ち着いて下さい」


 生徒たちが、大人たちの遣り取りを不安な眼差しで見守る。鞄を抱え、半ば腰を浮かせる生徒も居た。

 窓の外へチラチラ目を遣り、絶望の色を浮かべる生徒も多い。

 「お姉ちゃん!」

 エランティスの叫びで、姉のピナティフィダが鞄を抱えて駆け寄る。

 「おい! 座れッ!」

 教師に一喝され、肩をびくりと震わせて立ち止まった。


 「先生、そんな場合じゃありません! これ、フツーの火事じゃなくて、テロで放火されてるんです! テロリストの集団は、爆弾と銃で人を殺しながら、もう、すぐそこまで来てるんです!」

 クルィーロの切迫した説明にも、教師は首を横に振った。

 「今、魔法使いの先生方が消火なさっている。ここに留まった方が安全なんだ」

 「ここに来るまでの間、防火水槽の水を起ち上げた途端、射殺されるのを何回も見て来たんだ!」

 クルィーロは落ち着き払った年配の教師に怒鳴り返し、生徒たちに向き直った。

 「おいッ! みんな、魔法使える子は知ってる限り、西へ跳べ! 湖の方はもうダメだ!」

 ツナギ姿の青年が叫ぶと、保護者が戸口の教師を強引に押し退け、我が子を連れて出て行った。

 硬直が解けたピナティフィダが、妹に駆け寄る。


 「待てッ! 外は危険だ!」

 「先生には守る力も戦う力もないんだろッ! だったら、せめて逃がしてやれ! このままグズグズしてたら、皆殺しにされるんだよッ!」

 クルィーロはそれだけ言うと、教師を突き飛ばし、ピナティフィダを連れて廊下を走った。

 生徒の半数も、教師の制止を振り切って教室を飛び出す。



 クルィーロたちは、廊下を走りながら叫んだ。

 「逃げろ! ここも時間の問題だ!」

 「逃げてーッ! 西へ逃げてーッ!」

 「ただの火事じゃないの!」

 「テロリストが来た! 逃げろーッ!」

 窓の外の光景が、叫びの正しさを裏付ける。

 廊下の保護者が教室に駆け込み、声を聞きつけた生徒たちが廊下に出て来た。



 クルィーロたち四人は裏門を走り抜けた。

 学校の敷地を出てすぐ、数人の生徒が立ち止まって【跳躍】の呪文を唱える。結びの言葉を唱えた途端、その姿がいずこかへ消えた。

 「お兄ちゃんは、あれ、できないの?」

 アマナが走りながら聞く。

 「すまん。俺、呪文を覚えてないんだ」

 「でも、助けに来てくれてありがとう」

 ピナティフィダが、エランティスと手を繋いで走りながら礼を言った。力なき民の生徒たちが、四人の後について走る。


 ……この判断が間違ってたなら、後で、先生に怒られればいい。


 叱られる可能性が低いことを薄々感じながら、ピナティフィダは走った。

 眼の前の出来事を見誤った先生や、先生の言葉を信じた級友を見捨てて逃げる。

 その後ろめたさを振り切るように、妹の手を引き、力の限り走った。

★第一章 あらすじ

 二月一日のできごと。

 薬師(くすし)アウェッラーナはいつも通り、アガート病院へ出勤する。

 ラジオの報道「ゼルノー市南東部、リストヴァー自治区に隣接するグリャージ区で、複数の火災が発生。自治区の住民が武装蜂起」


 報道通り、キルクルス教徒の「星の道義勇軍」が、ゼルノー市を襲撃していた。

 テロリストの攻撃が、ゼルノー市立中央市民病院に迫る。


 パン屋の青年レノは、避難する人の群に巻き込まれ、両親や親友のクルィーロとはぐれる。

 魔装兵ルベルは、治安部隊としてゼルノー市でのテロ鎮圧作戦に派遣された。


 リストヴァー自治区出身のラクエウス議員は、議会で今回のテロについて糾弾される。

 自治区民のアミエーラは単なる火災だと思い、父と二人で明日の予定を立てる。


 クルィーロは、妹たちを救出する為、知っている限りの魔法を駆使して小学校と中学校に向かった。


 ※ 登場人物紹介の一行目は呼称。

 用語と地名は「野茨の環シリーズ 設定資料」でご確認ください。

 【思考する梟】などの術の系統の説明は、「野茨の環シリーズ 設定資料」の「用語解説07.学派」にあります。



★登場人物紹介


 ◆湖の民の薬師(くすし) アウェッラーナ 呼称は「(ハシバミ)」の意。

 湖の民。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。

 隔世遺伝で一族では唯一の長命人種。外見は十五~十六歳の少女(半世紀の内乱中に生まれ、実年齢は五十八歳)

 実家はネーニア島中部の国境付近の街、ゼルノー市ジェリェーゾ区で漁業を営む。父と姉、兄、甥姪など、身内で支え合って暮らす。

 ゼルノー市ミエーチ区にあるアガート病院に勤務する薬師(くすし)

 魔法使い。使える術の系統は、【思考する(フクロウ)】【青き片翼(かたよく)】【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】【霊性の(ハト)

 真名(まな)は「ビィエーラヤ・オレーホヴカ・リスノーイ・アレーフ」


 ◆パン屋の青年 レノ

 力なき陸の民。フラクシヌス教徒。十九歳。濃い茶色の髪の青年。

 ネーニア島のゼルノー市スカラー区にあるパン屋「椿屋」の長男。

 両親と妹二人の五人家族。パン屋の修行中。

 レノは、髪の色と足が速いことからついた呼称。「馴鹿(トナカイ)」の意。


 ◆工員 クルィーロ 呼称は「翼」の意。

 力ある陸の民。フラクシヌス教徒。工場勤務の青年。二十歳。金髪。

 パン屋の息子レノの幼馴染で親友。ゼルノー市スカラー区在住。

 両親と妹のアマナとの四人家族。

 隔世遺伝で、家族の中で一人だけ魔力がある。魔法使いだが、修行はサボっていた。使える術の系統は、【霊性の(ハト)】が少しだけ。


 ◆お針子 アミエーラ

 陸の民。キルクルス教徒。十九歳の女性。金髪。青い瞳。仕立屋のお針子。

 リストヴァー自治区のバラック地帯在住。工員の父親と二人暮らし。


 ◆少年兵 モーフ 呼称は「(コケ)」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の少年兵。十五~十六歳くらい。

 リストヴァー自治区のバラック地帯出身。


 ◆隊長 ソルニャーク 呼称は「雑草」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の一部隊の隊長。モーフたちの上官。おっさん。


 ◆元トラック運転手 メドヴェージ 呼称は「熊」の意。

 力なき陸の民。キルクルス教徒。星の道義勇軍の一兵士。おっさん。

 リストヴァー自治区のバラック地帯出身。

 以前はトラック運転手として、自治区と隣接するゼルノー市グリャージ区の工場を往復していた。仕事で大怪我をして、ゼルノー市ジェリェーゾ区にある中央市民病院に入院したことがある。


 ◆市民病院の呪医

 湖の民の男性。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。

 ゼルノー市立中央市民病院に勤務する唯一の呪医。

 【青き片翼】学派の術を修め、主に外科領域の治療を担当。


 ◆葬儀屋

 湖の民の男性。フラクシヌス教徒。髪と瞳は緑色。

 【導く白蝶】学派の術を修めた葬儀屋。

 商売柄、服には【魔除け】や【退魔】などの呪文を刺繍してある。

 自前の魔力が尽きない限り、この服を着ている間は常時、それらの術が葬儀屋を守る。


 ◆ラクエウス議員

 リストヴァー自治区選出の国会議員。

 自治区の生活向上の為に命懸けで尽力する老議員。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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