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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0294.弱者救済事業

 翌朝早く、クフシーンカは弟の支持者二人を連れ、東地区の教会へ足を運んだ。


 真新しい歩道には、塩害に強いウバメガシが植樹された。若木だが、秋になればドングリを食べられるだろう。緑化と食糧調達。一石二鳥の樹種だ。

 「この木、無事に育つといいですね」

 「そうねぇ」

 黒髪の新聞屋に言われ、クフシーンカが頷く。新聞屋の妻も首を縦に振り、胸の前で抱えたクッションが大きく揺れた。



 ウバメガシは、フラクシヌス教の主神「(フラクシヌス)」の一族だ。星の(しるべ)の団員に伐られるかもしれない。



 再建したばかりの教会が朝日に輝き、敬虔な人々がぞろぞろ出て来るのが遠目に見える。朝の礼拝が終わってしまった。


 ……年寄りの足じゃあねぇ。


 クフシーンカは自嘲し、杖を頼りに先を急いだ。若い支持者たちは、そんな老婆の足に合わせて歩いてくれる。

 ウバメガシは、教会の前の道にも植わるが、今のところ無事だ。



 三人が教会に入ると、聖職者と乳児連れの若い母親だけが残っていた。

 「おはようございます。司祭様」

 「おはようございます。店長さん、お久し振りです」

 二人が当たり障りない挨拶を交わす(かたわ)らで、若い母親が居心地悪そうにする。


 「お話の邪魔をして、ごめんなさいね。でも、あなたにも関係あることだから堪忍してね」

 「あたしも、ですか?」

 司祭も小さく頷いてみせる。

 思いがけず、司祭と旧知の老婆にやさしく声を掛けられ、若い母親は怪訝(けげん)な顔をした。


 「実は、教会の掲示板に求人広告を貼らせて欲しいんです。不躾(ぶしつけ)なお願いだとは存じておりますが、誰でもいいワケではございませんので」

 「成程(なるほど)。アミエーラのように敬虔で、心正しい人材をお求めですか」

 司祭が深く顎を引き、そのまま(うつむ)く。



 針子のアミエーラは、日曜毎に父と二人で教会へ足を運び、清掃奉仕などにも参加した。その父娘があの大火以来、一度も姿を見せない。

 仕立屋の店長クフシーンカは、アミエーラは無事だと伝えたくなったが、思い留まった。言ったところで、二度と会えないことに変わりはない。密かに自治区から出したと知れれば、クフシーンカが(とが)められる。



 飲み込んだ言葉の代わりに、用件を伝える。

 「お針子は二人。あの子と同じくらい心正しい女性を。もう一件、(ほうき)作りのお仕事も、お願いしたいんですけど」

 「箒、ですか?」

 「はい。材料の一部はお持ちしました。ここに置いていただきたいのですが」

 新聞屋が、抱えていた麻袋を上げてみせる。


 クフシーンカが補足した。

 「(ほうき)のお仕事は、事情があって働きに出られない方々にお願いしたいんです」

 「そう言うことですか。喜んでお手伝いさせていただきます」

 職にあぶれた弱い人々の救済事業だと気付き、司祭が満面に笑みを(たた)えて歓迎する。


 若い母親が不安な面持ちで三人を見た。

 クフシーンカは母親に微笑んでみせ、仕事内容を語る。



 (ほうき)の見本、柄にする棒、穂を束ねる麻紐と(はさみ)はここへ置く。

 作り方は、週一回、日曜礼拝が終わってから昼食までの間、新聞屋の夫婦が指導に来る。仕事に参加する者は、シーニー緑地で素材の草を集め、箒作りの作業に取り掛かる。


 作り方を覚え、麻紐を切って持ち出せば、自宅でも緑地でも、都合のいい時間と場所で作業できる。

 教会には、誰が何本作ったか記録してもらい、完成品を預かってもらう。



 「報酬は、完成品を引き取る時に服や食べ物をお持ちします」

 「成程(なるほど)……どうですか? 乳飲み子を抱えて針子の修行は無理でしょうが、(ほうき)作りなら、この子が眠っている間に何とかできそうですよ」

 司祭が若い母親に声を掛ける。

 泣き疲れてぐったりした赤子から顔を上げ、母親は司祭を見た。

 まだ、十代後半だろうか。幼さの残る顔には疲れの色が深く、眼の下には隈が濃い。青白い頬に髪が一筋貼り付き、やつれた顔を一層みすぼらしく見せた。


 「あのー、司祭様。もし、教会のお部屋を貸していただけるんでしたら、作業の間だけ、私が小さい子をお預かりできるんですけど」

 「成程。集会室をひとつ使えば……しかし」

 司祭は、新聞屋の妻の申し出に頷いたものの、その先を言い澱んだ。実際、どのくらい人が集まるか予想がつかない。割のいい仕事に人が殺到すれば、収拾がつかなくなってしまうだろう。


 「込み入った話ですから、奥へどうぞ。……ウィオラさんはお好きなだけ、ここに居ていいですからね。遠慮しないで下さい」

 「はい、有難うございます。司祭様」

 司祭は若い母親ウィオラへ慈愛に満ちた眼差しを向け、三人を奥の応接室に案内した。


 言問(ことと)(がお)の新聞屋夫婦に口止めし、司祭は彼女の事情を語った。

 「あの子は、気の毒な境遇なのです」



 中学に上がった頃から、彼女の両親は娘に客を取らせた。

 あの大火の日も、工場敷地内の社員寮に出張中だった。あの夜以来、彼女の両親は行方不明。生存の見込みはない。


 彼女を買った男は気の毒がり、しばらくは寮に置いたが、腹の膨みに気付くと追い出した。


 そして先月、たった一人でどこの誰の子とも知れない赤子を産んだ。

 仮設住宅には入居できたが、隣人に毎日「泣き声がうるさい」と怒鳴られた。乳の出が悪く、赤子は日に日に弱ってゆく。


 隣人は、夜勤専従で工場に雇われたが、家賃を浮かせる為に寮やアパートへ移らず、仮設に居座った。

 母子は日中、シーニー緑地や教会で過ごす。



 「父親はわからなくても、あの子にとっては、たった一人の肉親ですからね。なんとか二人とも助けてあげたいのですが」

 大火以前から、リストヴァー自治区の東部バラック地帯では、よくある話だ。

 誰も養育できない子は、信者団体が里親を(つの)ったが、今は孤児が多く、生き残った人々にも余力がない。団地や農村地区の富裕層とて、全く影響を受けずに済んだワケではないのだ。


 「こう言う人たちこそ、助けてあげたいんですけどね」

 新聞屋が涙ぐみながら言う。妻はハンカチで顔を覆った。

 クフシーンカも胸が痛んだが、この歳では乳飲み子の母親にはなれない。


 「できることを、できるだけしか、できませんものね」

 仕立屋の店長クフシーンカはそう言って、針子の求人の話を進めた。

☆あの大火……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」「0212.自治区の様子」~「0214.老いた姉と弟」参照

☆密かに自治区から出した

 準備……「0080.針子の取り分」「0081.製品引き渡し」参照

 事情……「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」参照

 脱出……「0099.山中の魔除け」「0100.慣れない山道」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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