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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0292.術を教える者

 翌日もよく晴れた。これなら、日の当たる場所を通る分には安心だ。

 ファーキルは昨日、ネットで検索した情報を(あたか)も見て来たかのように語った。

 グロム市民だと偽った以上、ボロを出さないよう細心の注意を払わなければならない。


 助手席に座り、日当たりのいい場所にタブレット端末と充電器を置いた。この先もっと暑くなれば、トラックのダッシュボードには置けなくなる。


 「坊やは、この新しくできた道、通ったことねぇのか?」

 「はい。あの、親が知ってるとこには魔法で跳んでくれたんで……乗り物自体、あんまり乗ったことないんです」

 メドヴェージの質問にすらすら澱みなく嘘が出る。


 「そうか。そりゃまた……今更だけどよ、車酔い、大丈夫か?」

 「はい。最初の頃はちょっとキツかったけど、慣れました」

 「そっか。もうすぐ地元へ帰れるからな。もうちょっとの辛抱だ」

 眼は前を向いたままだが、運転手の声には嘘偽りない真心のぬくもりが滲む。


 キルクルス教徒の運転手は、小さく溜め息を()いただけで、何も言わずにそっとしてくれた。「ラクリマリス人の少年」の無言を故郷に帰っても、もう家族が居ないのを悲しむからだと解釈したのだろう。

 ファーキルは、嘘に(まみ)れた自分に心の底からのやさしさを向けられ、胸が詰まった。


 アウセラートルが言った通り、対向車は滅多にない。ラクリマリス王国は魔法文明寄りで、車の保有台数が少ないせいだ。

 道の両脇には、腰くらいの高さの石碑が等間隔で並ぶ。これが【魔除け】なのだろう。車で通過する力ある民から、どの程度の魔力が供給できるか疑問だ。

 アウェッラーナとクルィーロなら、何か感じるのだろうか。



 道の両脇は牧草地で、北側はクブルム山脈まで森が続く。

 ネット情報によると、ネーニア島南岸の四都市は、モースト市を除いてほぼ復興したらしい。まっすぐプラーム市を目指すと決まった為、廃墟のままだろうと、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行には関係ない。


 ファーキルは、プリペイド残高の方が気掛かりだ。

 容量の大きい動画ファイルを幾つも送信した為、データ通信料が高くついた。節約すれば、一カ月は何とかなりそうだが、心許ない。


 ……でも、ここじゃ、カードを補充できないしなぁ。


 携帯会社のプリペイドカードを購入し、その番号を専用サイトで登録すると、購入金額と同じ利用料が入金される。

 ラクリマリス王国領では、アーテル共和国の携帯会社の料金カードを入手できる筈がなかった。


 ……ネットには接続できなくなるけど、充電できれば記録はできるし、音楽の再生もできるし、何とかなるか。


 グロム市の情報なら、ダウンロードして保存した。暗記して、グロム市まではギリギリ一緒に行ける。だが、ボロを出してアーテル人だとバレたら、最悪、命がないかもしれない。

 接続料が払えなくなる前にプラーム市で別れた方が安全だろう。頭ではわかっても、ファーキルはプラエテルミッサの一行と別れ(がた)かった。


 ……できれば、無事にクレーヴェル行きの船に乗るのを見届けたいけど……流石にそれはムリだよな。



 荷台から、薬師(くすし)アウェッラーナが、レノ店長たちに【魔除け】の呪文を教える声が聞こえる。呪符などの道具は、発音が多少あやふやでも術を発動できるからだ。


 魔力のない者には、それを使う作用力もない。

 作用力のない者でも特定の術を使えるようにするのが、呪符やファーキルとロークがもらった手袋のような補助具だ。


 呪符は、籠められた魔力を呪文の詠唱で消費し、記された術を発動する。

 ファーキルたちの手袋は、【魔力の水晶】などで魔力を外部供給しながら呪文を唱えれば、組込まれた術を使えた。


 呪符は使い捨て、補助具は繰り返し使えるが、魔力の供給源を別に用意しなければならない。一長一短だ。


 ファーキルは今朝、ドーシチ市で手袋と一緒にもらった説明書を見ながら、ロークに【不可視(みえず)の盾】の呪文を教えた。

 力なき民で、キルクルス教徒だったアーテル人の自分が、自力では使えない呪文を異国の地で教える。客観視した自分の姿は底抜けに滑稽だ。


 ……両親(あいつら)が知ったら、ひっくり返るだろうな。


 久し振りに家族を思い出したが、彼らの安否などもうどうでもよかった。ネモラリス人ゲリラの攻撃で、巻き添えにでもなればいいとさえ思う。



 両親にとって「学校でいじめられた」など、厄介な問題を家に持ち込むファーキルは、邪魔な存在でしかなかった。それでも、成績はよかったから、一流大学に進学して一流企業に就職して、両親の老後を安泰にする為の道具として……将来の投資目的で飼われていたに過ぎない。

 ロクに話も聞かず、問題の合理的な解決を図ることを面倒臭がり、理不尽な迫害から我が子を守らなかった。耐えることを強い、我が子を欠陥品扱いする。


 親子間の愛情は、ただ血縁があるだけで自然発生するものではないと思い知らされ、ファーキルも、両親を見捨てた。



 現在、行動を共にする移動販売店プラエテルミッサの一行は、二組の兄妹を除けば、他人の寄せ集めだ。それどころか、テロ集団「星の道義勇軍」まで居る。


 ロークから大体の事情は教えてもらったが、ファーキルにはこの居心地の良さが不思議だった。成り行きで何となく一緒に居ると言うが、それだけなら、とっくに別れただろう。


 彼らは、テロの被害者と加害者だ。

 生き延びる為に互いを利用するだけなら、ファーキルの実家のように空気がギスギスする筈だ。暴力による支配もないのが、不思議でならない。


 昨日の話し合いでは、キルクルス教徒の四人から一言も、手前のモースト市で別れる話が出なかった。

 その理由なら、何となく想像がつく。

 数日前、ドーシチ市の屋敷でニュースを調べ、リストヴァー自治区が急ピッチで復興中だと知った。アーテル領へ渡るより、魔道機船に乗って、フラクシヌス教の聖地を経由することに目を(つぶ)ってでも、自治区への帰還を選んだのだろう。


 屋敷で見せてもらった新聞や、ネットのニュースで見た写真は、彼らの目にも、そこがどこかわからないくらい変わったらしい。

 本当に自治区の復興なのか、ネモラリス政府が別の地区の様子を「リストヴァー自治区の復興」として発表し、アーテルが宣戦布告した理由を潰して、停戦に持ち込もうするのか。

 実際に見てみないことにはわからない。


 ……話し合い……小学生のアマナちゃんの発言も、みんなちゃんと聞いて、頭ごなしに黙らせたりしなかった。怖がりだってバカになんかしなかった。安心させて納得させてた。


 アマナの兄クルィーロだけでなく、テロリストの筈のメドヴェージまで、小さな女の子を安心させようとやさしく接した。ファーキルの両親とは雲泥の差だ。



 ファーキルは運転席のメドヴェージを見た。制限速度ギリギリでトラックを飛ばし、運転に集中する。真新しい道路は凹凸が少なく、トラックは快調に進んだ。

 地図アプリで調べたところ、制限速度の上限で走り続ければ、昼食はプラーム市で食べられるらしい。


 「さぁて、いよいよだ。坊や、頼んだぞ」

 「はい!」

 ファーキルは手袋を付けた右手で【魔力の水晶】を握った。前方には鬱蒼と茂る森が口を開ける。キルクルス教徒のメドヴェージから、魔法の使用を頼まれる状況に内心首を傾げつつ呪文を唱えた。


 「(とお)らう灼熱の御手以(みてもっ)て、焼き(はら)え、祓い清めよ。

  大逵(たいき)より来たる水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。

  日々に降り積み、心に(よど)塵芥(ちりあくた)()ぎ祓え、祓い清めよ。

  夜々に降り積み、(ちまた)に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。

  太虚(たいきょ)を往く風よ、日輪翳(ひのわかげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす(もや)を祓え」


 右手袋から淡い光が広がり、すぐに消えた。運転席の霊的な穢れが祓われ、場が清浄な気配で満たされる。荷台からも、レノ店長とクルィーロ、薬師アウェッラーナの詠唱が聞こえた。

 「おっ、何か明るくなったな」

 「はい。穢れを祓ったんで、雑妖とかは近付き(にく)くなりました」

 運転席は、バックミラーにぶら下がる【魔除け】の護符で守られる。護符の効果範囲を清めれば、【魔除け】の効果が高まる為、無駄ではない。


 今日は天気が良く、道路に掛かる枝は払ってあった。暗い森に通る一条の光かと錯覚する。



 最初の森を無事に抜け、ホッと息を()く。何をした訳でもないのに肩が凝った。

 脇道を示す標識が現れて速度を緩める。路傍のミラーに角を曲がって来る車の姿はなく、アクセルを踏んだ。

☆学校でいじめられた……「0162.アーテルの子」~「0166.寄る辺ない身」参照

☆リストヴァー自治区が急ピッチで復興中……「0156.復興の青写真」「0276.区画整理事業」参照

☆昨日の話し合い/小学生のアマナちゃんの発言……「0288.どの道を選ぶ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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