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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0287.自警団の情報

 「ん? こいつぁちっと小せぇな」

 髭のおっさんが、頭に乗せた帽子をすぐ長机に戻した。ピナの兄貴が別の帽子を手に取る。

 「こっちはどうですか?」

 髭のおっさんは嬉しそうに受取った。被って軽く(つば)を引っ張り、具合を確める。今度はぴったりだ。

 最初に笑った若者は、そんなおっさんをじっと見詰める。


 「じゃ、これ、もらっとくわ」

 髭のおっさんが、ポケットから小さな革袋を引っ張り出す。ピナの兄貴に小さな【魔力の水晶】を渡した。魔力の輝きがパン職人の手を照らす。

 「いいんですか? こんなに」

 「ちゃんとした仕事には、ちゃんと報酬を払う。困ってる奴の足許見て買い叩く奴ぁクズだ……わかったか?」

 「はいッ! 親方」

 若者たちが声を揃えて背筋を伸ばす。


 最初に声を掛けた年嵩の男が、ピナの兄貴に言った。

 「すまんな。最初の空襲の後、人が大勢押し寄せて色々ゴタついたんだ」

 「またアーテルが空襲を始めたからな。街のみんな、ピリピリしてんだ」

 親方と呼ばれた髭のおっさんが、少し申し訳なさそうに付け足した。薬師(くすし)のねーちゃんが首を傾げる。

 「前の街では何も言われませんでしたけど?」



 モールニヤ市では気の毒がられただけだ。何もしてくれなかったが、危害を加えられたりバカにされたりもしなかった。

 ドーシチ市では民衆に襲われたが、みんな、薬師(くすし)のねーちゃんと魔法薬しか眼中になかった。



 「若い子は知らんだろうが、ここは鉱山で栄えて、半世紀の内乱前は、今のネモラリスやアーテルとも、取引や人の往来が盛んだったんだ」

 「それで直接【跳躍】して来た人が多かったんですね?」

 「そう言うこった。四月の半ば頃までは、この広場も難民でぎゅうぎゅうで、病気も流行って大変だった」

 髭の親方は、小学校の校庭くらいの広場を見回した。若者たちが頷く。


 「それでまぁ、また他所者が来たってんで、様子を見に来たんだ」

 年嵩のおっさんが、ソルニャーク隊長とメドヴェージを見て言う。隊長がやっと口を開いた。

 「我々は明朝、()ちます。ここに居た人たちはどこへ?」

 「教団の偉いさんが調整して、ちょっとずつ聖地へ行かせたよ」



 聖地に直接【跳躍】できる者は多いが、ここに来た難民は「主神フラクシヌスに(すが)る者でいっぱいだろうから」と、敢えて聖地から離れた都市に避難した。

 読みは的中し、王都ラクリマリスはあっという間に人で溢れた。


 フラクシヌス教団は、ネモラリス島北部など、空襲に遭わなかった土地や、友人知人を頼ってラクリマリス領の別の土地へ行くよう、働きかけた。

 アミトスチグマ王国が難民の受容れを表明してからは、王都ラクリマリスから船の直行便を増やして対応した。



 「で、王都の難民が減ってから、他の街の奴を王都に移して、玉突き式にまた移動だ」

 「そうだったんですか」見通しが立ち、ピナの兄貴の顔が明るくなった。「教えて下さって有難うございます」

 親方が眉を下げた。

 「子供連れて大変そうだな。ここ出た後、どうすんだ?」

 「グロム港から聖地へ行って、船でクレーヴェルに渡ろうと思ってます」

 「その分の船賃を稼がなきゃいけないんで」

 「……そうか」

 レノ店長と魔法使いの工員クルィーロの返事で、男たちは蔓草(つるくさ)細工に気の毒そうな目を向ける。難癖を付けられて追い出されるかと身構えたモーフは、肩の力を抜いた。


 ……自警団の奴が様子見に来ただけか。


 キルクルス教徒の少年兵モーフには、彼らの徽章(きしょう)を見ても、学派がわからない。自警団になるくらいだから、戦いの魔法が使えるのだろう。警戒は解かない。


 ゼルノー市民病院の呪医や事務員は、モーフたちには予想もつかない応用を利かせ、本来は全く別の用途の術で星の道義勇軍に反撃した。

 市民病院を襲撃した複数の部隊が殲滅(せんめつ)させられ、生き残ったのは、メドヴェージの知り合いの呪医に閉じ込められたモーフたちだけだった。



 魔法を使えないモーフたちにとって、どの学派でも「魔法使い」なだけで充分な脅威だ。



 「おじさんの(しるし)、初めて見たー。何の鳥さん?」

 「ティス……」

 ピナの兄貴が小声で(たしな)めたが、年嵩の男は笑って答えた。

 「お嬢ちゃん、これ、初めてか。こいつは【飛翔する(タカ)】、武器職人の(しるし)だ」

 首から鎖で提げた銀の徽章(きしょう)をちょっと摘まんで見せる。少年兵モーフは、彼らの服装や態度に納得できた。

 挿絵(By みてみん)

 「邪魔したな。まぁ、その……色々大変だろうが、頑張れよ。……帰るぞ」

 親方が職人たちに声を掛け、ぞろぞろ引き揚げる。後ろ姿が見えなくなるまで見送り、誰からともなく溜め息が漏れた。



 「いい人たちでよかったね」

 ピナの妹が屈託なく笑う。

 兄貴は何か言い掛けたが、苦笑して言葉を飲み込んで、みんなに言った。

 「焼魚、冷めちゃったな。食べ終わったら、どっちの道を通るか相談しよう」


 北門の広場を訪れる市民が元々少ないのか、やはり難民は歓迎できないからか、話し合いの間も客は来なかった。

 周辺住民が、カーテンの陰から不審げに窺ってすぐ引っ込む。外出から帰った住民も、移動販売店プラエテルミッサを遠くから胡散臭げに見るだけで、品定めすらしなかった。


 少年兵モーフは、彼らの態度をなるべく気にしないように道の選択に集中した。

☆モールニヤ市では気の毒がられた……「0217.モールニヤ市」「0218.移動販売の歌」参照

☆ドーシチ市では民衆に襲われた……「0235.薬師は居ない」「0236.迫りくる群衆」参照

☆アミトスチグマ王国が難民の受容れを表明……「0204.難民キャンプ」参照

☆ゼルノー市民病院の呪医や事務員/メドヴェージの知り合いの呪医に閉じ込められたモーフたち……「0013.星の道義勇軍」「0014.悲壮な突撃令」「0017.かつての患者」~「0019.壁越しの対話」参照

☆市民病院を襲撃した複数の部隊が殲滅……「0020.警察の制圧戦」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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