0287.自警団の情報
「ん? こいつぁちっと小せぇな」
髭のおっさんが、頭に乗せた帽子をすぐ長机に戻した。ピナの兄貴が別の帽子を手に取る。
「こっちはどうですか?」
髭のおっさんは嬉しそうに受取った。被って軽く鍔を引っ張り、具合を確める。今度はぴったりだ。
最初に笑った若者は、そんなおっさんをじっと見詰める。
「じゃ、これ、もらっとくわ」
髭のおっさんが、ポケットから小さな革袋を引っ張り出す。ピナの兄貴に小さな【魔力の水晶】を渡した。魔力の輝きがパン職人の手を照らす。
「いいんですか? こんなに」
「ちゃんとした仕事には、ちゃんと報酬を払う。困ってる奴の足許見て買い叩く奴ぁクズだ……わかったか?」
「はいッ! 親方」
若者たちが声を揃えて背筋を伸ばす。
最初に声を掛けた年嵩の男が、ピナの兄貴に言った。
「すまんな。最初の空襲の後、人が大勢押し寄せて色々ゴタついたんだ」
「またアーテルが空襲を始めたからな。街のみんな、ピリピリしてんだ」
親方と呼ばれた髭のおっさんが、少し申し訳なさそうに付け足した。薬師のねーちゃんが首を傾げる。
「前の街では何も言われませんでしたけど?」
モールニヤ市では気の毒がられただけだ。何もしてくれなかったが、危害を加えられたりバカにされたりもしなかった。
ドーシチ市では民衆に襲われたが、みんな、薬師のねーちゃんと魔法薬しか眼中になかった。
「若い子は知らんだろうが、ここは鉱山で栄えて、半世紀の内乱前は、今のネモラリスやアーテルとも、取引や人の往来が盛んだったんだ」
「それで直接【跳躍】して来た人が多かったんですね?」
「そう言うこった。四月の半ば頃までは、この広場も難民でぎゅうぎゅうで、病気も流行って大変だった」
髭の親方は、小学校の校庭くらいの広場を見回した。若者たちが頷く。
「それでまぁ、また他所者が来たってんで、様子を見に来たんだ」
年嵩のおっさんが、ソルニャーク隊長とメドヴェージを見て言う。隊長がやっと口を開いた。
「我々は明朝、発ちます。ここに居た人たちはどこへ?」
「教団の偉いさんが調整して、ちょっとずつ聖地へ行かせたよ」
聖地に直接【跳躍】できる者は多いが、ここに来た難民は「主神フラクシヌスに縋る者でいっぱいだろうから」と、敢えて聖地から離れた都市に避難した。
読みは的中し、王都ラクリマリスはあっという間に人で溢れた。
フラクシヌス教団は、ネモラリス島北部など、空襲に遭わなかった土地や、友人知人を頼ってラクリマリス領の別の土地へ行くよう、働きかけた。
アミトスチグマ王国が難民の受容れを表明してからは、王都ラクリマリスから船の直行便を増やして対応した。
「で、王都の難民が減ってから、他の街の奴を王都に移して、玉突き式にまた移動だ」
「そうだったんですか」見通しが立ち、ピナの兄貴の顔が明るくなった。「教えて下さって有難うございます」
親方が眉を下げた。
「子供連れて大変そうだな。ここ出た後、どうすんだ?」
「グロム港から聖地へ行って、船でクレーヴェルに渡ろうと思ってます」
「その分の船賃を稼がなきゃいけないんで」
「……そうか」
レノ店長と魔法使いの工員クルィーロの返事で、男たちは蔓草細工に気の毒そうな目を向ける。難癖を付けられて追い出されるかと身構えたモーフは、肩の力を抜いた。
……自警団の奴が様子見に来ただけか。
キルクルス教徒の少年兵モーフには、彼らの徽章を見ても、学派がわからない。自警団になるくらいだから、戦いの魔法が使えるのだろう。警戒は解かない。
ゼルノー市民病院の呪医や事務員は、モーフたちには予想もつかない応用を利かせ、本来は全く別の用途の術で星の道義勇軍に反撃した。
市民病院を襲撃した複数の部隊が殲滅させられ、生き残ったのは、メドヴェージの知り合いの呪医に閉じ込められたモーフたちだけだった。
魔法を使えないモーフたちにとって、どの学派でも「魔法使い」なだけで充分な脅威だ。
「おじさんの徽、初めて見たー。何の鳥さん?」
「ティス……」
ピナの兄貴が小声で窘めたが、年嵩の男は笑って答えた。
「お嬢ちゃん、これ、初めてか。こいつは【飛翔する鷹】、武器職人の徽だ」
首から鎖で提げた銀の徽章をちょっと摘まんで見せる。少年兵モーフは、彼らの服装や態度に納得できた。
「邪魔したな。まぁ、その……色々大変だろうが、頑張れよ。……帰るぞ」
親方が職人たちに声を掛け、ぞろぞろ引き揚げる。後ろ姿が見えなくなるまで見送り、誰からともなく溜め息が漏れた。
「いい人たちでよかったね」
ピナの妹が屈託なく笑う。
兄貴は何か言い掛けたが、苦笑して言葉を飲み込んで、みんなに言った。
「焼魚、冷めちゃったな。食べ終わったら、どっちの道を通るか相談しよう」
北門の広場を訪れる市民が元々少ないのか、やはり難民は歓迎できないからか、話し合いの間も客は来なかった。
周辺住民が、カーテンの陰から不審げに窺ってすぐ引っ込む。外出から帰った住民も、移動販売店プラエテルミッサを遠くから胡散臭げに見るだけで、品定めすらしなかった。
少年兵モーフは、彼らの態度をなるべく気にしないように道の選択に集中した。




