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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0286.プラヴィーク

 ドーシチ市からプラヴィーク市への道程(みちのり)は快適だった。

 屋敷で作った蔓草(つるくさ)細工が嵩張(かさば)るが、トラックの荷台は、以前よりすっきり片付いて窮屈な感じがしない。


 途中、小川で水を汲んで一休みした他は寄り道せず、昼前に鉱山の街プラヴィークに到着した。



 モーフが係員室に入ると、ロークが場所を譲ってくれ、小窓から外を覗いた。

 ドーシチ市の有力者アウセラートルの説明通り、鉱山があるプラヴィーク山脈は街のずっと東にある。


 ……山に通うだけで日が暮れ……あっ!


 少年兵モーフは、この国の住人が魔法使いばかりだと気付き、街を睨んだ。

 ここもゼルノー市のようなビルはなく、二階建てか、せいぜい三階建ての建物ばかりだ。


 街の北門を入ってすぐの広場は、真ん中の井戸の他は何もない。

 北側には分厚い防壁、南側は三車線分くらいの石畳の道、西東は民家と商店が並ぶが、広場には人通りがなかった。

 パンや肉を焼く香ばしい匂いが、風に乗って車内に吹き込む。



 運転手のメドヴェージが門番小屋に声を掛ける。

 「よっ、こんにちは」

 「……こんにちは」

 無愛想な声が返った。おっさんは運転席から身を乗り出して聞く。

 「俺ら、行商人なんだ。ここの広場は、他所者でも商売させてもらえンのか?」

 「構わんぞ。何を売るんだ?」

 「パンと菓子と、蔓草(つるくさ)細工だ」

 「そうか。なら、利用料は要らん」

 メドヴェージが明るい声で礼を言う。

 「ありがとよ。利用料が要る売りモンってなぁ何だい?」

 「薬と生きた鳥と動物、服、陶器、金属製品の五品目だ」


 即答した門番にもう一度礼を言い、トラックを広場の南側、道に近い所へ移動した。門、井戸、道、民家から程々に離れた位置に停める。


 ……おっさんの読み、すげぇな。


 少年兵モーフは、メドヴェージが売り物に薬を挙げなかったコトに感心した。

 北隣のドーシチ市で、薬の値段でモメたと聞いたが、行商でも面倒が起きる可能性には気付かなかった。

 モーフなら、バカ正直に答えてしまっただろう。


 近所のねーちゃんアミエーラが屋敷で作ったのは、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の仲間が使う鞄や小物入れだ。さっき、薬師(くすし)のねーちゃんの弟子が布をくれたが、揺れる車内で針仕事はできない。



 荷台を降り、ホッと息を()く。

 前より快適になった移動が気詰まりだ。二カ月も広々とした屋敷で過ごしたせいだろう。


 「ここは、明日の朝に出発しよう」

 ピナの兄貴が長机を降ろして言う。ドーシチ市に長居し過ぎた。誰も反対せず、売り物の焼き菓子と蔓草細工を降ろす。



 「アミエーラさん、さっきもらった布で何か作ってもらっていいですか?」

 「型紙がないので、大した物はできませんけど」

 「勿論(もちろん)、今、作れる物でいいですよ」

 近所のねーちゃんアミエーラは、物が減った荷台に裁縫箱を出す。


 薬師(くすし)のねーちゃんが、さっきもらった小さな巾着袋の口を開き、底をつまんで逆さに振った。

 重い音を立てて、反物(たんもの)と丸く膨らんだ布袋が幾つも落ちる。一メートル幅の反物が五つ、薄い赤、淡い青、やさしい緑、明るい土色、白。布袋の中身は、大量の糸と端切(はぎ)れだ。

 「こんなにたくさん……」

 針子のアミエーラが、目を輝かせてうっとりする。


 薬師のねーちゃんは困った顔で荷台を見回した。

 「この【無尽袋】は使い捨てで、出したら戻せないんですよね」

 「えっ、そうなんですか?」

 アミエーラも途方に暮れる。

 今夜の寝場所はギリギリなんとかなりそうだが、寝返りは無理かもしれない。

 「まさか、こんなにたくさんくれてたなんて」

 少年兵モーフは、二人の会話を聞きながら、売り物を長机に並べた。



 魔法使いの工員クルィーロが荷台を覗いて明るい声で言う。

 「大丈夫ですよ。机をこの形のまま乗せて上と下に置けば、場所取らないし」

 ピナの兄貴が荷台を見て頷く。

 「アウェッラーナさんは、ずっと大変なお仕事してたし、休んでて下さい」

 「いいんですか?」

 「売り物の種類少ないし、大丈夫ですよ」



 ピナと妹がせっせと昼食の準備をする。

 店の準備を終え、屋敷でもらったパンと焼魚を食べていると、南の通りから人がやってきた。

 全員、陸の民の男で、工員クルィーロと似た恰好だ。

 首から銀の徽章(きしょう)を提げるが、少年兵モーフには学派がわからない。全部で七人。若いのも居れば、おっさんも居る。


 「見ない顔だな。難民か?」

 一番年嵩の男に聞かれ、ソルニャーク隊長とピナの兄貴が、顔を見合わせる。少年兵モーフは固唾を飲んで見守った。余計な口出しはしないが、事があればすぐ動けるように身構える。


 隊長と兄貴が視線で遣り取りし、(かす)かに頷きあった。

 「はい。移動販売をしながら、グロム港を目指してるんです」

 ピナの兄貴レノ店長が、プロの爽やかな営業スマイルで応え、地元民の反応を待つ。彼らは長机をチラ見して、プラエテルミッサの一行に視線を巡らせた。


 「これ、売れてんのか?」

 若い男が、声音にわざとらしく憐みの色を乗せてピナに聞く。


 ……バカにしやがって。


 少年兵モーフの頬がカッと熱くなった。ソルニャーク隊長とメドヴェージは動かない。モーフは拳を固く握って、若者を睨みつけた。

 ピナは、店長と同じ笑顔で何でもないことのように答える。

 「はい。モールニヤ市でもドーシチ市でも、色々な物と交換してもらえました」

 「うん、まぁ、可哀想だもんな」

 若者の言葉にどっと笑いが起こる。


 ……何がおかしいんだよ。買わねぇんなら失せろよ。


 少年兵モーフはぐっと(こら)え、隊長に許可を求める視線を向けた。

 ソルニャーク隊長は、唯一人笑わなかった髭面の男を注視し、モーフに気付かない。顔の下半分を黒い髭で埋めたおっさんは、隊長が編んだ帽子を手に取り、しげしげ眺めた。その真剣な眼差しに男たちの笑いが止む。


 「笑いゴトじゃねぇ。こいつはホンモノの仕事だ。……ちょっと被ってみていいか?」

 髭のおっさんが、レノ店長に聞いた。店長は作らなかったのにふたつ返事で許可する。


 ソルニャーク隊長は、髭のおっさんから視線を外して若者を見た。

☆北隣のドーシチ市で、薬の値段についてモメたと聞いた……「0230.組合長の屋敷」「0231.出店料の交渉」参照

☆さっき、薬師のねーちゃんの弟子が布をくれた……「0283.トラック出発」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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