0286.プラヴィーク
ドーシチ市からプラヴィーク市への道程は快適だった。
屋敷で作った蔓草細工が嵩張るが、トラックの荷台は、以前よりすっきり片付いて窮屈な感じがしない。
途中、小川で水を汲んで一休みした他は寄り道せず、昼前に鉱山の街プラヴィークに到着した。
モーフが係員室に入ると、ロークが場所を譲ってくれ、小窓から外を覗いた。
ドーシチ市の有力者アウセラートルの説明通り、鉱山があるプラヴィーク山脈は街のずっと東にある。
……山に通うだけで日が暮れ……あっ!
少年兵モーフは、この国の住人が魔法使いばかりだと気付き、街を睨んだ。
ここもゼルノー市のようなビルはなく、二階建てか、せいぜい三階建ての建物ばかりだ。
街の北門を入ってすぐの広場は、真ん中の井戸の他は何もない。
北側には分厚い防壁、南側は三車線分くらいの石畳の道、西東は民家と商店が並ぶが、広場には人通りがなかった。
パンや肉を焼く香ばしい匂いが、風に乗って車内に吹き込む。
運転手のメドヴェージが門番小屋に声を掛ける。
「よっ、こんにちは」
「……こんにちは」
無愛想な声が返った。おっさんは運転席から身を乗り出して聞く。
「俺ら、行商人なんだ。ここの広場は、他所者でも商売させてもらえンのか?」
「構わんぞ。何を売るんだ?」
「パンと菓子と、蔓草細工だ」
「そうか。なら、利用料は要らん」
メドヴェージが明るい声で礼を言う。
「ありがとよ。利用料が要る売りモンってなぁ何だい?」
「薬と生きた鳥と動物、服、陶器、金属製品の五品目だ」
即答した門番にもう一度礼を言い、トラックを広場の南側、道に近い所へ移動した。門、井戸、道、民家から程々に離れた位置に停める。
……おっさんの読み、すげぇな。
少年兵モーフは、メドヴェージが売り物に薬を挙げなかったコトに感心した。
北隣のドーシチ市で、薬の値段でモメたと聞いたが、行商でも面倒が起きる可能性には気付かなかった。
モーフなら、バカ正直に答えてしまっただろう。
近所のねーちゃんアミエーラが屋敷で作ったのは、移動販売店見落とされた者の仲間が使う鞄や小物入れだ。さっき、薬師のねーちゃんの弟子が布をくれたが、揺れる車内で針仕事はできない。
荷台を降り、ホッと息を吐く。
前より快適になった移動が気詰まりだ。二カ月も広々とした屋敷で過ごしたせいだろう。
「ここは、明日の朝に出発しよう」
ピナの兄貴が長机を降ろして言う。ドーシチ市に長居し過ぎた。誰も反対せず、売り物の焼き菓子と蔓草細工を降ろす。
「アミエーラさん、さっきもらった布で何か作ってもらっていいですか?」
「型紙がないので、大した物はできませんけど」
「勿論、今、作れる物でいいですよ」
近所のねーちゃんアミエーラは、物が減った荷台に裁縫箱を出す。
薬師のねーちゃんが、さっきもらった小さな巾着袋の口を開き、底をつまんで逆さに振った。
重い音を立てて、反物と丸く膨らんだ布袋が幾つも落ちる。一メートル幅の反物が五つ、薄い赤、淡い青、やさしい緑、明るい土色、白。布袋の中身は、大量の糸と端切れだ。
「こんなにたくさん……」
針子のアミエーラが、目を輝かせてうっとりする。
薬師のねーちゃんは困った顔で荷台を見回した。
「この【無尽袋】は使い捨てで、出したら戻せないんですよね」
「えっ、そうなんですか?」
アミエーラも途方に暮れる。
今夜の寝場所はギリギリなんとかなりそうだが、寝返りは無理かもしれない。
「まさか、こんなにたくさんくれてたなんて」
少年兵モーフは、二人の会話を聞きながら、売り物を長机に並べた。
魔法使いの工員クルィーロが荷台を覗いて明るい声で言う。
「大丈夫ですよ。机をこの形のまま乗せて上と下に置けば、場所取らないし」
ピナの兄貴が荷台を見て頷く。
「アウェッラーナさんは、ずっと大変なお仕事してたし、休んでて下さい」
「いいんですか?」
「売り物の種類少ないし、大丈夫ですよ」
ピナと妹がせっせと昼食の準備をする。
店の準備を終え、屋敷でもらったパンと焼魚を食べていると、南の通りから人がやってきた。
全員、陸の民の男で、工員クルィーロと似た恰好だ。
首から銀の徽章を提げるが、少年兵モーフには学派がわからない。全部で七人。若いのも居れば、おっさんも居る。
「見ない顔だな。難民か?」
一番年嵩の男に聞かれ、ソルニャーク隊長とピナの兄貴が、顔を見合わせる。少年兵モーフは固唾を飲んで見守った。余計な口出しはしないが、事があればすぐ動けるように身構える。
隊長と兄貴が視線で遣り取りし、微かに頷きあった。
「はい。移動販売をしながら、グロム港を目指してるんです」
ピナの兄貴レノ店長が、プロの爽やかな営業スマイルで応え、地元民の反応を待つ。彼らは長机をチラ見して、プラエテルミッサの一行に視線を巡らせた。
「これ、売れてんのか?」
若い男が、声音にわざとらしく憐みの色を乗せてピナに聞く。
……バカにしやがって。
少年兵モーフの頬がカッと熱くなった。ソルニャーク隊長とメドヴェージは動かない。モーフは拳を固く握って、若者を睨みつけた。
ピナは、店長と同じ笑顔で何でもないことのように答える。
「はい。モールニヤ市でもドーシチ市でも、色々な物と交換してもらえました」
「うん、まぁ、可哀想だもんな」
若者の言葉にどっと笑いが起こる。
……何がおかしいんだよ。買わねぇんなら失せろよ。
少年兵モーフはぐっと堪え、隊長に許可を求める視線を向けた。
ソルニャーク隊長は、唯一人笑わなかった髭面の男を注視し、モーフに気付かない。顔の下半分を黒い髭で埋めたおっさんは、隊長が編んだ帽子を手に取り、しげしげ眺めた。その真剣な眼差しに男たちの笑いが止む。
「笑いゴトじゃねぇ。こいつはホンモノの仕事だ。……ちょっと被ってみていいか?」
髭のおっさんが、レノ店長に聞いた。店長は作らなかったのにふたつ返事で許可する。
ソルニャーク隊長は、髭のおっさんから視線を外して若者を見た。




