表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/3499

0029.妹の救出作戦

 「羽となり ゆるり風の背 ふわり乗り この身浮き 花弁(はなびら)()し 空ひらり」

 クルィーロは、身動きとれない群衆の中で【浮遊落下】の呪文を唱えた。


 ……こんなことなら、もっと真面目に魔法の修行をしときゃよかった。


 魔力があっても、大して修行しなかったせいで、制御が難しい【跳躍】などは使えない。

 幼い頃から機械に興味があり、ゴミ捨て場で拾った家電製品を分解して遊んだ。工業高校に進学したいと言った時も、工場に就職した時も、両親をはじめ、周囲に呆れられたが、全く気にならなかった。


 ……それが、こんなところでツケを払わされるなんてなぁ。


 魔法で【跳躍】できれば、自分の家族もレノたちも、一人も欠けることなく助けられただろう。

 クルィーロの家族は、魔力を持たない「力なき陸の民」だ。

 親戚もみんな力なき民だが、先祖に力ある民が居たらしく、クルィーロ一人が魔力を持って生まれた。

 近所の塾に通わされたが、家の中で自分一人、魔法使いなのがイヤで、サボってばかりいた。


 ……こんなことなら、もっとちゃんとやっとくんだった。


 そんなことを考えながら唱えた力ある言葉でも、術は間違いなく発動し、工員の身体は羽毛のように軽くなった。

 両隣の男性の肩に手を掛け、前に詰まる男の肩によじ登る。

 「何すんだコノヤロー!」

 「ごめんごめん」

 全く悪怯(わるび)れず、術の効力が切れない内に、他人の肩から肩へ、軽やかに飛び跳ねる。その度に、短く切り揃えられた金髪が、ふわりと揺れた。



 店の(ひさし)に飛び付き、屋根によじ登った。

 屋根の上から、歩道脇の街灯に飛び付く。支柱の中程にしがみつき、てっぺんまでよじ登り、笠で大きく踏み切って、中央分離帯にゆるゆると着地した。

 まだ、雲の上を歩くようだが、術を掛け直す。

 停電で機能を失った信号機によじ登り、対岸へ跳ぶ。二車線を飛び越え、ギリギリで歩道の植え込みに着地した。

 歩道も人がいっぱいで、クルィーロの入る余地がない。

 標識によじ登って、庇にふわりと降り立ち、屋根伝いに北西へ進む。


 西へ行く狭い路地にも人が詰まっていた。

 何度も同じ呪文を唱え、ひとまず小学校を目指す。

 屋根から東を見下ろすと、湖からの風に(あお)られ、火災が西と北へ広がるのがよくわかった。

 煙に咳込み、首に巻いたタオルで口許を覆う。

 テロリストの集団が、トラックから住宅や店舗に手榴弾や火炎瓶を投げ、逃げ惑う住人を機関銃で撃つ。数人がトラックを降り、死体を踏み越えて、人が密集する路地に自動小銃を乱射する。


 ……むちゃくちゃじゃないか……軍と警察は何してんだよ?


 魔道部隊の魔装兵や魔装警官なら、銃を持ったテロリストにも対応できる。

 クルィーロは西を見て鳥肌が立った。

 妹が通う小学校まで、二百メートル程しかない。


 テロ集団は民家や商店を破壊し、避難する人の群を麦刈りでもするように薙ぎ倒しながら進む。

 トラックに残ったテロリストが、ロケット弾を発射した。クルィーロの三軒手前に着弾し、民家があっけなく崩壊する。周囲の路地から悲鳴と呻きが上がった。

 クルィーロの肩と額にも破片が当たったが、気にする余裕はない。

 痛みが、悪夢のような光景を現実だと教えてくれた。


 クルィーロは、もう何度目かわからない【浮遊落下】を唱え、屋根から屋根へ飛んだ。

 小学校の校庭に、軍用車が見えた。

 大型トラック一台とジープが五台。丁度、兵が降りるところだ。近代兵器を携えた力なき民の部隊と、魔法の鎧を(まと)った魔装兵だ。


 助けを求める住人と、児童を迎えに来た保護者の車が、校庭と通学路に溢れる。

 校舎の扉は開いているが、もう人がいっぱいで入れないようだ。この辺りには、工場勤めの力なき民が多いからだろう。

 クルィーロは、屋根の上を通ったおかげで、逃げて来る群衆に巻き込まれずに済んだ。一方通行の車道に飛び下り、校門へ走る。

 「兵隊さん! 兵隊さんッ! テロリストッ! もう、そこまで来てる!」

 校庭に駆け込みながら叫ぶ。


 「機関銃と、何か爆弾とロケット砲と、火焔瓶! 他にも持ってるかも!」

 「情報ありがとう。ここはもういっぱいだ。可能なら、中学へ行きなさい」

 「無理ッス! ここ、妹が居るんで!」

 兵はそれ以上言わず、隊長の号令に従って校門を出た。

 小学校の防衛とテロリストの制圧。二手に分かれるらしい。


 クルィーロは遊具に登り、二階の(ひさし)に飛び下りた。窓から二階の廊下に侵入する。ここも既に児童を迎えに来た保護者で溢れていた。

 入る者と出る者でごった返す中、人波を掻き分け、妹の教室を目指す。



 やっと五年二組に辿り着き、開け放たれた扉から教室に入った。

 授業が中断し、机が廊下側に寄せてある。迎えに来た保護者と避難したのか、空席が目立つ。

 大人たちが窓辺に集まり、外を窺う。すぐ避難できるようにか、子供たちもコート姿だ。緊張した顔だが、大人しく席に着いていた。


 まだ若い女性教師が、新たな保護者の来訪に会釈する。

 「先生、俺、アマナの兄です。迎えに来ました」

 机に伏せていた妹が、弾かれたように顔を上げた。


 銃撃戦が、校門のすぐ前にまで迫る。

 「エランティスちゃんも。椿屋さんたちと鉄鋼公園で待ち合わせしてるんだ」

 レノの妹が、戸惑った顔で教師と兄の幼馴染を見比べる。

 「他のみんなは魔法が使えないから、別の道から行ってる。俺だけ屋根の上を飛んで来たんだ」

 クルィーロが事情を説明すると、若い教師は(うなず)いた。

 「二人をお願いします」

 二人は、その言葉と同時に机の横に下げた鞄を掴み、青い作業服姿の工員に駆け寄った。

 「お姉ちゃんは?」

 エランティスが半ベソで聞く。

 「中学にも寄るよ。さ、行こう」

 クルィーロは二人の鞄を取り、左右にたすき掛けした。もう一度【浮遊落下】を唱え、二人の手をしっかり握って廊下に出る。


 爆発音に悲鳴が上がった。

 妹たちも、クルィーロの腕にしがみつき、足を止める。

 「兵隊さんたちが居るから大丈夫。それより、窓から出るから、しっかり掴まってろよ」

 極力何でもないように言って廊下の窓を開け、妹のアマナを抱えて窓枠に座らせる。次に、レノの妹を座らせ、自分も窓枠に上った。

 小学生二人を両脇に抱え、裏庭に飛び下りる。

 三人分の体重と荷物がある分、流石に落下が速い。だが、そのまま飛び下りるよりずっとマシだ。


 着地した瞬間、二人の手を引いて走った。

☆椿屋さんたちと鉄鋼公園で待ち合わせ……「0021.パン屋の息子」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ