表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

289/3500

0285.諜報員の負傷

 ネモラリス人有志ゲリラは、廃墟となった北ザカート市に新たな拠点を設けた。

 これまでは、敵の懐に入り込んで活動したが、アーテル本土に置いた拠点の大部分が壊滅した。

 挿絵(By みてみん)

 この街は、ネーニア島のネモラリス領南西端で、最前線が目と鼻の先にある。開戦直後の空襲で甚大な被害を(こうむ)り、ほぼ無人だ。

 ラクリマリス王国からの救援物資を受取る為、国道が一本だけ片付けられた。


 現在はネモラリス軍の陣が置かれ、街の西側、湖岸地区の瓦礫も撤去された。


 ゲリラの拠点は、街の内陸側の廃墟のひとつだ。窓ガラスなどは吹き飛んだが、建物本体に施された各種防護の術は、まだ有効だ。

 警備員オリョールら魔法戦士は、もう何日も、アーテル軍の武器庫や警察署を襲撃せずにいた。

 クブルム山脈とその裾野に広がる森で、食糧と呪符の素材を調達し、態勢の立て直しを図る。



 呪医セプテントリオーはアーテル領ランテルナ島の拠点に残り、負傷者を診る。

 ここ数日、葬儀屋アゴーニの出番は全くない。北ザカート市の拠点で調達を手伝い、毎日夕方には呪医の所へ食糧などを持って戻った。


 「新しく【飛翔する(タカ)】学派の職人さんが入ってな、武器を充実させてから、また行くんだとよ」

 「そう……ですか」

 アゴーニが、庭で兎を解体しながら説明する。

 セプテントリオーは黄昏時の庭園を見回した。湖の民二人の他は誰も居ない。


 手伝いの老婦人シルヴァは、情報収集の拠点として使う老人宅へ行った。負傷者が減った分、情報収集に力を入れるのだと言う。

 老婦人シルヴァは、この別荘を罹災者(りさいしゃ)支援名目で、親戚から借りた。



 呪医セプテントリオーはふと、いつか聞いた説明を思い出した。

 門に目を向ける。

 (かんぬき)だけで、物体の鍵はない。術の【鍵】はあるかもしれないが、この数カ月間で、シルヴァがセプテントリオーよりずっと魔力が弱いことがわかった。


 「徒歩でも、魔力があれば、ここに入れるんですよね」

 「ん? あぁ、婆さんはそう言ってたな。どうした?」

 「いえ……まだ何も……考えがまとまらないので……」


 ここ数日は充分休めた。

 疲れが取れ、思考力は戻ったが、まだ、情報を整理して仮定を組立て、考えをまとめられる程ではない。


 「何する気か知らねぇけどよ。俺にできるコトなら何でも手伝う。遠慮しねぇでくれよ」

 呪医は葬儀屋に弱々しく微笑み返した。



 アーテル本土に拠点を置いたのは、何も略奪の為だけではない。

 陸の民のゲリラ兵は、キルクルス教徒の街に紛れて情報収集も行う。

 老婦人シルヴァは、ランテルナ島で世間話とキルクルス教徒向けの星光新聞、他の者たちは、軍の施設や警察署内で交わされる話を【(さと)い耳】などの術で拾うが、略奪への警戒で、今はそれも難しくなった。



 「あんな嫌がらせみたいな悪さしたって、火に油注ぐだけなんだ」

 陸の民の男性が、情報収集中に撃たれて運び込まれた。

 呼称「ラゾールニク」の由来となった露草色(ラゾールニク)の瞳を武闘派への不満に潤ませる。


 呪医セプテントリオーは、彼の言葉で初めて諜報ゲリラの存在を知った。

 これまで、戦う素人と魔法戦士の他は、老婦人シルヴァしか接点がなかった。


 指導者さえはっきりしない烏合の衆だと思ったが、彼らは互いの存在すら把握せず、意志統一どころか、一派の動きが他派の活動を妨げたことに愕然とした。


 「失礼ですが、私は今日まで、あなたのような活動をする有志の存在を存じませんでした」

 「そりゃそうだ」

 諜報ゲリラのラゾールニクは、枕に乗せた青白い顔に皮肉な笑みを浮かべた。すぐ真顔になり、事情を語る。

 「オリョールさんたちが言ってなきゃ、知るワケないんだ。呪医(せんせい)方は気にしなくていい」



 彼ら諜報ゲリラは、アーテルの市井(しせい)に紛れ、隠密に情報収集する。

 ビルメンテナンスの会社に雇われ、役所や警察署内部にさりげなく入り込む者さえ居ると言う。仕事をしながら【敏い耳】や【遠望】の術で会議を盗聴し、資料を覗き見るのだ。

 得た情報は、ネモラリスの知人を通じて議員や軍人、役人、聖職者や市民団体の代表などに伝達する。



 「武闘派がやり過ぎたせいでこのザマだ。俺らはずっと、怪我しないようにしてたから、ここに来なくて済んでたんだけどな」

 アーテルでの表稼業で得た収入で、新聞や雑誌、情報機器を購入し、ネモラリス本国の協力者に流す。


 「ちょっと待て、アーテルで就職って、身元はどうやって誤魔化してんだ?」

 「ランテルナ島の協力者に名義貸ししてもらったり、架空名義の身分証や銀行口座をもらったり、まぁ色々だ」

 湖の民二人が、緑の瞳を大きく見開く。

 陸の民の負傷者は、汗で貼り付く金髪を掻き上げた。

 「リストヴァー自治区程じゃないけど、ランテルナ島は、湖の民と力ある陸の民の居住区だからな」



 長命人種は、半世紀の内乱時代の恨みを抱く。強制移住させられ、財産を没収された者が多かった。

 ランテルナ島には公立病院や消防署はなく、何かあっても自分たちで全て何とかしなければならない。

 軍や警察は常駐するが、島民保護ではなく、暴動への備えだ。リストヴァー自治区のような選挙権は与えられず、島民は国政に関与できなかった。


 ランテルナ島がスラム化や無法地帯化しなかったのは、住民自治によるものだ。力ある民は、決して生まれながらの「()しき者」ではないと、この三十年の間、行動で示し続ける。



 「武闘派の活躍で、三十年の努力が水の泡だ」

 ラゾールニクが口許を歪める。一滴の涙が枕を濡らした。

 葬儀屋アゴーニが遠慮がちに聞く。

 「それで、本国の連中は、どう動いてんだ?」

 「色々……動いてくれてる」



 まず、武闘派ゲリラに参加しないよう、罹災者(りさいしゃ)支援を手厚くした。

 失うものが何もなければ、自棄(ヤケ)を起こしやすい。迂遠(うえん)に思えるが、行政と市民団体と宗教団体が協力し、傷付いた心を癒せる環境作りの努力を続ける。


 フラクシヌス教団を通じ、周辺諸国に働きかけてもらった。

 各国の経済界を動かし、アーテル共和国とラニスタ共和国に圧力を掛け続ける。

 戦争による物資輸送の困難を理由に両国への輸出量を減らし、価格もじわりと上げた。明白(あからさま)に吹っ掛けるのではなく、ギリギリ最低限の良心価格を装い、真綿で首を絞めるような物価上昇をもたらす。


 アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国から空輸は可能だが、輸送費が高くつく。周辺国からの減少分を補い切れず、物資不足と価格上昇を抑えられなかった。


 アーテルに回さない物資は、難民の受容れを一手に引き受けるアミトスチグマ王国へ流し、特に食糧の高騰を抑える努力を継続中だ。今のところ、難民キャンプや周辺地域で、個人レベルの小競り合いは散発するが、大きな混乱はない。



 湖南経済新聞に「湖南地方の物価上昇を招いたのは、アーテル共和国が一方的に仕掛けた戦争が原因である」との記事を書かせた。

 別の記事では、湖南地方の経済界から、アーテルに対して同情的に見える言葉を拾い上げ、ギリギリのところで頑張って価格を抑え、供給努力をする(てい)を装って書く。民間企業による意図的な経済的圧力であることを隠蔽し、印象操作した。


 戦争当事国ではない第三国のアミトスチグマ王国に本社を置く為、一見すると中立報道に見える。


 ラクリマリス王国の湖上封鎖によって、アミトスチグマを除くラキュス湖南岸の国々が、輸送手段に制限を加えられたのは事実だ。

 魔物が多い為、アルトン・ガザ大陸の科学文明国のような鉄道網は発達させられない。【無尽袋】と【跳躍】の術を使うにしても、魔道機船と同等の量は運べず、コストが高くつくのも、嘘ではなかった。

 抜け駆けでアーテルやラニスタに安く売ろうものなら、信者団体の圧力で会社を潰されてしまう。


 キルクルス教を国教とするアーテルとラニスタは、湖南地方で異質な存在だ。

 両国にも少数ながら魔法使いは居るが、(さげす)まれ、迫害を受ける。星の(しるべ)などのキルクルス教原理主義団体から攻撃を受けても、放置された。魔法使い側が反撃すれば、軍や武装警官が出動し、その場で射殺される。



 「そう言う人たちが協力してくれてるんだ」

 「そうかい。ところで、聞いといてこんなコト言うのもアレだが、俺たちにこんなペラペラ喋っちまっていいのかい?」

 「こんなの、本国の協力者はみんな知ってる。連絡の不行き届きが今回の事態を招いたんだ。俺の知ってることくらい、伝えといた方がいい」


 呪医セプテントリオーは、諜報ゲリラがもたらした情報に目を開かれたような思いで聞き入った。


 先程、漠然と浮かんだ案が形を成し始める。実行するには、まだ、越えねばならない大きな問題が横たわることにも気付いた。

☆アーテル本土に置いた拠点の大部分が壊滅……「0269.失われた拠点」「0279.悲しい誓いに」参照

☆アーテル軍の武器庫や警察署を襲撃……「0254.無謀な報復戦」「0261.身を守る魔法」参照

☆開戦直後の空襲で甚大な被害……「0189.北ザカート市」参照

☆ラクリマリス王国からの救援物資……「0144.非番の一兵卒」参照

☆情報収集の拠点として使う老人宅……「0269.失われた拠点」「0279.悲しい誓いに」参照

☆術の【鍵】……「0032.束の間の休息」参照

☆ランテルナ島は、湖の民と力ある陸の民の居住区……「0174.島巡る地下街」「0176.運び屋の忠告」参照

☆武闘派ゲリラに参加しないよう、罹災者支援を手厚く……「0278.支援者の家へ」参照

☆戦争による物資輸送の困難/ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」参照

☆難民の受容れを一手に引き受けるアミトスチグマ王国……「0229.待つ身の辛さ」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ