0284.現況確認の日
議員宿舎を脱出したラクエウスとクラピーフニクは、今日一日、スニェーグ宅で休ませてもらえることになった。
クラピーフニク議員は術を幾つも使って疲労困憊、昼を過ぎた今も眠り続ける。
朝刊は勿論、時間的に記事の掲載が間に合わない。だが、朝と昼のラジオニュースでも、魔哮砲の使用に反対した議員らが、軟禁された議員宿舎から脱出した件を報じなかった。
銃声は周辺の道路や建物に居た民間人にも聞こえただろう。軍と議員、双方にかなりの死傷者が出た。騒ぎにならない筈はないが、全く触れないままニュース番組が終わった。
ラクエウス議員は、スニェーグに最近の新聞を見せてもらい、情報収集に余念がない。
一カ月分もの新聞記事を全て読むのは無理だ。各ページの見出しだけ全て読み、世間の様子をざっと把握する。
大きな記事は前文も読み、概要を掴んだ。詳細部分まで読み込んだ記事は僅かだが、それでも一日仕事だ。
ネモラリス政府は、国連が派遣した魔道士の国際連盟「蒼い薔薇の森」の査察団の目を欺いた。クラピーフニク議員の仕入れた情報通りだ。
新聞には、湖上に浮かべた標的を破壊する実験写真まで載る。「魔哮砲」として紹介された兵器は、異界から召喚した魔物を使い魔とし、近代兵器に組込んだものだった。
これまでは軍事機密として隠してきたが、あらぬ疑いを掛けられた為、止むを得ず開示した、との談話も載る。
……あらぬ疑いも何も。
手段は不明だが、アーテル軍は、本物の魔哮砲を「兵器化した魔法生物」と断定した。ラクエウス議員は、査察団がこんな子供騙しの誤魔化しをそのまま国連に報告したことに首を傾げた。
防空艦レッススが轟沈し、魔哮砲は未だ回収されない。
それ以外の目立った動きは、リストヴァー自治区の復興だ。
アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国や、教団本部からの寄付で、充分な資金と物資が集まった。アーテルが戦争の口実として宣言したのは、自治区民の救済だ。リストヴァー自治区が空襲に遭う心配はない。
ネモラリス共和国内の他地域はどこも仮復旧だが、ここだけは本格的な復興が急ピッチで進められた。
延焼を免れた自治区内の工場がフル稼働し、ネモラリス共和国全土に物資を供給する。
日々の生活必需品や復興に欠かせない部品も多く、自治区外の人々は、キルクルス教徒に不満を向けられない。不公平感に燻ぶる苛立ちは、手近に居る弱い立場の者に向けられた。
ラクエウス議員は、複雑な思いで新聞を片付けた。
姉クフシーンカの情報では、自治区のバラック街を焦土に変えたのは、自治区在住の「星の標」団員だ。団地地区に居を構える富裕な団員が、バラック街の団員に「力ある民が隠れ住んでいる」と唆し、放火させた。
キルクルス教徒の原理主義団体「星の標」は、信仰の為ならば、暗殺や自爆テロも辞さない過激な組織として知られる。信徒の中でも距離を置く者が多く、一部の国ではテロ組織に指定された。
夕食の支度中、やっとクラピーフニク議員が顔を出した。若いだけあって、すっかり元気を取り戻せたようだ。
「何か、お手伝いしましょうか?」
「もうすぐできますから、座ってて下さい」
若手議員は金髪の頭を掻いて、支援者スニェーグの声に従う。
ラクエウス議員は三時間程眠っただけで、後はずっと新聞を読んで過ごした。目が疲れ、少し頭が痛む。
干し肉と野菜のスープ、ふっくらしたパンで簡単な夕食を済ませた。久し振りに聞くラジオからは、不吉なニュースが流れる。三人は声もなく聞き入った。
「今朝八時過ぎ、ザカート市の沖合約二十キロの水域で、アーテル空軍の爆撃がありました。我が国の防空艦が応戦し、戦闘機の編隊を殲滅。市街地への被害は、現在のところ、確認されておりません。我が国の水軍兵七名が負傷、内一名が重体です。二名が行方不明になっており、付近を捜索しておりましたが、日没を迎え、一旦打ち切られました。それでは、次のニュースです」
次に流れたのは、支援を手厚くする為、各地に散在する避難所を集約するとの話題だ。
空襲の再開により、ネーニア島西部の街や村に帰還し、復興に携わった人々が、東部やネモラリス島へ再び避難した。
死傷者が出れば、魔物や魔獣が強化される懸念もある。政府は、魔物の討伐隊を民間から募るが、駆除は思うように進まなかった。
募集に応じた者の中には、焼け跡で火事場泥棒を働く者もある。治安の悪化も帰還の足枷となった。
「たったの半年足らずで、ここまで人心が荒廃しようとは」
「また、半世紀の内乱のようになってしまうんでしょうか」
老人二人が白くなった頭を抱える。
若手議員は背筋を伸ばして言った。
「昔は、幾つもの陣営に分かれて、隣近所の人も信じられないような暮らしだったんですよね?」
「そうだが……?」
ラクエウスは顔を上げた。若者の瞳には澄んだ輝きが宿る。
「でも、今は、ネモラリスとアーテル、ふたつの陣営の争いで、ネモラリス側では、早く平和になって欲しい人が多いんですよ」
「先の内乱のように、半世紀も続かないと言いたいんですか?」
スニェーグが若者の目を見て確認した。クラピーフニク議員が力強く頷く。
「ラクリマリス王国の外交官は、召還されてないんですよね?」
「えぇ、報道では何も……」
「じゃあ、まだ見捨てられてないんですよ」
若者の言葉で、ふたつの白髪頭が縦に動く。アーテル人への復讐に駆られ、ゲリラ活動に身を投じた者も居るが、当局の報道発表の通りなら、少数派だ。
「きっと戦争を終わらせてみせます」
翌朝早く、クラピーフニク議員は、ラクリマリスの王都郊外へ【跳躍】した。
ネモラリスの国内では、いつ、軍や政府の追手に捕えられるとも知れない。両輪の軸党の党首と議員も集合場所を港にした。
「さて、我々も行きましょう」
スニェーグに促され、用意された服に着替えたラクエウス議員は、竪琴を入れた袋を抱えて歩きだした。
☆議員宿舎を脱出したラクエウスとクラピーフニク……「0277.深夜の脱出行」参照
☆ネモラリス政府は(中略)査察団の目を欺いた……「0278.支援者の家へ」参照
☆アーテル軍は、本物の魔哮砲を「兵器化した魔法生物」と断定……「0269.失われた拠点」参照
☆防空艦レッススが轟沈……「0274.失われた兵器」参照
☆姉クフシーンカの情報……「0214.老いた姉と弟」参照
☆一部の国ではテロ組織に指定……「0213.老婦人の誤算」参照
☆ラクリマリス王国の外交官は、召還されてない……「0161.議員と外交官」「0260.雨の日の手紙」参照
☆アーテル人への復讐に駆られ、ゲリラ活動に身を投じた者……「0216.説得を重ねる」「0268.歌を探す鷦鷯」「0269.失われた拠点」参照
☆両輪の軸党の党首と議員も集合場所を港……「0273.調理に紛れて」「0277.深夜の脱出行」参照




