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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0282.寄付の始まり

 リストヴァー自治区の仕立屋クフシーンカは、弟の支持者幹部を集めた。

 預かった鍵で事務所を開ける。国会議員本人は不在だが、幹部たちは全員、姉の呼出しに応じた。


 型通りの挨拶に続いて、クフシーンカが用件を切り出す。

 「弟が留守とは言え、活動を停滞させるのは如何なものかと思われます。そろそろ落ち着いてきましたし、自治区の生活を向上させる活動を再開しましょう」

 バラック街の火災で亡くなった者を除く七人が拍手で応える。


 クフシーンカは幹部を見回した。

 「東部の仮設住宅では、毛布、タオル、下着類は配布されましたが、まだまだ生活物資が足りません」

 「そうですねぇ。東部のお店は全部焼けてしまいましたし」


 工場の道路を挟んだ向かいには、工員相手の様々な店が並び、ちょっとした商店街を成す。四車線道路が防火帯となり、工場は焼失を免れたが、店舗兼住宅は全滅した。資金難で建設を断念した工場跡地も一掃され、現在は区画整理が進む。



 「生活物資……今は、おカネを出してもモノが手に入り難いですからね。寄付ったって」

 察しのいい幹部が、先回りして懸念を口にする。

 バラックではない住居、草を編んだ敷物ではない毛布、着替えの下着やタオルまである現在は、以前の暮らしに比べれば、飛躍的に改善された。それでも、最低限の水準には届かず、極貧の域を出ない。


 クフシーンカは微笑んで同意した。

 「何年も使わずに仕舞い込んだ品を出していただきましょう。私は、若い頃の服を出しますよ。もうこの歳では着られませんからね」

 その(たとえ)に場の空気がふっとゆるむ。別の幹部が成程と大きく頷いて提案した。

 「家や職場で余った文具類も、学校に寄付するといいですね」

 「あぁ、絵本や玩具(おもちゃ)も一緒に」

 「そうですね。使いかけでも、ないよりはマシですから。直接、子供たちの手に渡ることが肝要です」

 クフシーンカの承認を得て提案が活発になる。


 「では、子供服も、学校で配った方がいいでしょうね」

 「乳幼児の服は、東教区の教会に配布をお願いしましょう」

 「大人の服はどうします?」

 その質問で声が止む。言った幹部が一同を見回した。


 仕事のある者は、受取りに来られないかもしれない。サイズなどの問題で、各戸配布はできない。いい服は奪い合いになるかもしれない。配布後、盗難に遭うかもしれない。暴力で剥ぎ取られる(おそ)れもある。今でさえ、干した下着やタオルがなくなるのだ。


 問題は山積みだが、誰の頭にも、すぐには解決策が浮かばない。


 「でも、全ての対策が決まるまで、何もしないと言うのも、どうでしょうね?」

 クフシーンカの問いかけに、幹部たちは隣の者と顔を見合わせる。


 ややあって、大人の服の件を聞いた幹部が小さく首を横に振った。

 「どうせ、一度に全部の配布はできませんし、できることから少しずつ、様子を見ながら実行した方がいいですよね」

 「えぇ、そうですとも。まずは文具類と子供服、子供たちにも読める本からにしましょう」

 「じゃあ、私、司祭様たちに協力をお願いしに行ってきます」

 「ありがとう」

 今日は一旦、それで解散した。



 クフシーンカは帰宅してすぐ、計画を紙に書き出した。

 特に持病などはないが、(よわい)九十を越え、いつ天に召されてもおかしくない。誰が見ても、この事業を引継げるよう、わかりやすくまとめる。



 書き上がって顔を上げると、窓の外がすっかり暗い。肩を回して凝りを(ほぐ)した。

 壁掛け時計が、いつもなら寝床に居る時間を指し、ペンダコがじわじわ痛む。空腹感はなかったが、水とドライフルーツで昼食兼夜食を済ませ、寝台に入った。



 翌日は店を開けず、朝から自宅にある物を寄付の目的別に仕分けした。

 久し振りに弟の書斎を開ける。扉と窓から風が抜け、澱んだ埃っぽい空気が出て行った。


 ……あの子がここを使う日は、もう二度と来ないでしょうね。


 机の抽斗(ひきだし)を開ける。書類や資料を収めた本棚も調べたが、文具類は使いかけが少しみつかっただけだ。

 ノートやメモ帳の使用済みページを切り取り、ファイルに綴じる。白紙ページだけにしたノート類は、端切(はぎ)れで作った手提げ鞄にまとめた。

 仕立屋の店舗に入り、久し振りにミシンを踏む。筆記具をまとめる細長い小袋を作り、ついでに巾着袋も五つ(こしら)えた。


 自分の寝室に入り、箪笥を開ける。季節毎の服を二着ずつ寝台に置き、下着類以外は全て段ボール箱に詰めた。「冬物上着」など、季節と種類別で箱を分け、太いペンで内容品を大きく書く。部屋の隅に並べた箱の蓋をガムテープで塞ぐと、溜め息が出た。

 老女クフシーンカが自力で運ぶのは無理だ。話がまとまってから、若い支持者に運んでもらいやすいよう、準備だけ万端に整えた。


 これだけで、もう昼過ぎだ。


 昼食を手早く済ませ、今度は食器類を古新聞で包んで箱詰めする。食卓の下に置いた段ボール箱は、来客用の食器だけでいっぱいになった。


 ……あんまり頑張り過ぎて、明日寝込む羽目になると困るものねぇ。


 昨日の夜更しを思い、お茶の時間に手を止めた。

 今夜眠れば、明朝には目を覚まさないかもしれない。いつ永眠してもおかしくない年齢だ。後を託す前に逝くかもしれない焦りはあるが、さりとて、一日で何もかも終えられる体力は、もう残されていない。無理をすれば、それが残り僅かな寿命を縮めるだろう。

 クフシーンカは、手を洗って香草茶を淹れ、不安を鎮めた。


 ……引継ぎなら、昨日、紙に書いたから大丈夫よ。


 台所の窓から中庭を見た。お茶にする香草が青々と葉を茂らせる。

 常命人種としては、長く生き過ぎた。縫製の知識と技術はアミエーラに引継いだが、それだけでは不充分な気がしてきた。


 ……あの子はもう、ここには戻れない。どこかで元気にしてるかしら。


 親友の孫娘を僅かな食糧と魔法の品を持たせただけで送り出した。道を外れなければ、山を抜けてどこかの街へ着いただろう。

 リストヴァー自治区の外なら、魔法の品を所持しても咎められない。今の状況で恐ろしいのは、フリザンテーマが残した魔法の品で防げる魔物ではなく、何もかもを失った人間だ。


 生きてさえいれば、何とかやってゆけるだろう。

 アミエーラは、小さな鍋ひとつ受け取ることさえ遠慮して恐縮した。


 ……あの子はそう言う子。どん底の貧乏でも欲張らないし、他人様(ひとさま)の物に手を付けたりなんかしない。


 荒廃したネモラリス共和国で、彼女の美徳が命取りにならぬよう、深く祈った。

☆東部の仮設住宅では、毛布、タオル、下着類は配布……「0276.区画整理事業」参照

☆資金難で建設を断念した工場跡地……「0026.三十年の不満」→「0036.義勇軍の計画」参照

☆親友の孫娘を僅かな食糧と魔法の品を持たせただけで送り出した……「0080.針子の取り分」「0081.製品引き渡し」「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」「0099.山中の魔除け」「0100.慣れない山道」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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