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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0281.行く先は不明

 サンルームを出て、移動販売店プラエテルミッサの一行は、蔓草(つるくさ)細工の作業部屋に集まった。他のみんなは作業机に着き、女中頭がくれた紙束に歌詞を書き写す。


 ファーキルは、みんなの同意を取り付けられて、ホッと息を()いた。

 既に歌詞はテキスト入力し、画像化してある。後は動画編集アプリで、音声と合わせて公開するだけだ。日当たりのいい窓辺に椅子を移動させ、自分の作業に集中する。



 歌詞の表示と音声の進度を合わせるのに思ったより手こずった。

 何とか四曲を公開し終えた時には日が傾き、充電もギリギリだ。

 他のみんなは……と見回した。

 こちらも作業を終え、肩の()りを(ほぐ)す。書けばそれだけ、早く覚えられる。これからはみんな自信を持って歌えるだろう。



 女中頭が、食事の用意が整ったと呼びに来た。

 レノ店長が書き上がった歌詞の束を渡す。年配の女性は三枚だけ取って後は返した。

 「私らはこれだけでいいよ。旦那様と私らの分と予備。自分たちで書き写すから。後は、あんたたちが行く先々で配っておくれ」

 「有難うございます」

 レノ店長の疲れた顔が、パッと明るくなった。女中頭も笑顔で応じる。

 「いいのよ。私らも早く戦争が終わればいいと思うんだけど、このくらいしか手伝えないからね」

 ネモラリス人たちが口々に礼を言う。

 ファーキルも、ラクリマリス人の厚意に心の底からの謝意を籠め、頭を下げた。


 ……アーテル人として。


 まだ、祖国を捨ててから出会った人は、そう多くない。

 それでも、今のところ、戦争の継続を望む者とは一人も出会わなかった。



 今夜は「晩餐」と呼ぶに相応しい豪華さだ。誰からともなく感嘆が漏れる。


 「ドーシチ市の医療に多大な貢献をして下さった皆様へ、ささやかではありますが、ご用意致しました。受けた御恩には到底及びませんが、お楽しみいただけましたら幸いです。誠に有難うございました」

 屋敷の当主ラトゥーニが口上を述べると、壁際に並んだ使用人たちが拍手した。


 「こちらこそ、とても親切にしていただいて助かりました。有難うございます」

 レノ店長が礼を返す。

 プラエテルミッサの一行と、屋敷の人々が頭を下げ合い、食事が始まった。



 上品に盛りつけられたパテと温野菜は味わい深く、香草で味と香りを整えられた濃厚なスープ、野菜を練り込んだパンと新鮮な果物は舌だけでなく、目も楽しませる。分厚い牛肉のステーキは焼き加減が絶妙で、切ると肉汁が溢れた。

 ファーキルにもわかる最高級の食材が惜しみなく使われる。



 少年兵モーフは、最近になってやっと食事の作法を覚え、以前のように食べ散らかして使用人の失笑を買わなくなった。

 ここでは、誰にも食べ物を横取りされない。それに気付いて、落ち着いて食事する姿は、ごく普通の少年だ。


 ファーキルは、少年兵モーフの育ちがよろしくないのは一目でわかったが、彼がどんな暮らしの末に兵士となったのかは、知らない。

 会話の断片から、ネモラリス共和国内のキルクルス教徒の自治区で、貧しい暮らしを送ったらしいが、流石に本人には聞けなかった。


 度々耳にする「星の道義勇軍」で検索したら、その自治区で結成されたテロ組織との結果が出て驚いた。

 フラクシヌス教徒と行動を共にし、笑顔を向けあい、魔法薬の製造を愚痴ひとつこぼさず手伝う姿と、ネット情報が頭の中で一致しない。ニュースサイトの情報を信じたものか、判じ兼ねた。


 ファーキル自身もそうだが、プラエテルミッサの一行は、誰ひとりとして、食前食後の祈りも、朝夕の礼拝もしない。だが、不信心な無法者でもなかった。

 改めてよく見ると、不思議な一団だ。


 ……ここを出た後、次はプラヴィーク市。


 そこを出れば、ネーニア島南岸の四都市を経由し、ラズーリ湾沿いに東進してグロム市を目指す。

 もしかすると、キルクルス教徒四人はヴィエートフィ大橋を渡り、アーテル領ランテルナ島へ渡るかもしれない。

 ラクリマリス王国側の大橋は封鎖中だが、実際に行ってみなければわからない。


 もし渡れるなら、トラックを運転できるのがメドヴェージ唯一人なので、フラクシヌス教徒たちの東行きの旅は、厳しいものになるだろう。


 グロム市に着けば、ファーキルは嘘がバレないように、みんなと別れなければならない。

 日々の忙しさに追われ、考えることを先延ばしにしてしまった。これから先、どうすればいいか、改めて考えながら、人生で最高に贅沢な食事を終えた。


 挿絵(By みてみん)


 割り当てられた部屋に引き揚げ、ロークと二人きりになる。

 明日いよいよ出発となると、そわそわして寝付けなかった。どうやらロークも起きているらしい。


 ……どの時点になるかわからないけど、別れるのは決まってるんだしな。


 思い切って声を掛けた。

 「ロークさん、まだ、起きてますか?」

 「ん? うん」

 「質問、いいですか?」

 改まった口調に、ロークが何事かとこちらを向く。


 ファーキルは、ロークの目をまっすぐに見詰めて聞いた。

 「ネットで調べたら、ソルニャークさんたちの『星の道義勇軍』が、キルクルス教徒のテロ組織だって説明が出て来たんですけど、全然そんな風に見えなくて」

 「その情報で合ってるよ」

 「えっ?」

 即答され、耳を疑った。ロークは淡々と続ける。

 「戦争が始まる直前、星の道義勇軍のテロで、俺たちのゼルノー市は焼かれたんだ」



 リストヴァー自治区に近い湖岸の三地区は、特に被害が酷かった。

 レノたち三兄姉妹(さんきょうだい)のパン屋も、クルィーロの勤務先の工場も、ロークの友人たちが通う学校も焼けた。

 密輸した部品を組み立てて武器を作り、多くの市民を殺傷した。

 ソルニャーク隊長たちの部隊は、他の部隊と共に市民病院を襲撃。職員と患者の反撃で、テロリストの大部分が死亡したが、あの三人の他、何人かは警察に捕まった。

 近隣都市の避難所行きのバスと、テロリストを乗せた護送車は同時に出発した。その時、アーテル軍の空襲が始まり、避難民と逮捕者の多くが命を落とした。



 「えっと……それで、なんで……」

 「平気な顔してテロリストなんかと一緒に居られるのかって?」

 「えっ、あっ……はい」

 質問を見透かされ、気マズい思いで肯定する。

 ロークは遠い目をして答えた。

 「俺は、ミエーチ区の知り合いのとこに行ってて、一人だけ助かったんだ」

 実家は運河の対岸で、テロの被害はなかったが、アーテル軍の空襲で焼失したと言う。


 「だから、俺んちは、テロの被害者じゃないし……親と仲悪かったから。他のみんながどうして一緒にいるのか、よくわかんない。でも」

 「でも……?」

 ロークは黙ってファーキルの瞳に焦点を合わせた。薄いカーテン越しに射し込む月光が、淡い光を注ぐ。

 ファーキルは何を言われるのかと身構えた。

 「君もさっき言ってたじゃないか。あの三人、すごいイイ人で、全然テロリストに見えないだろ?」

 ファーキルは、ロークの目を見詰めたまま頷いた。


 ……だから、質問してんだけどな。


 「自治区って貧富の差が激しくて、モーフ君を見れば想像つくと思うけど、貧民はホント悲惨な生活なんだ。他所のキルクルス教徒が知ったら、ブチ切れても仕方ないって言うか、よく今まで暴動が起こんなかったなってレベルで」

 こんな言い方だが、ロークの口調には、貧民街の住人を蔑む色がない。同情しているのだろう。

 「だから、アーテルの空襲も仕方ないって言うんですか?」

 「そうは思わないよ。でも、貧民街の人たちが、テロを起こす気持ちはわからなくもない。それに」


 空襲でギリギリ生き残った人々は、炎と煙に巻かれて運河の(ほとり)に追い詰められ、中には自分が助かりたいが為に、テロリストより酷いことをした者たちがいた。


 「信仰の違いや貧富の差は、人間としての良し悪しには関係ない。やってしまったことの罪は、いつか(つぐな)わなきゃいけないけど、俺たちが今、裁くことじゃない」

 ロークは自分に言い聞かせるような物言いだ。

 彼自身、完全に納得したワケではないのだろう。


 「レノ店長たちも、そう思ってるんですか?」

 「さあ? レノさんたちのお父さんは、運河の時点ではまだ生きてた。でも、テロリスト以下の奴らのせいで、死んだようなもんだ」


 ファーキルはロークの答えを頭の中で反芻し、改めて質問した。

 「テロリスト以下の人たちって?」

 「一言で言うと、自己中な奴だな」

 「自己中……」

 「力ある民が三人か四人しか居なくて、簡易結界がギリギリだったんだ」



 ロークは忌々しげに当時の状況を語った。

 彼らはテロリストたちを結界から排除しようとし、更に、命が消えつつある子を捨てようとした。諍いが起こり、結界の輪が切れた。そこへ雑妖の群が雪崩れ込んだ。大人しくしていれば、結界は朝までなんとかなっただろう。


 「空襲と、運河の魔物や雑妖の群から何とか逃げた後、アミエーラさん以外の十人で助け合って生き延びてきたんだ」

 「アミエーラさん以外?」

 「アミエーラさんは、モーフ君の知り合い。トラックを手に入れてから偶然、出会ったんだ」



 リストヴァー自治区の貧民街はテロの後、原因不明の大火災でほぼ全焼した。

 アミエーラは身ひとつで焼け出され、自治区内の団地地区にある職場で、しばらく保護されたらしい。雇い主は「ネモラリス島の親戚を頼るように」と彼女に色々な物を与えて、自治区から送り出したと言う。



 「ソルニャーク隊長たちが居なかったら、少なくとも俺とアウェッラーナさんは死んでた」

 ロークはこの件について詳しく語らなかった。ファーキルは少し気になったが、本筋とは関係ないので、質問を飲み込んだ。


 ファーキルには、人種も信仰も異なる人々が、ギリギリの状況で助け合えたことこそが奇跡だと思えた。


 「あのー、それで、この先って言うか、ヴィエートフィ大橋より先って、みんなで行けるんですか? それとも」


 東へ行くか。

 南へ渡るか。


 「自治区の人たちがどうするか、俺もまだ聞いてないんだ。大橋を渡れるか、わかんないし」

 「そうですよね。実際どうなのか、見てみないと決めらんないですもんね」

 ファーキルは少し安心した。


 「君は、テロリストなんかと一緒に居る俺たちを、バカだと思ってる?」

 「えっ? いいえ……って言うか、テロリスト云々じゃなくて、あの人たちは、イイ人っぽいんで、一緒に居ても大丈夫かなって」

 「だろ? 少なくとも、俺はそう思ってる。メドヴェージさんなんて、全然、悪いことしなさそうだろ」

 「はい。思います、思います」


 ……あんなイイ人たちをテロリストにするなんて、やっぱ、キルクルス教なんかゴミじゃないか。


 ファーキルは、批難を口には出さずに頷いた。

☆ファーキル/アーテル人として……「0162.アーテルの子」「0183.ただ真実の為」「0198.親切な人たち」参照

☆以前のように食べ散らかして使用人の失笑……「0237.豪華な朝食会」参照

☆星の道義勇軍のテロで、俺たちのゼルノー市は焼かれた……「0006.上がる火の手」「0013.星の道義勇軍」~「0015.形勢逆転の時」参照

☆俺んちは、テロの被害者じゃない……「0096.実家の地下室」参照

☆炎と煙に巻かれて運河の畔に追い詰められた……「0060.水晶に注ぐ力」~「0069.心掛けの護り」参照

☆自分が助かりたいが為に、テロリストより酷いことをした者たち……「0070.宵闇に一悶着」「0071.夜に属すモノ」参照

☆レノさんたちのお父さんは、運河の時点ではまだ生きてた……「0062.輪の外の視線」「0066.内と外の境界」「0071.夜に属すモノ」→「0256.兄妹水入らず」参照

☆トラックを手に入れてから偶然、出会ったんだ……「0186.河越しの応答」参照

☆リストヴァー自治区の貧民街は、原因不明の大火災……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」「0212.自治区の様子」~「0214.老いた姉と弟」参照

☆雇い主は(中略)自治区から送り出した……「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」「0099.山中の魔除け」参照

☆ソルニャーク隊長たちが居なかったら/この件……「0082.よくない報せ」~「0086.名前も知らぬ」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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