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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十四章 喪失

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0279.悲しい誓いに

 アーテル軍のミサイル攻撃で、ネモラリス軍の防空艦一隻が轟沈――


 ネモラリス人有志ゲリラの手で、アーテル側の報道がネーニア島とネモラリス島へ届けられた。

 頼みの綱の魔哮砲を失い、ネモラリス共和国に動揺が走る。


 ラクリマリス王国でも、湖南経済新聞など中立国に本社を置く報道機関が、同様の内容を報じる。ネモラリス政府は火消しに躍起になったが、支援団体を通じた国民への伝播は、防ぎようがなかった。


 ネモラリス軍が、防空艦レッスス轟沈を認めたのは、例の攻撃から五日も経ってからだ。


 この件に関して、アーテル共和国政府はコメントを出さなかった。「魔哮砲搭載艦を沈めた」と軍の戦果報告を発表した後は、沈黙を守る。


 アーテル世論は、「邪悪なネモラリス、断乎(だんこ)討つべし」と強硬意見に傾いた。

 魔法生物を兵器化した魔法使いを滅ぼさない限り、第二、第三の魔哮砲が作られるとの懸念と恐怖、ネモラリス人有志ゲリラの活動への怨恨が、アーテル人の戦意を煽る。



 「そろそろ、潮時ではありませんか?」

 呪医セプテントリオーが疲れ切った顔で言う。

 (かたわ)らで、葬儀屋アゴーニも頷いた。

 隠れ家の談話室には、警備員オリョール、用心棒のウルトールとパーリトル、湖の民ジャーニトルら、魔法戦士が集まる。手伝いの老婦人シルヴァは戸の傍で静かに(たたず)む。


 「戦争の口実にした自治区民の窮状って奴も、今はかなりマシになってるってハナシだ」

 アゴーニが湖南経済新聞を示して言った。ゲリラ兵クリューブが、ラクリマリス王国で調達したものだ。


 「これ以上は、アーテル人の憎悪を煽り、(いたずら)に戦争を長引かせるだけです」

 セプテントリオーに同意する者はなく、魔法戦士たちは、岩のような表情で首を横に振る。

 「魔哮砲が(うしな)われた今こそ、アーテル軍の基地を直接、叩かなければならないんです」

 「ミサイルとかいうモノを打ち込まれたら、どうするんです!」


 オリョールとジャーニトルが言うことは(もっと)もらしく聞こえたが、そんな大きな作戦こそ、正規軍の仕事ではないだろうか。

 有志ゲリラには、まともに戦える魔法戦士がほんの僅かしか居ない。参加する警備員や用心棒には、魔装兵と同等の魔力を持つ者はなかった。


 「魔力なら、志半(こころざしなか)ばで逝った同志の【魔道士の涙】がある」

 ウルトールが葬儀屋を見た。アゴーニは、悲しみを滲ませた声で説く。

 「そんなモンで魔力足しても、魔装兵が使うような強力な術にゃ到底及ばねぇ」

 復讐に駆られ、戦う(すべ)を知らぬまま戦いに身を投じて死んだ者たちは、元々大した魔力がない。【魔道士の涙】に残される魔力は、高が知れていた。


 「また何十年も戦争が続けば、常命人種の子供たちは、平和な時代を知らずに一生を終えてしまいます。こんなことを繰り返して、憎悪の歴史を重ねては……」


 「呪医(せんせい)、あんた、一族を皆殺しにされて、許す気になるのに何年掛かった?」

 用心棒ウルトールが地を這うような声で問う。

 長命人種のセプテントリオーは答えに窮した。



 許したのではない。

 半世紀の内乱中は、ラキュス・ラクリマリス共和国が幾つもの陣営に分断され、互いに血を流した。

 どの陣営の誰が、一族の生命を奪ったか、敵が多過ぎてわからない。憎しみをぶつける相手を見失い、憎んでも彼らが甦る訳ではないと、諦めただけだ。

 多くの人が復讐に身を投じ、殺し合う(さま)に呪医として無力感を覚えた。そこから立ち直ることさえ、数十年を要した。



 セプテントリオーが答えられずに(うつむ)く。ウルトールは大地の色の瞳を(かげ)らせ、吐き捨てた。

 「俺たちゃあんたと違って毎年老けるんだ。残りの寿命全部使っても許せる日なんざ来ねぇよ」

 「だがなぁ、今のやり方じゃ()が悪ぃ。戦える奴だけでも、正規軍に合流しちゃどうだ?」

 アゴーニの提案に湖の民ジャーニトルが緑の目を伏せた。

 闇色の髪を掻き上げ、パーリトルが言う。

 「正規軍は今、魔哮砲の回収で躍起になってる。それに防空にも人手を回さにゃならん。アーテル本土を叩くなんて無理だ」


 警備員オリョールが、諦め顔で言った。

 「呪医(せんせい)、今までのご協力、有難うございました。我々は、最後の一人が死に絶えるまで、アーテル軍への抵抗をやめません」

 他の魔法戦士たちが力強く同意を示す。戸口で老婦人までもが小さく頷いた。



 あれ以来、アーテル本土の隠れ家は軍の強襲を受け、一カ所を残して壊滅した。

 この治療拠点と食糧などの補給拠点、手伝いの老婦人シルヴァが情報収集に使う老人宅も含め、残ったのは四カ所しかない。


 「アーテル軍から武器をかっぱらうのは危ねぇ。ネモラリス軍に合流して、呪符か何かもらってきた方がいい」

 アゴーニの提案に同意したのは、湖の民ジャーニトルだけだ。

 警備員オリョールが首を横に振る。

 「分けてもらえるワケないでしょう」

 「国内で発生した魔物の駆除で、呪符屋は手いっぱいだって聞きましたよ。物資不足で素材も足りないし」

 パーリトルにも言われ、アゴーニが頬を掻く。


 セプテントリオーは顔を上げ、言葉を絞り出した。

 「協力はやめませんが、私は、みなさんに無駄死にして欲しくないのです。できれば、生きて帰って」

 「生きて帰ったって、家も家族も、何もないんだ。帰ったって、誰も待っ……」

 遮ったウルトールが声を詰まらせる。(こら)え切れずに零れた涙が、白くなる程強く握った拳を濡らした。シルヴァが前掛けで目頭を押さえる。



 半日掛けて話し合ったが、平行線に終わった。

 魔法戦士たちはアーテル本土の拠点へ【跳躍】し、ここにはいつも通り、負傷者と呪医たちだけが残される。


 セプテントリオーは、魔法戦士は戦う力を持つが(ゆえ)に説得に応じないのだと見切りをつけ、患者の説得に病室へ向かった。

 診察しながら、ネモラリスの故郷へ帰るよう説くが、首を縦に振る者はない。



 「呪医(せんせい)、もういいじゃありませんか」

 シルヴァの声に驚いて振り向く。手伝いの老婦人は、悲しげな微笑を浮かべ、寝台に横たわる負傷者たちを見回した。

 「この人たちはみんな、生きる希望を失くしたんです。何もかも一遍(いっぺん)(うしな)って、でも、大した力がないから、何もできない」


 「帰って、復興の手伝いをして、孤児を引き取って育てるって生き方もあるぞ」

 葬儀屋アゴーニが反論する。

 シルヴァは首を振り、薄く笑った。

 「何もかも失くした貧乏のどん底で、他所の子を引き取って育てるなんてムリですよ」

 「いや、でもな、だから、役所が色々手当てを……」

 「この人たちはね、死に場所を求めてここへ来たんです。……ねぇ?」

 老婦人が葬儀屋の話を遮り、患者たちが(かす)かに顎を引く。


 シルヴァは二人に勝ち誇った目を向け、言い放った。

 「ここで死ねば、【魔道士の涙】になった後も、復讐に使ってもらえるんです。誰が今更(いまさら)、島へ帰るものですか」

 「みなさんは、本当に……」

 「婆さんの言う通りだ」

 「俺たちゃもう、生きてても仕方ねぇ」

 「何もしないで帰って、残りの寿命を後悔ですり減らして終わるくらいなら、こんな命、惜しかねぇんだ」

 意識のある患者たちが、湖の民セプテントリオーに皆まで言わせず口々に決意を語り、その唇が淋しい笑みに歪む。


 呪医セプテントリオーは、彼らの目を(おお)う深い闇を拭い去る(すべ)を知らなかった。

 修めた【青き片翼】学派の術は、身体の傷なら癒せるが、魂の傷は癒せない。


 死者の魂が迷わぬよう冥府へ導く葬儀屋アゴーニが、首から()げた【導く白蝶】の徽章(きしょう)を握りしめた。

 希望を失った者は死んだも同然だが、まだ生きて自らの意志を持つ。絶望の闇に閉ざされた目は、復讐する敵の他には何も映さず、説得の声も聞こえない。



 家、家族、友、職、財産、故郷。(うしな)ったものは二度と還らない。



 喪失と同じ数だけ未来の可能性を捨て、暗闇の中で復讐以外の目的を見失った。

 身体の傷を癒しても、何度でも武器を手にアーテルで(おのれ)と同じ復讐者を産む。


 ランテルナ島の森にあるこの拠点は、アーテル軍の攻撃では決して陥落しない。ここが無事である限り、ネモラリス人有志ゲリラの抵抗が止む日は来ないだろう。



 呪医と葬儀屋には、憎悪と悲しみに縛られ死地へ(おもむ)く彼らを説得できる材料がなかった。

☆アーテル軍のミサイル攻撃/防空艦レッスス轟沈……「0272.宿舎での活動」「0274.失われた兵器」参照

☆湖南経済新聞など中立国に本社を置く報道機関……「0144.非番の一兵卒」「0239.間接的な報道」参照

☆戦争の口実にした自治区民の窮状……「0078.ラジオの報道」参照

☆今はかなりマシになってる……「0156.復興の青写真」→「0276.区画整理事業」参照

☆あれ以来、アーテル本土の隠れ家……「0269.失われた拠点」参照

☆老婦人シルヴァが情報収集に使う老人宅……「0269.失われた拠点」参照

☆ネモラリス人有志ゲリラの活動……「0254.無謀な報復戦」「0261.身を守る魔法」参照

☆この拠点は、アーテル軍の攻撃では決して陥落しない……「0254.無謀な報復戦」参照


▼【導く白蝶】学派の徽章(きしょう)

 挿絵(By みてみん)

▼【青き片翼】学派の徽章

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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