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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日

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0028.運河沿いの道

 湖と繋がっているせいか、運河にも魔物が棲んでいた。

 レノは群衆を引き離し、ほとんど独走状態で駆ける。

 背後で時折、水音と悲鳴が聞こえるが、立ち止まったところで助けられないのでそのまま走った。


 ニェフリート運河と並走する道路は、相変わらず途切れることなく車列が続く。

 運河は、【魔除け】を掛けた船でなければ通れない。

 運河と国道が接する所に開閉式の橋が架かっているが、先程は上がったままで渡れなかった。次の橋はミエーチ区までない。

 橋を渡る気のないレノは、運河に沿ってかなり西進した。鉄鋼公園から遠ざかって行く。

 不安になったが、足はゆるめない。

 車の動きが次第に鈍くなり、やがて、歩くような速度にまで落ちた。この先で何があったのかわからないが、渋滞だ。


 ……よし、これなら行ける。


 レノは運転手に会釈しながら、車列の間を走った。

 クラクションを鳴らされても強行突破する。車間距離が詰まり、いつ追突事故が起きてもおかしくない。


 ……ひょっとして、前が詰まってんのは、それか?


 思いながらも、体を斜めにして車の間をすり抜ける。誰もが少しでも戦闘地域から離れたがっていた。

 やっとのことで内陸部に入り、レノは東を振り向いた。火勢は衰えるどころか、ますます盛んに街を舐め尽そうとしている。


 ……消防とか、どうなってんだ? みんな、あいつらにやられちまったのか?


 運河から離れて南に向かうと、交通量がぐっと減った。全く知らない街並みが続く。まだ無事だが、人の気配が少ない。

 日暮れになっても街灯が(とも)らない。ここもやはり停電していた。家々にも灯が点らない。

 時折通り過ぎる車のライトを頼りに、地名の標識を探す。

 案の定、レノはジェリェーゾ区を通り過ぎ、ミエーチ区まで来ていた。


 ……なんだ。やっぱ行き過ぎか。


 膝が笑って走れない。もうフルマラソン以上に走っただろう。

 汗だくの服が肌に張り付き、風が吹く度に体温を奪われる。吐く息が、車のライトを白く反射した。

 ゆるゆる歩き、どこか安全に休めそうな場所を探す。



 小さな児童公園に人が集まっていた。

 火は焚かず、人々は身を寄せ合って寒さを(こら)える。

 レノは手洗い場の蛇口を(ひね)ってみた。水が出ることに安堵し、冷水で顔を洗って喉を潤す。

 エプロンのポケットに入れていた手拭いで手と顔を拭くと、人心地ついた。同時に、どっと疲れが押し寄せる。これ以上、歩けそうにもない。

 それに、日没後に一人で屋外に居るのは危険だ。


 夜は、魔物や雑妖が我が物顔で闊歩(かっぽ)する。

 奴らに対抗する(すべ)を持たない力なき民にとって、死の世界に等しい。

 周囲の家々には灯がなく、普段なら夕飯の支度をする匂いが漂う筈だが、それもない。この地区も既に避難を終えたようだ。

 戦火がどこまで広がるかわからない。ラジオで避難の呼び掛けがあった可能性もある。


 「兄ちゃん、あんたもこっち入れ」

 陸の民の中年男性に呼ばれて近付く。

 寒さを(しの)ぐ十数人の一団は、ビニール紐の大きな輪の中に入っていた。

 「これ、俺が作った【簡易結界】。寒さは防げんが、雑妖なら何とかなる。まだ二、三人はいけるから、遠慮しないで入れ」

 「ありがとうございます」

 この男性が居なければ、公園に身を寄せた力なき民は、朝まで生き延びられないところだ。


 レノがビニール紐を(また)ぐと、足に纏わりついていた雑妖が、弾き出された。

 急に体が軽くなり、レノは改めて雑妖の重さに気付いた。

 周囲に会釈し、遠慮がちに腰を降ろす。


 人々はレノをあたたかく迎え入れてくれた。

 「一人でも多い方が、あったかいからね」

 老婆が嬉しそうに言う。

 レノはエプロンを外し、肩に掛けて座った。

 必死に走って来た為、自分が目にしたことの他、何の情報も持っていない。


 レノは、機械いじりが好きなクルィーロが、純粋な科学文明国や科学を重視する両輪の国には「テレビジョン」と言う機械がある、と言っていたのを思い出した。

 それなら、映画みたいに映像も同時に見られるから、ラジオよりずっと詳しい情報を大勢の人に伝えられるらしい。


 ネモラリス共和国には、ラジオ局はあっても、テレビジョン用の放送局がない。

 この状況について正確な情報を得られたところで、無一文になった力なき民には、できることが限られていた。


 ……朝日が昇ったら、鉄鋼公園に行こう。


 家族と幼馴染に合流できることを祈り、抱えた(ひざ)に頬を乗せて目を閉じた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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