表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

270/3501

0267.超難問と兄妹

 傷薬は、手伝えることが壺に蓋するくらいしかないと言われ、クルィーロたちは蔓草(つるくさ)班に加わった。


 午前中は、蔓草から余分な枝葉を取り除き、午後からは、ソルニャーク隊長たちに教わりながら細工物を作る。

 簡単そうに見えたが、いざやってみると、なかなか難しい。メドヴェージに一番簡単だと言われた鍋敷きさえ、できあがったものはガタガタに歪んだ。



 レノたちパン屋の三兄姉妹(さんきょうだい)は、厨房を手伝いながら調理技術の向上を図る。

 おやつのクッキーとパウンドケーキは、トラックで作った物とは比べ物にならないくらい美味しかった。ゼルノー市の椿屋で販売した菓子と同じくらい、いや、それ以上の出来栄えだ。


 ……まぁ、行商に戻ったら、ちゃんとした厨房じゃないから、またやり(にく)くなるんだろうけどさ。


 いつまでも移動販売を続けるワケではない。

 ネモラリス島へ渡れば、どこかの店に住込みで雇ってもらえなければ、住むところさえないのだ。レノたちの腕が錆びつかないよう、きちんとした厨房で、できるだけ経験を積ませてやりたい。



 蔓草班の作業部屋がノックされる。


 ……来たか。


 クルィーロが席を立って応答する。すっかり顔馴染みになった女中だ。

 「遅くなってゴメンね。希望を聞いて回るのに手間取っちゃって」

 「いえいえ。こちらこそ。報酬、先払いしてもらっちゃって……」

 「いいのよ。あの子たち、よく働いてくれるから、却って申し訳ないくらいよ。助かってるし。逆にお礼したいくらい」

 女中は笑いながらクルィーロに紙束とペンとインクを手渡した。一番上には何が何枚必要か、一覧が乗る。

 「急がないし、書き損なったら裏にでも書いてくれていいから」

 女中はそう言い置いて、自分の仕事に戻った。



 一覧は「この大空をみつめて」の歌詞の希望枚数だ。

 ラキュス・ラクリマリス共和国時代、国営放送の天気予報のBGMだった。パンの行商用に作った替え歌の希望者も何人か居る。


 先日、移動販売店プラエテルミッサの面々の歌を聞いた使用人から、教えて欲しいと頼まれ、クルィーロは交換条件を出した。レノたちパン部門の三人に厨房で料理の練習をさせて欲しい、と。

 使用人が料理長に話を通し、料理長は快く指導を引き受けてくれた。

 それから、クルィーロはレノに「厨房で料理の練習をさせてくれるってさ」と話した。椿屋の三人が気を遣うといけないので、使用人と蔓草班のみんなには、指導料の件を口止めしてある。


 クルィーロは、すっかり覚えた歌詞を書く。全部で三十四枚、無心に書いて手が痛い。


 夕飯前には何とか終わった。

 呼びに来た女中に渡すと、彼女は数を確認し、にっこり笑って頷いた。

 クルィーロはホッとして、肩凝りも吹き飛んだ。

 これで、ここを出るまで、レノたちは本業であるパン屋の腕を磨ける。



 夕食のパンはレノが焼いたと言う。

 当たり前の話だが、間に合わせで作った【炉】とフライパンで作るより、形がキレイで味もよく、ふっくらふかふかの焼き上がりだ。


 メドヴェージと少年兵モーフが絶賛し、他のみんなも口々に褒める。

 レノたちは照れて謙遜するが、美食に慣れたアウセラートルにまで褒められて、すっかり恐縮してしまった。社交辞令かもしれないが、悪い気はしないだろう。


 「レノ店長の椿屋さんって、ゼルノー市内でも安くて美味しいって、評判のお店なんですよ」

 ロークが言うと、レノが「またまた、そんな」と謙遜する。

 セリェブロー区民のロークは、意外そうに言った。

 「ホントに知らないんですか? 俺、スカラー区とジェリェーゾ区とグリャージ区の友達から美味しいって聞いて、買いに行ったことあるんですよ」

 「えっ、そうなんだ? わざわざ、ありがとう」

 「実際、美味しかったですし、ミエーチ区の知り合いも、美味しいから時々買いに行くって言ってましたよ」

 パン屋の兄弟が目を丸くして顔を見合わせる。どうやら、本当に店の評判を知らなかったようだ。


 クルィーロは呆れた。

 「レノ、自分ちの店、どう思ってたんだ?」

 「えっ? どうって、普通だよ。近所の人と、通勤通学の人が通りすがりに買ってくもんだとばっかり……」

 確かに、店は国道沿いにあったが、ロークの言う通り、それだけではなかった。


 その椿屋はもうない。


 メドヴェージと少年兵モーフが暗く沈む。

 ソルニャーク隊長はずっと表情を動かさず、静かに遣り取りを見守った。



 食後は、それぞれが割り当てられた寝室に分かれる。

 クルィーロと二人きりになり、ベッドに入ると、アマナが言った。

 「お兄ちゃん、ティスちゃんちのお店、どうすれば元通りにできるの?」

 「どうって……まぁ、カネはたくさんあった方がいいだろうな」


 土地は兎も角、店を再建するのに資材代と大工の賃金が必要だ。復興で需要が急増するから、どちらも当分は高騰するだろう。

 それ以前に、政府の立入制限が解除されないことには帰れない。


 「うん。まぁ、でも、何もかも、戦争が終わってからだな」

 「戦争……どうやれば、終わるの?」


 小学生の妹に問われ、工員クルィーロは答えに窮した。

 そもそも何故、アーテル共和国が今更あんな理由で宣戦布告し、国連から脱退してまで戦闘を続けるのか、理解できない。


 ネモラリス共和国のラジオでは連日、【魔哮砲(まこうほう)】でアーテル・ラニスタ連合軍の爆撃機を全て迎撃し、空襲を防いだと報じた。

 アーテル軍の戦力では、ネモラリス軍の防空を突破できず、(いたずら)に戦力を消耗する。アーテル本土は、ラクリマリス王国の湖上封鎖に守られるようなものだ。


 ここに来てからはラジオを聞く暇もなかった。

 戦争が終わったり、戦況が大きく変わったなら、アウセラートルか使用人が教えてくれるだろう。


 ……そういや、【魔哮砲】が魔法生物だとか言ってた件、どうなったんだ?


 「ねぇ、お兄ちゃん、戦争って、どうすれば終わるの?」

 「ん? うーん、そうだなぁ、戦争って国同士の喧嘩みたいなもんだから、仲直りできればいいんだけどな」

 「どうすれば仲直りできるの?」

 難しい質問に苦笑する他ない。


 「両方の国の偉い人たちが話し合って、仲直りできればいいんだけどな」

 「ふーん。歴史の教科書に載ってたみたいに、ご近所さんの国の偉い人と一緒に会議すればいいの?」

 クルィーロは感心した。アマナは兄が思うよりずっと勉強家らしい。


 だが、事はそう簡単にはゆかない。


 「よく知ってるな。そうなんだけど、まず、話し合いできる状態じゃないっぽいんだよな」

 「どうして?」

 「どっちの国の人もブチ切れてて、今は無理そう」

 アマナはどこか遠くを見る目をして黙った。

 質問攻めから解放され、クルィーロがこっそり溜め息を()く。



 うとうとしかけた頃、アマナがぽつりと言った。

 「今はできるコトをするしかないよね」

 「そうだな」

 クルィーロは半分寝ながら答えた。

 「私、明日から、歌詞いっぱい書くよ」

 「……そうか」

 「ここの人も、前の街の人も懐かしいって、いっぱい交換品くれたし、今の内にいっぱい書くの」

 「そうか。あんまり無理すんなよ。さ、もう寝よう」

 クルィーロが抱き寄せると、アマナは小さく頷いてすぐに寝息を立て始めた。

☆傷薬は、手伝えることが壺に蓋するくらいしかない……「266.初めての授業」参照

☆「この大空をみつめて」の歌詞……「0170.天気予報の歌」参照

☆パンの行商用に作った替え歌……「0210.パン屋合唱団」参照

☆先日、移動販売店プラエテルミッサの面々の歌を聞いた使用人……「0263.体操の思い出」参照

☆レノ店長の椿屋さん……「0021.パン屋の息子」参照

☆友達から美味しいって聞いて、買いに行った……「0034.高校生の嘆き」参照

☆アーテル共和国が今更あんな理由で宣戦布告(中略)国連から脱退……「0078.ラジオの報道」参照

☆ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0161.議員と外交官」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ