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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日

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0027.みのりの計画

 トタンの隙間から、黒煙が入って来た。

 「何これ?」

 「火事か?」

 アミエーラと父は夕飯を中断し、外へ出た。

 近所の火事なら早く避難しなければ、この辺りは住宅が密集していて、あっという間に延焼してしまう。


 外は煙が漂い、出て来た住民は咳込みながら、火元を探していた。

 「あっちだ!」

 誰かが叫ぶのが聞こえた。

 あっちがどっちのことかわからず、アミエーラは(そで)口許(くちもと)を覆い、周囲を見回した。北側で黒煙が上がっている。


 風向きが変わり、煙が晴れた。

 火元はかなり遠いが、煙がリストヴァー自治区の北側で壁のように(そび)える。その遠さに安心したのか、人々はすぐ家に引っ込んだ。


 「魔法使いが居るのに、あんな大火事になるなんて、ヘンじゃない?」

 「さぁなぁ? 魔法使いのやることはさっぱりわからん。メシにしよう」

 父は娘の疑問に取り合わず、さっさと家に入った。

 いくら煙を眺めても、事態が変わる訳ではない。アミエーラも諦めてトタン小屋に戻った


 リストヴァー自治区東部の家は、どれもトタンや廃材を寄せ集めて作った掘立小屋だ。

 道らしい道もなく、場所によっては幾つものバラックが、肩を寄せ合いもたれあう。間の一軒が倒壊すれば、支えを失って周囲も倒れてしまうのは、よくあることだった。

 雨が降れば、天井からは雨漏り、床の上もすぐに浸水してしまう。

 家具らしい家具もない。

 勿論(もちろん)、魔除けなどもなく、隙間だらけなので、虫や雑妖も入り放題だ。


 物がなく、掃除は簡単で、清潔にしてさえいれば、少なくとも雑妖だけは、ある程度防げる。

 家を清めることは、聖者キルクルスの教えにもある。敬虔な信者の家は、貧しいながらも小ざっぱりしていた。アミエーラの家もそうだ。


 今日の夕飯は、父が工場でもらってきたパンと、アミエーラが仕立屋の店長からもらったリンゴだ。

 「アミエーラの雇い主は随分、羽振りがいいんだな」

 「そうでもないよ。これ、お客さんにいただいたのを、お裾分(すそわ)けしてくれたもんだから」

 「へぇ。御大尽(おだいじん)が居るもんだなぁ」

 この辺りでは新鮮な果物は珍しく、そして、高価な品だった。


 「お客さんはね。でも、お店の方は、糸が値上がりしたせいで、今月から給金を下げなきゃいけないから、代わりにってくれただけ」

 娘の淡々とした物言いに、父は肩を落とした。

 「まぁ、でも、そうやって誠意見せてくれるだけ、ありがてぇやな」

 「そうね」


 アミエーラは、年頃の娘にしては表情が乏しい。

 本当ならこの金髪は、日の光に輝くのだろうが、垢と皮脂に汚れてくすみ、疲れきって生気の薄い顔が、実際の年齢より老けて見せた。

 仕立屋のお針子(はりこ)なので、着ている物はこの辺りでは一番きちんとしているが、同年代の娘たちからは、陰で「あんなコにあの服は勿体(もったい)ない」などと(ささや)かれた。


 今まで一度も身ぐるみ剥がされたことがないのは、余り布をもらって(こしら)えたリボンやハンカチ、スカーフなどの小物を配っているからだ。

 時々は、娘たちの親がお礼に食べ物を分けてくれることもある。

 物を持ち過ぎず、運よく手に入れた物を惜しみなく分け与えることは、この町で生きて行く為に欠くことのできない処世術だった。


 「ねぇ、お父さん。明日は休みだし、ちょっと出掛けてみない?」

 「どこへだ?」

 「種まきしに、山の方へ」

 「危ねぇだろ。西のシーニー緑地にしよう」

 父は、娘がリンゴの成長を夢見て、珍しく子供のように瞳を輝かせていることに気付いた。十九歳の娘にしては色気のない理由だが、それでも父は嬉しかった。


 「誰かに引っこ抜かれたりしないかなぁ?」

 「実がなるのがわかってりゃ、誰か代わりに世話する人が居るかも知れん」

 リストヴァー自治区の西部は、ゆるやかな上り坂だ。丘の上にはマッチ箱のような公営団地が建ち並び、アミエーラたちの住む沿岸部の下町とは別世界のようだった。


 団地とバラック地帯の間には、帯状のシーニー緑地が広がる。

 自治区民なら、誰でも利用できる共同の畑だ。

 葉物野菜を植えれば、すぐに誰かが盗って食べ、実のなる野菜や果物なども、まだ青い内に盗られてしまう。

 ヤル気を失くして、今では荒れ放題。

 雑草の中で生き延びた取りこぼしの野菜は、すっかり野生化してエグみが強く、食べられた物ではない。

 それでも、飢えた住人が(くさむら)に分け入り、毒のない植物を探す姿が絶えない。

 野生化した野菜だけでなく、イナゴなど毒のない虫も、食卓に上る。


 父は少し考えて、言った。

 「明日、緑地でいい土と丈夫な蔓草(つるくさ)を取って来よう」

 「それで、どうするの?」

 「草で鉢を作って種を植えて、ここで芽が出るまで育ててから、緑地に植えるんだ」

 「直接植えるのと、どう違うの?」

 首を傾げる娘に手を振り、父は続けた。

 「まぁ聞け。種を植えても、芽が出る保証はねぇ。でも、ここでちゃんと芽が出たら、それを植える場所の近所の連中に見せて回るんだ」

 「見せびらかしたりしたら、盗られちゃったりしない?」

 「だから、見せてやるんだ。俺たちは種を手に入れて、ここまで育てたってな」

 アミエーラはまた首を傾げた。話が見えてこない。


 父は構わず、計画を語る。

 「今からここにリンゴの苗を植える。実がなるまで、苗木を守って育てるのを手伝ってくれた奴は、リンゴを取って食ってもいいし、売りに行ってもいい。元手はほとんどタダみたいなもんだ」

 「水は、タダじゃないのよ?」

 娘がすかさず、計画の穴を指摘する。

 「雨の日に、雨漏りの水を溜めといてくれるように、頼むんだ」

 「ふーん。でも、そんなの今までとどう違うの?」

 娘は()めた目で父を見る。

 父は淋しげな目で笑った。

 「気分が違うだろ。どこの誰のもんだかわかってる物を盗むのと、正当な報酬として、分け前をもらうのとじゃ……」

 「あぁ、工場の出資金の代わりに、水遣りをしてもらうのね」

 「そう言うことだ」

 父は我が意を得たりと顔を(ほころ)ばせたが、アミエーラは相変わらず、醒めた目でそんな父を見た。

 「そんな上手くゆけばいいけどね」


 間に人が入ると、いつもロクなことにならない。

 それなら、魔物の居る南の山に植えた方が、まだ「安全」なように思えた。山なら、少なくとも人間に荒らされることはない。

 魔物や野生動物の仕業(しわざ)なら、まだ諦めもつく。


 団地の更に西には、広々とした農地が広がる。

 鉄条網で囲まれ、銃を持った自警団が、交代で二十四時間、警戒にあたっていた。そこまでしなければ、作物を守れないのだ。

 野菜泥棒の射殺は日常茶飯事で、ラジオのニュースにもならなかった。


 ……種は一粒だけじゃないし、少し取っておいて、一人で植えに行こう。


 アミエーラは父に内緒で計画を立てた。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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