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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0260.雨の日の手紙

 ラクエウス議員は、ノックの音で顔を上げた。

 いつもならお茶の時間だが、軟禁されてからは秘書が追い出され、そんな誘いはなくなった。

 面会でもあるのかと、顔を出す。


 「ラクエウス先生、一緒にお茶、いかがですか?」

 隣人……与党の若手議員だ。

 彼が手にしたお盆には、茶道具の他に小ぶりのガレットまである。


 「いいのかね?」

 「はい。僕一人じゃ大きいんで。あ、兵隊さんもどうぞ」

 それぞれの監視役も入れ、お茶会は何故かラクエウスの部屋に決まった。予定も用件も先の見通しもない。断る理由は全くなかった。



 魔装兵が台所へ行き、術で沸かした湯を宙に漂わせて居間に戻る。

 「湯沸かしを使わなかったのかね」

 「あ、つい。沸かし直しますか?」

 「……いや、もういい」

 キルクルス教徒のラクエウスは、いい気がしなかった。どの(みち)、同じティーポットで淹れたのでは、結果は変わらない。一人だけ飲まないのもどうかと思い、仕方がないと、忌々しい思いを飲み下した。


 若手議員がガレットを切り分けて配る。

 「先生方はお待ち下さい」

 「毒見します」

 「君たちはいいのかね?」

 魔装兵は、ラクエウスの質問に当然だと笑い、複雑な刺繍が施された軍服の胸ポケットを叩いた。

 「はい。【毒消し】の薬を持ってますから」

 「あぁ、魔法薬なら大抵の毒を何とかできますからね」

 若手議員が納得する。


 ……まさか、本当に毒見しておったとはな。


 ラクエウス議員には意外だった。

 【魔哮砲】の使用に反対する議員が毒殺されたところで、政権にとってなんら痛手はない。それどころか、目障(めざわ)りが居なくなり、やりやすくなるだろう。

 議員二人は何とも言えず、先に紅茶を(すす)った。


 「大丈夫です。普通に美味しかったですよ」

 毒見役の魔装兵が、三人にイイ笑顔を向けた。待機する魔装兵が緊張を解き、ガレットに手をつける。ラクエウスも焼菓子にフォークを刺した。

 「むっ?」

 手応えがやけに固い。

 ガレットを(ほぐ)すと、中から素焼きの人形が現れた。大昔の国王を模したのか、王冠を戴き、杖を持ちガウンを羽織る。


 「あっ。先生、当たりですよ」

 「当たり?」

 「王様のガレット。今日一日、先生が王様ですよ」

 若手議員が無邪気に笑う。

 王様と言われても、もうお茶の時間だ。ラクエウスは苦笑したが、遊戯に付き合うことにした。


 「では、王として命じよう。君の呼称は何か、名乗り給え」

 「あれっ? まだでしたっけ? クラピーフニクです」

 若手議員は小さく驚いて答えた。

 クラピーフニクは「鷦鷯(ミソサザイ)」を意味する。ラクエウス議員は思わず聞いた。

 「君は【歌う鷦鷯】学派なのかね?」


 彼の胸には、専門分野を修めた魔法使いが身に着ける銀の首飾りがない。


 「いいえ。子供の頃は歌が好きでしたけど、そこまで魔力が強くないんで……」

 「そう言うものなのかね。だが、なかなかいい声をしておる」

 与党の若手クラピーフニク議員は、頬を染めてはにかんだ。

 「プロの音楽家の方からそう言われると、何か照れますね」

 「技術的にはまだまだ……だがな」

 二人が笑うと、魔装兵もつられて笑い、場が和んだ。


 「……さて、儂は特にして欲しいことはない。元々君への差し入れだ。返そう」

 ラクエウス議員は素焼きの人形をクラピーフニク議員の皿に置いた。

 魔装兵が苦笑する。

 「そんな簡単に譲位しちゃっていいんですか?」

 「構わんさ。これからは君ら若いモンの時代だ」

 クラピーフニク議員が生きてここを出られる保証はない。彼は老議員の視線を受け流し、人形をつまんで言った。

 「じゃあ、譲位を受けた新王として命令します。ラクエウス先生、何かレコードをお持ちでしたら聞かせて下さい」


 「お安い御用だ」

 老議員は寝室の戸を開放し、セットしたままのレコードに針を落とした。耳に馴染んだ旋律を背に、居間の席へ戻る。

 「これ、天気予報……」

 クラピーフニク議員が言葉を飲んだ。澄んだ女声がその沈黙をゆったり埋める。

 老議員を除く三人は寝室に目を向け、身じろぎひとつせず、歌声に聞き入った。



 レコードの片面が終わり、針が上がる。

 余韻が消えるのを待って、クラピーフニク議員が驚きを口にした。

 「こんな歌詞があったんですね」

 「歌手は誰ですか?」

 魔装兵たちも食いついた。ラクエウス議員は紅茶を一口飲んで答える。

 「ニプトラ・ネウマエだよ。楽団時代……短期間だが、一緒に仕事をしたことがある。【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の歌手だ」

 三人が感心してラクエウスを見た。


 竪琴奏者時代を懐かしく思い出しながら、重くならないように言葉を続ける。

 「彼女が、例の未完の歌の歌手だった」


 内戦が激化し、キルクルス教徒と結婚した彼女は、家族と共に首都クレーヴェルを離れた。難しい時代になってしまったのだ。


 その後は、当たり障りのない世間話をして、小さなお茶会はお開きになった。



 ……たまには悪くないものだな。


 今のところ、軍に反対派の議員を害する意図がないとわかったのが、ちょっとした収穫だ。先々はわからないが、今しばらくは時間ができた。

 ラクエウス議員は一人になると寝室の書き物机に戻り、情報整理の続きを再開した。途中、夕食を挟んだ他はずっと机に向かう。


 今は伝える手段のない情報だ。

 恐らく、賛成派の議員の何人かも既に気付いて、何らかの対策が講じられただろう。それでも、ラクエウス議員は筆を休めなかった。



 夜半を過ぎ、雨はますます激しさを増した。

 雨垂れが窓を打つ。窓辺に立ち、カーテンの隙間から外を窺った。

 水塊が拳の形を成して窓を叩く。


 ……これは、【操水】?


 窓に貼り付き、拳の根元を視線で辿った。降る雨と夜に溶けてはっきりしない。どうやら隣……クラピーフニク議員の部屋の方向から続くようだ。


 拳の中に何かが透けて見えた。思い切って窓を開ける。

 カーテンのはためきと同時に雨と水の拳が入って来た。ラクエウスは寸前で拳を(かわ)し、窓を半分閉める。水塊は握ってきた物を置き去りにして、隙間からするりと逃れた。

 窓の鍵とカーテンを閉め、ボールペン二本で挟んで拾う。


 新聞の切抜きだ。ボールペンの尻で(ほぐ)すと、中からメモ用紙が現れた。



 【花の耳】の花弁(はなびら)を一枚もらいました。

 音楽に紛れて連絡させて下さい。

 伝言があれば雨の夜、窓に挟んで下さい。



 ガレットの人形の中身が魔法の道具だったと気付き、切抜きに目を走らせる。

 昨日の日付、各国大使の反応記事だ。


 ラクリマリス王国やアミトスチグマ王国など、ネモラリスの友好国は、査察で真偽が判明するまでは外交官を召還せず、罹災者(りさいしゃ)や難民への人道支援を継続する、とあった。

 両輪の国の中でも、科学文明国寄りの国々は、査察結果が出るまで大使を一時帰国させる国もある。

 記事に付された一覧表では、大部分の国が態度を保留した。

☆魔哮砲の使用に反対する議員……「0241.未明の議場で」「0247.紛糾する議論」「0248.継続か廃止か」参照

☆これ、天気予報/こんな歌詞……「0170.天気予報の歌」「0178.やさしき降雨」「0220.追憶の琴の音」参照

☆彼女が、例の未完の歌の歌手……「0220.追憶の琴の音」参照

☆キルクルス教徒と結婚した彼女……「0090.恵まれた境遇」「0091.魔除けの護符」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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