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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0259.古新聞の情報

 ラクエウス議員は五日に一度、天気がよければ、議員宿舎の中庭で竪琴を奏でることにした。

 今、軟禁状態にある彼らには、できることがない。

 力ある民でさえ、外部との連絡が取れないのだ。キルクルス教徒の老人には、手も足も出なかった。


 中庭の演奏会は、他の議員だけでなく、兵士たちも耳を傾ける。ひととき監視を忘れ、音楽に包まれた。

 できる限りリクエストに応じたが、最後には必ず、あの未完の曲を奏でる。与党の若手議員はラクエウスの(かたわ)らで歌ってくれた。技術的には(つたな)いが、なかなか張りのあるいい声だ。



 「穏やかな(うみ)の風

  一条の光 闇を(ひら)き 島は新しい夜明けを迎える

  (ラキュス)(うみ)に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる……」


 未完の歌詞はいつもここで終わった。

 聴衆は惜しみなく拍手を贈る。

 束の間の演奏会が終われば、人々は監視する者とされる者に分かれたが、会を重ねる度に心の距離は縮まるように思えた。


 好きな曲が同じ議員と兵士が、部屋に引き揚げながら曲の良さを語り合う。


 ここに軟禁されたのは、【魔哮砲】の使用継続に異を唱えた議員と、態度を保留した議員だ。電話や面会には監視が付けられ、外部と自由に連絡できない。状況が変われば解放されるかもしれないが、場合によっては機密保持の為、始末される可能性もあった。



 部屋に戻ったラクエウス議員は、窓を開けて竪琴を奏でた。

 曲はいつもあの歌だ。ラキュス・ラクリマリス王国の共和制移行と国営放送の創立、ふたつの百周年を記念して、民族融和を願って企画されたが、半世紀の内乱が勃発し、未完に終わった。

 恐らく、譜面は現存しないだろう。

 勿論(もちろん)、レコーディングもされず仕舞いだろう。

 だからせめて、曲に籠められた想いを人々の記憶に残す為、奏で続ける。


 交通規制はあるが、日中ならまだ少し人通りがあった。道行く(わず)かな人々がしばし立ち止まり、窓辺から流れる竪琴の音色に耳を傾け、すぐにそれぞれの目的地へ歩みを進める。


 通りを監視する立ち番の兵士や、警察官だけでもいい。

 平和を愛し、争いを望まぬ心を思い出して欲しかった。


 監視下の宿舎には新聞が配達されず、ラジオも取り上げられた。

 情報がなく、全く身動きが取れない。

 ラクエウス議員に協力的な人権団体の代表らも、状況を察して面会を控えるようになった。迂闊な動きを見せれば、議員の生命が脅かされると思ったのだろう。


 ……こんな老い先短い命など、惜しくはないが、彼らに(るい)が及ぶのは避けたい。



 軟禁以来、初めて雨が降った。朝から降り続き、止む気配がない。

 今日は演奏会の予定だが、本降りでは仕方がなかった。部屋で竪琴を弾く気にもなれず、一日を過ごす。


 ラジオを奪われ、新しい情報は入らない。

 ふと思いつき、ベッドの下から古新聞の束を引っ張り出す。流石に古新聞までは取り上げられなかった。数カ月に一度、気が向いた時に回収へ出すが、今回の騒動ですっかり忘れてしまった。



 最も古い日付は二月一日。

 丁度、星の道義勇軍のテロ初日のものだ。何もかもがあの日から始まった。


 首都のあるネモラリス島と、リストヴァー自治区があるネーニア島は湖水で隔てられるが、各地に土地勘のある記者が配置され、【跳躍】などの術で移動すれば、ほぼ時間差なしに情報伝達できる。

 入稿〆切の都合で、テロの第一報が紙面に載ったのは夕刊直前の号外だ。


 翌日の本紙には、リストヴァー自治区民として、ラクエウス議員の談話も掲載された。

 湖水日報、緑陰新聞、湖南経済新聞の三紙は当然の反応として、いずれもテロを批難する論調だ。ただ、申し訳程度に、人権団体や大学教授などの識者談話や寄稿を載せ、星の道義勇軍がテロ集団化した背景を説明し、遠回しに擁護した。

 勿論(もちろん)、そんなことでは世論の批難を(かわ)しきれる筈がない。


 リストヴァー自治区が大火に見舞われると、状況は一変する。


 自治区内の工場が生産不能に陥り、部品の供給が止まった。製造不能が連鎖し、在庫が尽きると店の棚から商品が消え、お詫び文が貼りだされる。一見、無関係に思える加工食品なども、包装材の不足で出荷できなくなったのだ。


 特に湖南経済新聞は、ネモラリス経済に於ける自治区の重要性を書き立てた。


 そこへ、アーテル軍の空襲が追い打ちを掛け、直接には攻撃を受けなかった地域も甚大な影響を(こうむ)った。

 それ以降、星の道義勇軍のテロは云々(うんぬん)されなくなり、被害状況や罹災者(りさいしゃ)の支援情報、ネモラリス政府の対応、アーテル共和国と周辺国の動向が紙面を埋める。

 ネモラリス国内の支援情報は、連日、別刷りの特別紙面が発行された。



 空襲三日目からは、ネモラリス軍の迎撃が始まり、被害の拡大を防いだ。

 何故、初日から【魔哮砲】を出さなかったのかと批難と怨嗟(えんさ)の声が多数、掲載される。その後はほぼ毎日、空襲を防いだネモラリス水軍と【魔哮砲】の活躍が載るようになった。


 ラクエウス議員らの調査団がネーニア島を縦断し、リストヴァー自治区を中心に被害状況の報告書をまとめた。

 目を疑うばかりの巨大な魔獣も居たが、討伐隊が組織され、これも【魔哮砲】で消し去られた。

 これらに基づき、各種団体や経済界なども、復興と罹災者(りさいしゃ)支援を本格化させた。



 どういう訳か、国連はこの戦争に介入しない。


 アーテル共和国は、開戦早々に国連からの脱退を表明したが、アーテルを軍事支援するラニスタ共和国と、一方的に攻撃に晒されたネモラリス共和国は、現在も加盟国だ。

 仲裁役に最適なラクリマリス王国もそうだ。何故、座して静観するのか。


 ラクリマリスは、開戦直後にネーニア島とチヌカルクル・ノチウ大陸との間の水域を封鎖した。


 挿絵(By みてみん)


 何故かその後、クブルム山脈西端のザカート隧道(トンネル)経由の陸路で、細々と救援物資を届けるが、難民の受け容れは表明しない。

 所縁(ゆかり)の深い両国民は、互いの地域に親類縁者を持つ者も多い。それら、宛のある人々の移動は妨げられなかった。


 ラクエウス議員は、ラクリマリス王国の曖昧な態度に首を(ひね)った。実際、駐在大使に問い(ただ)したが、はぐらかされてしまった。


 湖上封鎖の影響で、ネモラリス軍はアーテルに部隊を送れず、防戦一方を強いられる。少人数なら、アーテル地方に土地勘のある者を【跳躍】で送り込めなくもないが、焼け石に水だ。



 空襲から十日目の新聞には、撃墜地点の地図まで載った。

 (おおむ)ね、アーテル領に近いネーニア島南西沖の水域上空だ。

 ネモラリス水軍は、ラクリマリス王国の湖上封鎖に引っ掛からないギリギリの位置に防衛ラインを引いた。


 アーテルの爆撃機は、ネモラリス軍の新兵器【魔哮砲】に(ことごと)く撃墜され、ついに出撃しなくなった。

 安堵したのも束の間、アーテル政府は「【魔哮砲】は魔法生物を兵器利用したものだ」との談話を発表した。これに対し、ネモラリスの駐アミトスチグマ大使が、直ちに否定のコメントを出した。


 ネモラリス政府は、国内で発行される湖南経済新聞の記事を差し止めた。ラクエウス議員らは未明に非常招集され、今に至る。

 新兵器【魔哮砲】が、兵器化した魔法生物であることは、皮肉にもその時、確認できた。



 ラクエウス議員は新聞を束ね直し、頭の中を整理した。

 ひとつは、アーテル軍の行動。今にして思えば、【魔哮砲】の活動を観察する為に、パイロットの生命を捨て駒にしたとしか思えない。確信を得た後は、ぴたりと出撃を止めた。


 ラクリマリス王国が、わざわざ陸路を使ったのも、その為だろう。

 救援物資の配送名目で毎日、ネモラリス水軍とアーテル空軍が交戦する付近を走行し、何らかの魔法で戦闘の様子を観察したのだ。そうでなければ、あんな非効率で不自然な「援助」を続けることに辻褄が合わない。


 その後、軟禁生活に入り、ラクエウス議員には、ラクリマリスの駐ネモラリス大使が召還されたかどうかわからない。

 ネモラリスとラクリマリスは縁が深い。ネーニア島を南北に分かち、領有する。そう簡単に国交を断絶できないだろう。



 今なら、アーテルが開戦直後に国連を脱退したことにも納得がゆく。

 恐らく、かなり前にネモラリスが魔法生物を兵器化した情報を掴んだのだ。


 誤報だった場合、アーテル一国を切り捨てられるよう、常任理事国が働き掛けたのだろう。

 常任理事国には、キルクルス教の聖地を擁するバンクシア共和国や、キルクルス教圏の大国バルバツム連邦が含まれる。国連本部も、連邦の首都サンデラエにあった。

 何らかの取引があったと見て、間違いなかろう。


 アーテル政府は、「リストヴァー自治区で迫害を受けるキルクルス教徒の保護」名目でネモラリス共和国に宣戦布告した。だが、ラクエウスら自治区の信徒を守るのが主目的なら、ランテルナ島に残る魔法使いと自治区民を交換すれば、平和裏に解決できる。


 ただの口実なのは明らかだ。


 開示された情報をざっと調べ、繋ぎ合せただけだが、ラクエウス議員にはこれが事実であるとの確信が生じた。


 ……さて、これをどうやって、誰に伝えたものか。


 宛はないが取敢えず、考えを整理し直す為、紙に書き留めることにした。

☆力ある民でさえ、外部との連絡が取れない……「0253.中庭の独奏会」参照

☆あの未完の曲……「0220.追憶の琴の音」参照

☆【魔哮砲】の使用継続に異を唱えた議員と、態度を保留した議員/ラクエウス議員らは未明に非常招集……「」参照

☆ラクエウス議員に協力的な人権団体の代表ら……「0234.老議員の休日」「0253.中庭の独奏会」参照

☆夕刊直前の号外……「0031.自治区民の朝」「0032.束の間の休息」参照

☆リストヴァー自治区が大火に見舞われる……「0054.自治区の災厄」「0055.山積みの号外」参照

☆アーテル軍の空襲……「0056.最終バスの客」参照

☆ラクエウス議員らの調査団がネーニア島を縦断……「0181.調査団の派遣」「0190.南部領の惨状」「0212.自治区の様子」参照

☆目を疑うばかりの巨大な魔獣……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」「0200.魔獣の支配域」参照

☆討伐隊が組織され、これも【魔哮砲】で消し去られ……「0221.新しい討伐隊」「0227.魔獣の討伐隊」「0233.消え去る魔獣」参照

☆国連はこの戦争に介入しない……「0249.動かない国連」参照

☆アーテル共和国は、開戦早々に国連からの脱退を表明……「0078.ラジオの報道」「」「0168.図書館で勉強」「0204.難民キャンプ」参照

☆ラクリマリスは、開戦直後に(中略)水域を封鎖/湖上封鎖……「0127.朝のニュース」「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「」参照

☆駐在大使に問い質した……「0161.議員と外交官」参照

☆湖南経済新聞の記事を差し止め……「0241.未明の議場で」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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