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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0258.決め兼ねる道

 アミエーラたちは、地元民のアウセラートルに案内され、新緑の萌える森に入った。畑に近い場所は、雑草が刈り取られて歩きやすい。

 小道を二分ばかり奥へ歩くと、木の幹に蔓草(つるくさ)が巻き付く場所に出た。


 「私もお手伝いしましょうか?」

 「いえ……あ、では、雑妖を追い払っていただけますか?」

 アウセラートルの申し出を断りかけたが、ソルニャーク隊長は思い直して改まった口調で言った。

 ドーシチ市の有力者は快諾し、力ある言葉で呪文を唱える。もう何度も、薬師(くすし)アウェッラーナと工員クルィーロが唱えるのを耳にしたが、アミエーラには、相変わらず全く聞き取れない。


 アミエーラは昨夜を思い出し、こっそり溜め息を()いた。



 部屋で薬師(くすし)アウェッラーナと二人きりになったが、うっかり【魔除け】の護符を持っていると口を滑らせてしまった。

 思い切って、魔力がある……自治区民でありながら、力ある民であることを告白し、これからどうすべきかわからないと正直に打ち明けた。

 湖の民アウェッラーナは、自治区民アミエーラの言葉を否定せず、ただ受け容れてくれた。

 彼女自身、どんな態度を取ればいいか、戸惑うように見えた。



 今、針子のアミエーラの周囲に雑妖は居ない。

 店長がくれたコートと肌着、それに【魔除け】の呪文が刻まれた【水晶】の護符が守ってくれる。

 アウセラートルのすぐ後ろを歩いたので、星の道義勇軍の三人には、アウセラートルが持つ護符の効力に見えるだろう。

 灌木(かんぼく)の影に潜む雑妖が、森の奥へ逃げてゆく。


 今はまだ、キルクルス教徒の彼らに自分の正体を知られる訳にはゆかない。

 騙すようで心苦しいが、アミエーラ自身、あの(わざわい)の日まで知らなかった。自分が何者か、この先、何者として生きてゆけばいいか決め兼ねる。

 決心がつくまで、アウェッラーナ以外の誰にも知らせるつもりはなかった。



 毛虫などが居ないか、手元に注意して蔓草(つるくさ)を引っ張り、(はさみ)で根元付近を切る。

 ざっと(しご)いて大体の葉を落とし、新品のゴミ袋に入れた。何度も採りに来るのは面倒なので、できるだけたくさん採りたい。

 他の三人も同じ考えなのか、黙々と蔓草採りに励む。


 ここの蔓草をすぐ採り尽くし、次へ移る。

 「蔓が巻くと木が弱りますからね。どんどん採ってやって下さい」

 アウセラートルに言われ、アミエーラたちは遠慮なく蔓草を幹から引き剥がし、灌木(かんぼく)から引き毟った。


 午前中だけで、できるだけたくさん集めなければならない。小さな蛾や足の多い虫が飛び出すのを物ともせず、ひたすら作業に(いそし)む。


 ……今は、今の私にできることを、できるだけ頑張るしかないのよ。



 昨夜、アウェッラーナには、三冊ある祖母の手帳の内、一冊だけ見てもらった。

 彼女は薬を作る魔法で誰よりも疲れる。貴重な睡眠時間を個人的な用件で削るのは忍びない。

 表紙に(一)と記された手帳は【霊性の鳩】学派の呪文とその解説だ。全て、アウェッラーナも使える術だと言った。

 勉強の助けになるよう、力ある言葉には湖南語で読み方も書いてある。だが、力ある言葉は発音が複雑で、これだけでは魔術を修得できない。


 ……まだ、ちゃんとした魔女になるって決めたワケじゃないけど。


 祖母はあの日、アミエーラが魔女にもなれる可能性を残してくれたのだ。

 信仰の為に人生の道をただひとつだと決めてしまわないように――

 自分が力ある民だと知らされ、リストヴァー自治区を出た今、祖母が示してくれた可能性に深く感謝する。


 それと同時に「キルクルス教への信仰を捨てきれない自分」にも気付いた。


 山の中で雑妖や魔物に(おびや)かされ、聖者キルクルス・ラクテウスの無力に絶望した。魔術こそが人々を助ける力だと確信した。


 それでも、リストヴァー自治区で産まれ、キルクルス教徒として育った自分を否定するようで、信仰を完全に捨て切れない。


 実際、アミエーラが、山中で一人過ごす間、様々な魔術に命を守られた。

 どれだけ聖者キルクルスに祈っても、力なき聖者は助けてくれなかった。

 魔術は、教義が説く絶対的な「()しき(わざ)」ではないと思うが、心のどこかに残る魔術への恐怖感を(ぬぐ)い去れない。



 昼前には、持参したゴミ袋が全ていっぱいになった。

 袋の口を(くく)り、結び目に蔓草(つるくさ)を通して繋げる。

 「それでは、帰りましょう。ソルニャークさん、私と手を繋いで下さい。他の皆さんは、彼と手を繋いで下さい」

 アウセラートルとソルニャーク隊長、運転手メドヴェージ、モーフ、アミエーラの順で手を繋ぐ。

 アミエーラとアウセラートルは、一繋ぎにした蔓草袋の端を持ち、みんなで輪になった。アウセラートルが朗々と力ある言葉を唱える。



 気が付くと、ドーシチ市の東門の前に居た。

 みんなで数個ずつ袋を持ち、門を(くぐ)る。あちこちから昼食を作るおいしそうな匂いが漂ってきた。

 「もう一度【跳躍】します」

 広場の端にある色違いの石畳が敷かれた一角で再び輪になり、アウセラートルの術に身を(ゆだ)ねる。


 今度は商業組合長の屋敷前に出た。

 「お帰りなさいませ」

 アウセラートルの帰りを待ち構えた使用人たちが、蔓草の詰まった袋を次々と屋敷へ運び込む。


 「皆様はこちらへ」

 使用人の一人に案内され、井戸端に連れて行かれた。作業に夢中で気付かなかったが、アミエーラたちは随分、汚れてしまった。

 申し訳なさに恐縮しながら、【操水】の術で洗われる。



 食後のお茶を飲みながら、みんなで仕事の首尾を話し合った。

 「こちらはまだ、熱冷まし作りに時間が掛かりそうです」

 薬師(くすし)アウェッラーナの疲れた声に薬班のみんなが頷く。こちらの作業が安楽に思え、アミエーラは心苦しくなった。


 「姐ちゃんたちの方、随分、大変そうだな。何か手伝えそうなコトねぇか?」

 運転手メドヴェージが心配する。


 茶菓子を頬張ったモーフが、弾かれたようにソルニャーク隊長を見た。隊長は少年兵に頷いてみせ、提案する。

 「手伝いは可能だ。道具と作業場所は、まだ二人分、空きがあったな」

 「いいんですか?」

 レノ店長が驚いて聞き返す。キルクルス教徒に魔法薬作りを手伝わせることへの遠慮が、言外に(にじ)む。


 「細工物が完成しても、すぐに売りに行けるワケではない」

 初日に薬師(くすし)の手伝いをした隊長は、何でもないことのように事実を述べた。


 合理的に考えれば、今はできる限り薬作りをした方がいい。

 レノ店長は、効率より、信仰を優先して班を割り振ったのだ。フラクシヌス教徒のみんなも、自治区民の四人に気を遣ってくれた。


 「あの、私にできることがあれば、そちらのお手伝いをさせて下さい。えっと、こちらは予定がありませんけど、そちらは納期が……」

 思い切って言ってみたが、みんなの視線が集まると、だんだん声が小さくなり、語尾は消えてしまった。


 緑髪の薬師が、メドヴェージとアミエーラを見て心配そうに聞く。

 「あの、ホントに大丈夫ですか?」 

 「女の人がやるには、ちょっとキツイ作業ですよ」

 レノ店長がアミエーラに念押しする。


 「力仕事も割と平気です」

 「あ、いえ、力仕事って言うか、虫をすり潰すんで……」

 申し訳なさそうに言われ、アミエーラは慌てて言い添えた。

 「大丈夫です。私、虫とか平気です。さっきも蔓草(つるくさ)にいっぱい居ましたけど、大丈夫でした」


 話がまとまり、午後からは、針子のアミエーラと運転手のメドヴェージが薬班に加わることになった。

☆うっかり【魔除け】の護符を持っていると口を滑らせ……「0252.うっかり告白」参照

☆あの(わざわい)の日……「0054.自治区の災厄」参照

☆祖母はあの日、アミエーラが魔女にもなれる可能性を残してくれたのだ……「0102.時を越える物」参照

☆自分が力ある民だと知らされ……「0091.魔除けの護符」参照

☆聖者キルクルス・ラクテウスの無力に絶望……「0118.ひとりぼっち」「0141.山小屋の一夜」参照

☆初日に薬師(くすし)の手伝いをした隊長……「0245.膨大な作業量」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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