0257.身を焼く後悔
ロークは昨夜、半ば強引にファーキルと同室にしてもらった。
物静かなラクリマリス人の少年と二人きりで、映画でしか見たことのない豪奢なベッドに横になる。
最近、道連れになったばかりの少年と何を話せばいいかわからず、ロークは無言だ。ファーキルも何も言わない。
シンとした部屋で、天蓋の裏を見上げると、これまでの日々が思い出された。
あの日からずっと、ロークの傍には大勢の人が居た。
焼け出されたフラクシヌス教徒の市民、力ある民も力なき民も、一緒に逃げた。
テロリストである筈の星の道義勇軍も、何故か何となく一緒だ。テロの後、ネーニア島を空襲したのがアーテル軍で、彼らにとっても敵だからだろう。
……でも、わかんないよな。
星の道義勇軍は、リストヴァー自治区の住人で、キルクルス教徒だ。
アーテル共和国は半世紀の内乱後、ラキュス・ラクリマリス共和国から分離独立して、キルクルス教を国教と定める。
信仰に基づいてテロを実行した彼らが、本当にアーテル軍を敵と思うだろうか。
ローク自身、自治区外でこっそり暮す隠れキルクルス教徒だ。
フラクシヌス教徒のフリをする為、ラキュス湖の神話は憶えたが、古の神々への信仰心はない。
キルクルス教徒として育てられたが、祖父や両親の二重規範や卑怯な行いに嫌気が差し、いつしか聖者キルクルス・ラクテウスへの信仰心も消え失せてしまった。
……俺って、何者なんだ?
祖父と両親は、リストヴァー自治区の星の道義勇軍と密かに連絡を取りあい、テロの手助けをした。ソルニャーク隊長たちとは別の部隊がロークの実家で休息し、次の作戦の準備をした。
ロークは、テロ計画を知りながら、警察に知らせなかった。
……まさか、ホントにあんなコトするなんて……!
もう何度目になるかわからない後悔が、胸の奥をじりじりと焼き焦がす。
心のどこかにまだ、祖父と両親を信じたい気持ちがあった。
幼い頃から自分を可愛がってくれた大人たちが、テロリストに協力した。街が焼けて大勢の人が殺されたが、それを祝うテロリストと一緒に酒盛りを楽しんだ。
……俺の知ってる祖父ちゃんと父さんと母さんは、あの時、死んだんだ。
自分の家も学校も街も何もかも、テロと空襲で焼けてしまった。実家の焼け跡から、地下室の保存食などは持ち出せたが、他は写真の一枚もない。
友達も近所の人も多分、一人も生き残れなかっただろう。
……ヴィユノーク、チス、チェルトポロフ。
仲のよかったフラクシヌス教徒の友達の笑顔が、浮かんでは消える。
……せめて、テロだけでも教えてれば、助かったかもしれないのに。
涙が溢れそうになり、ファーキルに背を向けた。
楽しかった思い出と、焼き尽くされた街の記憶がごちゃ混ぜになって襲う。記憶の奔流の中で、妙に冷めた考えが、ロークを現実に縛り付けた。
ロークが今更後悔したところで、ヴィユノークたちが生き返る訳ではない。周囲の人々に助けられ、何となく流れで助かったが、これから何ができるか、考えて実行しなければ、生き延びた意味がない。
折角、助けられた命だ。
安穏と無為に費やしては、殺された彼らに申し訳が立たない。
……でも、俺に何ができるんだろう?
何の力もない。
ただの高校生だ。力なき民で、魔法は何ひとつ使えない。今までずっと、魔法使いたちにぬくぬくと守られてきた。
何の知識も技術もない。
食生活は、パン屋の兄姉妹に助けられてばかりだ。
レノ店長たちのような食材の目利きや食品加工技術、接客技術もなければ、自治区民が当たり前に身に着けるらしい蔓草細工の技術も、アミエーラの縫製技術も、星の道義勇軍の戦闘技術も何もない。
暴漢に襲われた時は手も足も出ず、自分一人では湖の民の薬師アウェッラーナを守れなかった。いや、彼女一人なら【跳躍】で逃げられただろう。自分が足手纏いだったことに今更気付き、ロークは冷水を浴びせられたように震えた。
あの時、みんなが来てくれなければ、星の道義勇軍が魔女アウェッラーナを救う為に戦ってくれなければ、二人はどうなったか。
想像することさえ恐ろしかった。
今は、魔法薬作りの手伝いをさせてもらえるが、ローク自身には何の知識も技術もない。
技術があれば、売り物を作れるが、ロークには何もなかった。
……俺ってホントに役立たずなんだ。
このまま、みんなにただ守られ養われて、のうのうと過ごすことなどできない。
何ができるようになればいいのか。
いや、自分は一体何をしたいのか。
このままみんなと一緒にグロム港へ行き、首都クレーヴェルやアミトスチグマ王国の難民キャンプに行って、何になるだろう。
ヴィユノークたちを見殺しにしたのに今は、彼が作ってくれた魔法の護符に守られる。
友達の弔いの為に何をすべきか。
……なんとかして、アーテルの連中に反撃してやりたいよな。
ラジオの情報では、ネモラリス政府軍は、ラクリマリス王国の湖上封鎖で、ネーニア島以南の水域に進軍できなくなった。
アーテル軍の空襲は、新兵器の【魔哮砲】で防げるようだが、防戦一方だ。
……ネモラリスのどこか……首都とかで民兵の募集、してないかな?
銃か何か武器を貸してもらって、アーテル領を知る術者に【跳躍】で運んでもらえれば、ロークでも少しは戦えるだろう。
何もかも失い、何もできない。
友達を見殺しにして自分一人助かった。
そんな自分が、のうのうと長生きするのはムリだ。就職して結婚して子供が生まれてその子が結婚して孫が生まれて……そんな普通の暮しを望むなど烏滸がましいと思えた。
何の罪もないのに殺された彼らに顔向けできない。
……アーテルに反撃して、少しでも早く戦争を終わらせる手伝いができるなら、こんな命、惜しくなんてない。
ロークは昨夜、考え続けて殆ど眠れなかったが、単調な作業にも眠気を感じなかった。
乳鉢に乾燥した地虫を入れ、乳棒ですり潰す。
この地虫たちも、元は命ある者だ。一匹も無駄にできない。
すり上がった地虫の粉を大皿にあけ、また乳鉢に地虫を追加する。
……そうか。モーフ君たちも、きっとこんな気持ちでテロリストになったんだ。
ロークは、森へ材料を採りに行った自治区民たちを思いながら、手元の作業を続けた。
☆ファーキルと同室にしてもらった……「0246.部屋割の相談」参照
☆最近、道連れになったばかりの少年……「0197.廃墟の来訪者」~「0199.嘘と本当の話」参照
☆祖父と両親は(中略)テロの手助け……「0034.高校生の嘆き」~「0036.義勇軍の計画」参照
☆別の部隊がロークの実家で休息/テロリストと一緒に酒盛り……「0048.決意と実行と」参照
☆実家の焼け跡から、地下室の保存食などは持ち出せた……「0096.実家の地下室」「0097.回収品の分配」参照
☆ヴィユノーク、チス、チェルトポロフ……「0034.高校生の嘆き」参照
☆暴漢に襲われた時……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照
☆グロム港……「0198.親切な人たち」参照
☆彼が作ってくれた魔法の護符……「0147.霊性の鳩の本」参照
☆ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0154.【遠望】の術」参照
☆アーテル軍の空襲は、新兵器の【魔哮砲】で防げる……「0157.新兵器の外観」参照




