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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0257.身を焼く後悔

 ロークは昨夜、半ば強引にファーキルと同室にしてもらった。


 物静かなラクリマリス人の少年と二人きりで、映画でしか見たことのない豪奢なベッドに横になる。

 最近、道連れになったばかりの少年と何を話せばいいかわからず、ロークは無言だ。ファーキルも何も言わない。

 シンとした部屋で、天蓋(てんがい)の裏を見上げると、これまでの日々が思い出された。



 あの日からずっと、ロークの傍には大勢の人が居た。

 焼け出されたフラクシヌス教徒の市民、力ある民も力なき民も、一緒に逃げた。

 テロリストである筈の星の道義勇軍も、何故か何となく一緒だ。テロの後、ネーニア島を空襲したのがアーテル軍で、彼らにとっても敵だからだろう。


 ……でも、わかんないよな。


 星の道義勇軍は、リストヴァー自治区の住人で、キルクルス教徒だ。

 アーテル共和国は半世紀の内乱後、ラキュス・ラクリマリス共和国から分離独立して、キルクルス教を国教と定める。

 信仰に基づいてテロを実行した彼らが、本当にアーテル軍を敵と思うだろうか。


 ローク自身、自治区外でこっそり暮す隠れキルクルス教徒だ。

 フラクシヌス教徒のフリをする為、ラキュス湖の神話は憶えたが、(いにしえ)の神々への信仰心はない。

 キルクルス教徒として育てられたが、祖父や両親の二重規範や卑怯な行いに嫌気が差し、いつしか聖者キルクルス・ラクテウスへの信仰心も消え失せてしまった。


 ……俺って、何者なんだ?


 祖父と両親は、リストヴァー自治区の星の道義勇軍と密かに連絡を取りあい、テロの手助けをした。ソルニャーク隊長たちとは別の部隊がロークの実家で休息し、次の作戦の準備をした。


 ロークは、テロ計画を知りながら、警察に知らせなかった。


 ……まさか、ホントにあんなコトするなんて……!


 もう何度目になるかわからない後悔が、胸の奥をじりじりと焼き焦がす。

 心のどこかにまだ、祖父と両親を信じたい気持ちがあった。

 幼い頃から自分を可愛がってくれた大人たちが、テロリストに協力した。街が焼けて大勢の人が殺されたが、それを祝うテロリストと一緒に酒盛りを楽しんだ。


 ……俺の知ってる祖父ちゃんと父さんと母さんは、あの時、死んだんだ。


 自分の家も学校も街も何もかも、テロと空襲で焼けてしまった。実家の焼け跡から、地下室の保存食などは持ち出せたが、他は写真の一枚もない。

 友達も近所の人も多分、一人も生き残れなかっただろう。


 ……ヴィユノーク、チス、チェルトポロフ。


 仲のよかったフラクシヌス教徒の友達の笑顔が、浮かんでは消える。


 ……せめて、テロだけでも教えてれば、助かったかもしれないのに。


 涙が溢れそうになり、ファーキルに背を向けた。

 楽しかった思い出と、焼き尽くされた街の記憶がごちゃ混ぜになって襲う。記憶の奔流の中で、妙に冷めた考えが、ロークを現実に縛り付けた。



 ロークが今更後悔したところで、ヴィユノークたちが生き返る訳ではない。周囲の人々に助けられ、何となく流れで助かったが、これから何ができるか、考えて実行しなければ、生き延びた意味がない。


 折角、助けられた命だ。

 安穏と無為に費やしては、殺された彼らに申し訳が立たない。


 ……でも、俺に何ができるんだろう?


 何の力もない。


 ただの高校生だ。力なき民で、魔法は何ひとつ使えない。今までずっと、魔法使いたちにぬくぬくと守られてきた。


 何の知識も技術もない。


 食生活は、パン屋の兄姉妹(きょうだい)に助けられてばかりだ。

 レノ店長たちのような食材の目利(めき)きや食品加工技術、接客技術もなければ、自治区民が当たり前に身に着けるらしい蔓草(つるくさ)細工の技術も、アミエーラの縫製技術も、星の道義勇軍の戦闘技術も何もない。


 暴漢に襲われた時は手も足も出ず、自分一人では湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナを守れなかった。いや、彼女一人なら【跳躍】で逃げられただろう。自分が足手纏いだったことに今更気付き、ロークは冷水を浴びせられたように震えた。

 あの時、みんなが来てくれなければ、星の道義勇軍が魔女アウェッラーナを救う為に戦ってくれなければ、二人はどうなったか。


 想像することさえ恐ろしかった。


 今は、魔法薬作りの手伝いをさせてもらえるが、ローク自身には何の知識も技術もない。

 技術があれば、売り物を作れるが、ロークには何もなかった。


 ……俺ってホントに役立たずなんだ。


 このまま、みんなにただ守られ養われて、のうのうと過ごすことなどできない。



 何ができるようになればいいのか。

 いや、自分は一体何をしたいのか。



 このままみんなと一緒にグロム港へ行き、首都クレーヴェルやアミトスチグマ王国の難民キャンプに行って、何になるだろう。

 ヴィユノークたちを見殺しにしたのに今は、彼が作ってくれた魔法の護符に守られる。


 友達の弔いの為に何をすべきか。


 ……なんとかして、アーテルの連中に反撃してやりたいよな。


 ラジオの情報では、ネモラリス政府軍は、ラクリマリス王国の湖上封鎖で、ネーニア島以南の水域に進軍できなくなった。

 アーテル軍の空襲は、新兵器の【魔哮砲(まこうほう)】で防げるようだが、防戦一方だ。


 ……ネモラリスのどこか……首都とかで民兵の募集、してないかな?


 銃か何か武器を貸してもらって、アーテル領を知る術者に【跳躍】で運んでもらえれば、ロークでも少しは戦えるだろう。



 何もかも失い、何もできない。

 友達を見殺しにして自分一人助かった。



 そんな自分が、のうのうと長生きするのはムリだ。就職して結婚して子供が生まれてその子が結婚して孫が生まれて……そんな普通の暮しを望むなど烏滸(おこ)がましいと思えた。


 何の罪もないのに殺された彼らに顔向けできない。


 ……アーテルに反撃して、少しでも早く戦争を終わらせる手伝いができるなら、こんな命、惜しくなんてない。



 ロークは昨夜、考え続けて(ほとん)ど眠れなかったが、単調な作業にも眠気を感じなかった。

 乳鉢に乾燥した地虫を入れ、乳棒ですり潰す。

 この地虫たちも、元は命ある者だ。一匹も無駄にできない。

 すり上がった地虫の粉を大皿にあけ、また乳鉢に地虫を追加する。


 ……そうか。モーフ君たちも、きっとこんな気持ちでテロリストになったんだ。


 ロークは、森へ材料を採りに行った自治区民たちを思いながら、手元の作業を続けた。



☆ファーキルと同室にしてもらった……「0246.部屋割の相談」参照

☆最近、道連れになったばかりの少年……「0197.廃墟の来訪者」~「0199.嘘と本当の話」参照

☆祖父と両親は(中略)テロの手助け……「0034.高校生の嘆き」~「0036.義勇軍の計画」参照

☆別の部隊がロークの実家で休息/テロリストと一緒に酒盛り……「0048.決意と実行と」参照

☆実家の焼け跡から、地下室の保存食などは持ち出せた……「0096.実家の地下室」「0097.回収品の分配」参照

☆ヴィユノーク、チス、チェルトポロフ……「0034.高校生の嘆き」参照

☆暴漢に襲われた時……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆グロム港……「0198.親切な人たち」参照

☆彼が作ってくれた魔法の護符……「0147.霊性の鳩の本」参照

☆ラクリマリス王国の湖上封鎖……「0154.【遠望】の術」参照

☆アーテル軍の空襲は、新兵器の【魔哮砲(まこうほう)】で防げる……「0157.新兵器の外観」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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