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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0256.兄妹水入らず

 レノは朝からずっと乳鉢で地虫をすり潰し続ける。

 パンに混ぜる胡麻などをすり潰したことならあるが、こんな物は初めてだ。

 最初は、乳棒越しに伝わる乾いた虫が潰れる感触が気持ち悪かったが、今はすっかり慣れてしまった。


 ……でも、こんなのピナやティスにはさせらんないな。薬師(くすし)の仕事って大変だ。


 もう一台の作業机を見た。

 薬師(くすし)アウェッラーナが、クルィーロから地虫の粉を溶いた水を受け取り、一心に【熱冷まし】の呪文を唱える。宙に浮かせた褐色の濁り液から薬の成分を抜き出すのだ。薬の粉が、砂時計の砂のように白い深皿へ落ちる。


 緑髪の薬師に溶液を渡してすぐ、クルィーロは【操水】の術で水瓶から新たな水を起ち上げた。大皿に盛られた地虫の粉を薬匙(やくさじ)で取って、宙に漂わせた水に混ぜ、水に溶けない不純物を取り除く。


 レノの妹ピナが、できたばかりの粉薬を薬匙で量り、もう一人の妹ティスと、クルィーロの妹アマナが、一回分ずつ薬包紙(やくほうし)で包む。

 みんなも昨日は半日ずっと作業して、すっかり慣れたようだ。面倒な作業ばかりだが、愚痴ひとつこぼさず一生懸命、手を動かす。


 ……忙しい方がいいよな。ヒマしてると余計なコト考えて、気持ちが暗くなりがちだし。


 レノの両隣に座るロークとファーキルも、黙々と地虫をすり潰す作業に励む。すり上がった粉を大皿にあけ、次の地虫を瓶から取った。干からびた虫は軽くてカサカサだ。

 レノは、乳鉢に投入した虫を乳棒で丁寧にすり潰しながら、昨夜を思い出した。



 当初の部屋割は、一人一部屋だった。

 アウセラートルに頼み、家族で一部屋に変えてもらった。他人たちも、何となく気の合う同士でまとまり、一人部屋ではなくなった。

 お陰で、レノとピナとティスの三兄姉妹(さんきょうだい)、クルィーロとアマナの兄妹(きょうだい)は、それぞれ久し振りに家族水入らずで過ごせた。



 部屋で家族だけになった途端、ピナの目から涙がぽろぽろ(こぼ)れた。

 「お姉ちゃん?」

 小学生のティスが驚いて姉に声を掛けた。

 ピナは声もなく、ただ静かに涙を流す。レノは妹の肩を抱き、エプロンのポケットからハンカチを出して涙を(ぬぐ)った。

 「よしよし、今までずっと、頑張ってくれてたもんな」


 妹は、レノの肩を涙で濡らして泣きじゃくった。

 「お父さ……まだ、生きて……何も、できなかっ……何も……」

 「お父さん……おかぁ……」

 ティスも泣きだし、レノにしがみついた。

 レノは二人を慰めようと口を開いたが、言葉にならなかった。何か言えば、自分まで泣いてしまいそうだ。

 顔を横に向け、細くゆっくり息を吐き、気持ちを鎮める。二人の肩を叩いて促して、ベッドに腰掛けた。

 妹二人は左右からレノに抱きつき、声を上げて泣く。レノは何も言えず、ただ二人を抱きしめ、背中を撫で続けた。



 あの日……あの時の記憶が、鮮明に蘇る。

 突然、テロリストが街を襲った。

 レノたち一家が切り盛りする小さなパン屋の椿屋も、レノの幼馴染クルィーロが勤める音響機器工場も、妹たちが通う学校も、何もかもが焼かれた。

 家族はバラバラになったが、なんとか鉄鋼公園まで逃げた。

 クルィーロのお陰で、父と妹たちとは再会できたが、母とは店の前ではぐれたきりだ。


 焼け出された避難者たちは、公園で身を寄せあって夜を明かした。

 ギリギリまで母を待ったが、とうとう会えないまま、役所が用意してくれた避難所行きのバスに乗る。


 移動直後にバスが横転し、多数の死傷者が出た。

 何が起こったか理解できたのは、しばらく経ってからだ。アーテル軍の空襲で、付近に落ちた爆弾の爆風に巻き込まれたのだ。

 レノとピナは、寒くて毛布に(くる)まって乗ったので軽傷で済んだ。ティスも、父が毛布に(くる)んで抱いていたので無事だったが、父自身は重傷を負って意識を失った。


 生存者は炎に囲まれたが、湖の民アウェッラーナのお陰で、運河の(ほとり)まで避難できた。夜になっても鎮火せず、新聞紙を(つな)いだだけの【簡易結界】の外には雑妖が群がり、壁を成す。


 運河にも魔物が居る。


 ついに結界が切れ、雑妖の群が生存者に雪崩れかかった。

 レノはティスを抱き上げ、アウェッラーナについて走る。ピナも、自分とティスの荷物だけを掴んで逃げた。


 まだ、息のある父を置き去りにして……



 ずっと、罪悪感を意識の外へ追いやってここまで来た。

 何かすることを作り出しては、没頭してやり過ごした。

 今を生き延び、妹たちを守り、この先、生きてゆくことだけを考えようと、ずっと気を張り詰めてきた。


 兄姉妹(きょうだい)三人だけになった今、緊張の糸が切れてしまった。


 「お父さあぁん、お母さあぁぁあん……」

 小さなティスが、両親を恋しがって呼ぶ。

 父は、重傷で意識不明だったが、呪医の手当てを受けられれば、助かった筈だ。

 母は、テロリストから逃れる人の群に呑まれて行方不明になった。星の道義勇軍に殺されたか、生き残れたとしても魔物に襲われたか、アーテル軍の空襲で焼かれたか……恐らくもうこの世に居ないだろう。



 生まれ育った街をテロと空襲で焼かれ、帰る場所を奪われた。

 炎に巻かれて逃げ遅れ、雑妖の群に襲われて何とか逃げた先には、何故かテロリストが居た。


 彼らは、一人一人と話してみれば、普通の人、いや、割といい人だった。父を母を街を奪った仇なのに、何故か憎むことも恨むこともできない。

 彼らに憎しみをぶつけることさえできない自分の無力が歯痒い。


 ……俺に力があれば……クルィーロみたいに魔力があれば、父さんも母さんも死なずに済んだのに!


 力ある陸の民クルィーロと、湖の民アウェッラーナには、ずっと助けられてばかりだ。何もできない自分が情けなかった。


 ……今だってそうだ。ピナとティスに何もしてやれない。俺に力がないせいで。


 安全な場所を求めて、()()なく焼け野原の廃墟を彷徨い、ネーニア島を東から西へ横断し、クブルム山脈のザカート隧道(トンネル)を抜けて、隣国ラクリマリス王国へ難民として流れて来た。

 ここは力ある陸の民が多数派で、ほぼ魔法文明国の両輪の国だ。力なき陸の民の自分たちが、いつまでも居られる訳ではない。



 この屋敷も、アウェッラーナが薬師(くすし)だから、ついでに置いてもらえただけだ。

 二カ月後の契約満了で街を出たら、その先どうすればいいかわからなかった。


 少なくとも、星の道義勇軍の三人とは、いつまでも一緒には居られない。

 もしかすると、彼らはヴィエートフィ大橋を渡って、アーテル共和国へ行くかもしれない。

 そこで別れなかったとしても、親の……街のみんなの仇とは、ずっと一緒に居る気になれなかった。



 泣き疲れたティスが、レノにしっかりしがみついて寝息を立て始める。レノはピナの肩を叩いて立たせた。ティスを抱き上げ、そっとベッドに寝かせる。羽布団を掛けると目を覚ました。

 「お兄ちゃ……行っちゃヤダ……どこにも行っちゃ……」

 「あぁ、居る、居るよ。ずっと傍に居るから」

 レノは言いながら、自分もベッドに入る。


 天蓋(てんがい)付きの広々としたベッドは、ティス、レノ、ピナが横になってもまだ充分、余裕がある。

 ピナは泣きやんだが、時折しゃくりあげた。ティスが再び寝息を立てるのを待って、そっとピナの手を握る。


 一日の疲れもあって、目を閉じるとそのまま眠りに落ちた。



 朝になって、三人とも赤く腫れた目でお互いを見たが、何も言わなかった。何か言えば、また泣いてしまいそうだから。

 ピナが殊更(ことさら)に部屋の美しさを褒め、ティスはそれに乗ってはしゃいでみせる。

 使用人が「朝食の準備が整いました」と呼びに来る頃には、すっかりいつもの調子で廊下に出た。



 気が付くと、地虫の粉が大皿に山盛りだ。

 「じゃあこれ、あっちに運ぼうか」

 レノは二人に声を掛けた。

 三人では不安定だ。ファーキルが先回りして、クルィーロの前の大皿を()けた。レノとロークの二人で、クルィーロの前に運ぶ。ファーキルが大皿を傾けて残りを移した。

 空の大皿をこちらの机に置いてすぐ、地虫をすり潰す作業に戻る。


 ……今は……することがある内は、それに専念しよう。先のコトはその時じゃないとわかんないし。


 考えが後ろを向かないように、悪い方へ行かないように、レノは目の前の作業に集中した。



☆当初の部屋割は、一人一部屋……「0246.部屋割の相談」参照

☆突然、テロリストが街を襲った……「0021.パン屋の息子」参照

☆クルィーロのお陰……「0029.妹の救出作戦」「0030.状況を読む力」「0039.子供らの一夜」~「0041.安否不明の兄」参照

☆父と妹たちとは再会……「0050.ふたつの家族」参照

☆移動直後にバスが横転……「0056.最終バスの客」参照

☆息のある父を置き去り……「0071.夜に属すモノ」参照

☆何とか逃げた先には、何故かテロリストが居た……「0072.夜明けの湖岸」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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