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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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258/3502

0255.魔法中心の街

 「街の見物も兼ねて、歩いて行きましょう」

 少年兵モーフは、アウセラートルの提案に後ろめたくなった。薬班は部屋に籠ってずっと作業だ。自分たちだけ気晴らしに行くようで気が引ける。


 「では、お願いします」

 ソルニャーク隊長が了承したので、少年兵モーフは仕方なくついて行った。


 近所のねーちゃんアミエーラが(こしら)えてくれた鞄は、まるでモーフの為だけに作られたようにピッタリだ。

 今朝、鋏とカッター、新品のゴミ袋、塩のお守り袋、それから昨日もらったばかりの銅マグを入れた。

 塩のお守り袋は、少し前にパン屋のレノ店長が作ってくれたものだ。

 鞄を肩から掛けると、少し誇らしい気持ちになり、自然と背筋が伸びた。


 「おっ? 坊主、男前が上がったじゃねぇか」

 「なんだよ、それ?」

 玄関を出て外の日射しを浴びた途端、メドヴェージがいつもの調子でからかってきた。

 ソルニャーク隊長とねーちゃんが苦笑する。先に立って案内するアウセラートルの表情はわからない。


 「何って、褒めてんだよ」

 「何なんだよ、もう。褒めるんなら、これ作ったねーちゃんを褒めろよ」

 「はははっ。それもそうだな。姐ちゃん、あんたスゲエな」

 「いえ……そんな。この形の鞄は簡単ですから」


 アミエーラが謙遜すると、メドヴェージは更に言った。

 「いやぁ、これがプロの仕事なんだな。俺なんざ、糸を(ほど)くのに布破っちまわぁな。坊主、よくみて憶えとけよ。これが一端(いっぱし)の職人の(わざ)って奴だ」

 結局、モーフに話が戻って来た。

 面倒なのでテキトーに頷いてみせ、アウセラートルの背を追う。


 ……これで、家一軒だけなんだよな。


 昨日、少年兵モーフたちが泊めてもらった部屋だけでも、リストヴァー自治区のバラック十軒分以上あった。家全体は、少しだけ通った学校より大きい。庭も入れれば、これまで働いたどの工場よりも広かった。


 ……こんだけ土地がありゃ、淡水化プラント何基置けんだよ? いや、湖から離れてっからムリか。


 愚にもつかないことを考えながら歩いても、まだ門に着かなかった。


 「アウセラートル様、おはようございます。どちらまで?」

 「ちょっと街を案内して、森まで行く。昼には戻る」

 「お気をつけて」

 少年兵モーフは、個人の家に門番が居ることに驚いた。

 自治区では、発電所や淡水化プラントのような重要な施設や、自治区外に本社がある大企業の工場にしか居ない。


 ……姉ちゃんと母ちゃんにも、見せてやりたかったな。


 あの号外の写真を思い出し、涙が(こぼ)れそうになる。少年兵モーフは、歯を食いしばって前を見た。



 ドーシチ市の街並は、先に見たモールニヤ市とあまり違わない。

 石畳の道の両脇に建つ家はどれも立派で、壁や扉には似たような模様がある。魔法使いの工員クルィーロが、トラックの荷台で、あれは【魔除け】などの呪文だと教えてくれた。

 ラクリマリス王国は、みんな魔法の家なのだ。キルクルス教徒の自分たちがこんな場所を歩くなど、夢にも思わなかった。


 ……でも、キレイなとこだよな。


 道行く人々の服装も、みんな清潔で立派だ。

 誰一人として、垢染(あかじ)みて破れた服や、継接(つぎは)ぎだらけのボロなんか着ていない。服にも建物と似たような模様……何かの呪文があった。


 ラキュス湖に浮かぶ同じネーニア島の中で、こんなにも違う。


 ここはこんなにも平和だ。

 アーテル共和国とネモラリス共和国に挟まれた場所だが、戦争なんか全く別世界の出来事のようだ。

 少年兵モーフは、不思議でならなかった。



 石畳の道を歩き、商店が並ぶ一角を通った。

 どの店も、ゼルノー市より(にぎわ)う。商人と買物客は、アウセラートルの姿に気付くと、誰もが愛想良く挨拶した。


 自治区民の四人は、何となく少し離れて歩き、彼と無関係を装う。

 針子のねーちゃんはともかく、男連中は交換品やファーキルにもらった服に着替えてもまだ、みすぼらしい。彼と並んで歩くのは、気が引けた。

 アウセラートルは、四人の胸中を知ってか知らずか、同じ歩調で前を行き、振り向きもしない。四人は、雑踏の中で大柄な名士を見失わないよう、ついて行った。



 広場に出ると丁度、朝市が終わったところで、片付けの最中だ。


 ……ホントなら、ここで泊って、普通に商売してたのになぁ。


 アウセラートルは、店仕舞(みせじま)いする農家らとも、にこやかに挨拶を交わす。顔が広いと言うか、この街でアウセラートルを知らない者は居ないようだ。



 広場を出て、職人の工房らしきものが多い通りに入る。

 急に人が減り、淋しい感じの通りを端まで歩くと、ちょっとした広場に出た。一角にガソリンスタンドがある。男の店員がヒマそうに店の窓を拭く。

 「ここが、このドーシチ市で唯一の燃料販売店です。みなさんが街を離れる際に給油できますよう、手配致します」

 「おう、ありがとよ」

 運転手メドヴェージは気安く答えた。



 広場を出ると、ドーシチ市の東門だ。

 今は開け放たれ、門番などは居ない。石造りの門柱と鋼鉄の門扉にも、呪文が隙間なく彫り込まれて物々しい。


 ……これが、ほぼ魔法文明国の街なんだ。


 少年兵モーフが生まれ育ったリストヴァー自治区には、大小たくさんの工場が建ち並び、いつでも機械の駆動音が響く。

 工場前の大通りには、トラックなどの大型車輌がひっきりなしに行き交う。何軒もあるガソリンスタンドはどこも賑い、威勢のいい店員たちはいつも忙しそうだ。


 いつだったか、どこかの工場で事務のおばちゃんに教えてもらった。

 ガソリンスタンドの店員になるには、ちゃんと学校を出て、うんとお勉強して、危険物取扱の免許を何種類も取らなきゃいけないのよ、と。

 生計を支える為、(ほとん)ど学校に行けないモーフは、それを聞いて諦めた。



 ここには、工場の煤煙も廃液やヘドロの臭いも、色んな油や排気ガスの臭いもない。ただ埃っぽいだけの風に、家や店から流れた食べ物の匂いが混じって漂った。



 門から出ると、目の前に何もない草地が広がった。

 アスファルトで舗装された国道の両脇は、来る時に街の北側で見たのと似たような草が生い茂る。


 少し離れた所に木の柵があった。その向こう側は規則正しく緑の草が連なり、何かする人の姿も見える。

 森はずっと遠くで影絵になり、もっと遠い空の下で、雲を(まと)った山脈が(かす)む。


 「この道沿いにもう少し行くと、街の人の畑、森の手前は共同の薬草畑です」

 アウセラートルが簡単に教えてくれたが、少年兵モーフは畑を見たことがない。


 自治区の西にあって、麦や野菜を育てる所で、そこの物を盗んだら殺される。

 それだけだ。

 星の道義勇軍が、バラック街にプランターを置いて野菜を育てようと試みたこともあるが、上手くゆかなかった。


 ……そう言や、ソルニャーク隊長は昔、農業地帯に住んでたって言ってたな。


 どんな思いでこの景色を見るのか気になったが、聞くのは怖いような気がする。代わりに、近所のねーちゃんに聞いてみた。

 「ねーちゃん、畑って見たことある?」

 「あるよ。農家に婚礼衣裳を作りに行ったことがあってね、その時に」

 「ふーん」

 「なんだ、坊主。畑が気になんのか?」

 「ん? あぁ、まぁな。おっさんも見たことあんのか?」


 メドヴェージは、誇らしげに胸をちょっと反らして笑った。

 「そりゃあるともさ。しょっちゅう肥料や家畜の餌を配達しに行ったぞ」

 「ふーん……」

 モーフがそれきり黙ったので、二人は何も言わないでくれた。


 ……見たことねーの、俺だけかよ。


 足を前に進めると、畑が視界でだんだん大きくなる。

 膝の高さに伸びた草が整然と並び、時折吹く風に揺れて一斉にお辞儀した。

 「坊主、こいつは小麦畑だ」

 「これが?」

 「そうだ。まだ育ててる途中で、収穫すンのは六月頃になるな」

 「へぇー……」

 少年兵モーフは、アミエーラが小さく頷くのを見て感心した。


 ……おっさん、意外に物識(ものし)りなんだな。


 麦畑の脇を通り、野菜畑に差しかかる。

 畑にしゃがんで何かするおばさんが、アウセラートルに気付き、立ち上がって挨拶した。地元の名士は気さくに応じ、どんどん先へ行く。

 道路の左右どちらを見ても、見渡す限り畑が続く。



 アウセラートルが薬草畑の手前で立ち止まり、改まった口調で隊長に言う。

 「実は今、薬師(くすし)の養成学校を準備中なのです」

 「我々にどんな関係が?」

 ソルニャーク隊長はそっけなく返し、歩みを止めなかった。


 アウセラートルは横に並んで歩きながら、気にせず話し続ける。

 「他所の街の薬師様にお願いして、【思考する(フクロウ)】学派の魔道書の解説書を執筆していただきました」

 「独学でも薬を作れるように、ですね?」

 隊長の言葉にアウセラートルは大袈裟に驚いてみせた。

 「ご明察です、それで……」

 「ウチの薬師(くすし)の姐ちゃんに先生やってくれっつーのは、勘弁してくれよ」

 メドヴェージが口を挟む。


 アウセラートルは肩越しにちらりとメドヴェージを見たが、すぐに隣を歩く隊長へ視線を戻した。

 「先生と申しましょうか、薬を作る作業を見学させていただきたいのです」


 薬師候補生は既に決まっており、解説書の印刷が上がり次第、学び始める。解説書は来月頭には届く予定だと言う。

 契約期間中だ。


 「指示を出して下されば、彼らに薬作りを手伝わせても構いません」

 「なんだ。やっぱり姐ちゃんに先生やらす気じゃねぇか」

 「……そう思いますか?」

 アウセラートルは叱られた犬のような顔でメドヴェージに聞き、ソルニャーク隊長を窺った。


 隊長が前を向いたまま答える。

 「そのような契約ではなかった筈だ」

 「えぇ、恐れ入ります。それでは、改めて、報酬を上乗せして追加契約を」

 「本人に聞いてくれないか? 私は彼女に命令できる立場にない」

 アウセラートルは驚いた顔で立ち止まり、後ろを歩く少年兵モーフたち三人に向き直った。


 湖の民の薬師(くすし)アウェッラーナと同室に泊ったアミエーラは、困惑して口を(つぐ)む。

 少年兵モーフは、ひとつ頷いて隊長の発言を肯定してみせた。メドヴェージがにやりと笑う。

 「あのな、あの薬師(くすし)の姐ちゃんは、あぁ見えて俺らよりうんと年上なんだ。俺ら小童(こわっぱ)共が偉そうに意見なんざできねぇんだよ」


 アウセラートルは三人の反応を見て寸の間考え、小さく息を漏らした。

 「わかりました。では、後程(のちほど)改めてお話させていただきます」


 その後は森に着くまで、誰も何も言わなかった。


☆塩のお守り袋……「0171.発電機の点検」参照

☆星の道義勇軍が、バラック街にプランターを置いて野菜を育てようと試みた……「0046.人心が荒れる」参照

☆農家に婚礼衣裳を作りに行った……「0153.畑の道を行く」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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