0254.無謀な報復戦
「どうしてそんな無茶を……!」
呪医セプテントリオーは言葉を失った。
治療を終えた患者が、申し訳なさそうに眼を逸らす。
彼らネモラリス人有志は、アーテル軍の武器庫に術で侵入した。
知らない場所は無理だが、見える範囲になら跳べる。双眼鏡や【遠望】の術で位置を確認し、夜陰に乗じて【跳躍】したのだ。
窓越しに内部を確認して侵入し、【無尽袋】で銃や手榴弾などを手当たり次第に持ち出した。
奪った武器で目標を攻撃するのだが、近代兵器の訓練を受けた者は居ない。暴発や攻撃の巻き込みで、死傷者が後を絶たなかった。
「恥ずかしい話、アーテル軍の反撃より、自滅の方が多いかもしれません」
「どうしてそんな無茶を……」
患者は眼を逸らしたまま、ぽつりぽつりと言葉を発する。
「訓練できる人が居ないから……呪医、知り合いに退役軍人とか居ませんか?」
「……いえ、特には」
セプテントリオーが首を横に振る。患者はその動きを視界の端で捕え、残念そうに声を落とした。
「俺ら魔法使いったって、【鷹】や【鷲】の術は知らないんで、埒が開かないんですよ」
「だからってそんな……アーテルの本屋に教本はねぇのか?」
葬儀屋アゴーニが見かねて口を挟んだ。患者は眼を上げ、緑髪の葬儀屋を窺う。
隣のベッドの患者が、代わりに口を開いた。
「アーテルのカネがないし、魔道書と一緒で、読んだだけですぐ実戦で使えるワケないだろ」
「そうですか……」
呪医と葬儀屋も、納得せざるを得なかった。
魔術は、力ある民が呪文を覚えただけですぐに使える物ではない。
術者の霊的、身体的な適性や魔力の制御、強さなど、様々な条件で使用の可否が分かれる。
セプテントリオーが修めた傷を癒す【青き片翼】学派や、魔法戦士が修める【急降下する鷲】学派、自ら戦い得る武器職人の【飛翔する鷹】学派が少ないのは、この為だ。
「でもよ、あの警備員……なんつったか。あいつは確か【急降下する鷲】だったよな」
「教えてもらったからって、誰でも使えるワケじゃありませんよ」
「教えてもらって、できるようになった人たちは、ちゃんと術で戦ってますよ」
アゴーニに問われ、患者たちは口々に言った。
「しかし、適材適所と申しましょうか。実戦は魔法戦士の方々に任せて、それ以外の方は調達など、他のことに専念なさった方がよろしいのではありませんか?」
呪医セプテントリオーは、彼らの無謀な戦い方を訝しんだ。
魔法戦士が居ながら、何故、戦えない者まで戦場に駆り出すのか。これではむざむざ命を捨てるようなものだ。
「最初は、そうしてたんです。でも……」
「でも?」
最初の患者が、弱々しく息を吐いて語った。
「アーテル軍の反撃でどんどん戦士が減って、それで武器をかっぱらって素人の俺たちも戦うようになって」
「そしたら、武器庫の警備が厳重になって、このザマだ」
呪医セプテントリオーと葬儀屋アゴーニは、顔を見合わせて溜め息を吐いた。
作戦らしい作戦がない。何故、こんな行き当たりばったりなのか。
……ここで末端の彼らに意見しても仕方がないな。指導者に直接、掛けあおう。
「指導者……作戦の指揮官はどなたですか?」
「……いえ、知りません」
「お前、シキカンって奴、知ってる?」
「いや? ……オリョールさんたちなら知ってるかも?」
患者の答えに呪医と葬儀屋は驚いた。
隠れ家を知られない為、居場所だけを明かさないならわかる。だが、誰が仕掛けた戦いかも知らず、彼らは死地へ送り出されたのだ。
「では、質問を変えましょう。普段、作戦を立てたり攻撃目標を決めたりするのは、どなたが?」
「みんなで話し合って決める時もあれば、どっかから連絡が来て、オリョールさんがそれを伝えてくれる時もあります」
警備員オリョールは、複数の隠れ家があると言った。
こんな行き当たりばったりでは、攻撃目標の重なった現場で混乱が生じなかったのだろうか。
「有難うございました。みなさん、今はゆっくり休んで身体を治して下さい」
呪医と葬儀屋が部屋を出て、警備員オリョールの姿を探す。
セプテントリオーは、廊下を歩きながら考えた。
ここはアーテル共和国領ランテルナ島だと教えられた。島に住む協力者がこの別荘を隠れ家として提供してくれたと言う。
庭も含めた広大な敷地には、ネモラリス人有志しか居ない。庭には薬草畑もあったが、所有者が以前から育てるのか、開戦後に植えられたのか不明だ。
所有者は相当な有力者だろう。
人を使って武器や戦闘の教本を取り寄せるくらい、容易い筈だ。
この別荘は、どんな伝手で誰に提供されたのか。引っ掛かった。
病室として使う別室から、手伝いの老婦人が出てきた。アゴーニが気安く声を掛ける。
「よぉ。オリョールさんを見なかったかい?」
「オリョールさんは今、作戦行動中ですよ」
二人は内心、先程そこで会ったばかりなのにと歯噛みした。
「そうですか。何時頃お戻りか、わかりませんか?」
「さぁ……? 私は、どこへ行って何をするんだか、教えてもらえませんので」
老婦人は申し訳なさそうに目を伏せ、言外に帰る保証はないと匂わせた。
「お気になさらず。つかぬことをお伺いしますが、この別荘がどなたの物で、どなたが借りたか、ご存じありませんか?」
「あぁ、ここは私の親戚の別荘なんですよ」
老婦人は表情を和らげて湖の民二人を見た。
この別荘は、保養の為に建てられたものではない。
半世紀の内乱中、彼女の親戚がキルクルス教徒の爆撃から身を守る為、避難所としてランテルナ島の森に建てたと言う。
初めて訪れる者の為、ここまでの道はあるが、幻術で隠され、木立が茂る行止まりに見える。力なき民は立ち入れない。いや、近付くことさえできなかった。
別荘を中心に、異界の層を半球型に薄く巡らせて固定し、別荘の敷地は位相をずらした所にあった。
雨も爆弾も通さない特殊な防壁だ。固体と液体は通さないが、気体……風と、光や電波などのエネルギーは透過する。
魔物の出入りが起きぬよう、膜の内外に【送還】の魔法陣を敷き、別荘と周辺地域を守る。
地下には防壁がない為、飲料水は地下水を利用できる。また、モグラや土中に棲む虫などは出入りできた。
自身が力ある民か、力なき民なら【魔力の水晶】などを持たない限り、防壁を越えられない。
「私が、ネモラリスの戦争難民をしばらく匿って欲しいってお願いしたら、貸してくれたんです。消毒薬と食べ物もくれて」
「そうでしたか。有難うございます」
老婦人は、呪医に微笑み返して付け加えた。
「でも、みんなには内緒にして下さいね。外で話が漏れると厄介ですから」
「えぇ、それはもう……それからもうひとつ、ついでによろしいですか?」
「何でしょう?」
老婦人は、少し緊張した目を湖の民の呪医に向けた。
「ここしばらく、バタバタしていてすっかり失念していましたが、有志の指導者の方にご挨拶をと思いまして」
「……いえ、存じません」
老婦人の柔和な顔にさっと影が差し、そそくさと廊下の奥へ去った。
その姿が角を曲がって見えなくなるまで見送り、アゴーニが呟いた。
「ありゃ、何か知ってるツラだ」
セプテントリオーは小さく頷き返し、病室に入った。
ここでも、診察のついでに同じ質問をする。
皆一様に首を横に振った。
「呪医、そんなコト聞いてどうすンです?」
患者の一人に尤もなことを聞き返された。
セプテントリオーは病室を見回し、その患者に視線を戻して答える。
「あまりにも負傷者が多いので、もう少し、戦い方を何とかしてもらえないか、掛けあってみようと思いまして」
「呪医に苦労掛けてすみません」
「いえ、そう言う意味ではないのです」
病床に伏したまま頭を下げる男性に慌てて言い繕い、一呼吸置いて続けた。
「仇を討つ為なら命さえ惜しくないと言う決心は立派です。しかし……だからと言って、命を無駄にしていいワケではありません」
「呪医……俺たちは戦いの素人で、上手い戦い方なんてわかんないンですよ」
「だからこそ、もっと効率よく、安全な戦い方が必要なんです」
セプテントリオーが答えると、奥のベッドから声が挙がった。
「でも、死ぬ時でも、隠れ家に帰れば、命は無駄になりませんよ」
死体を焼いて【魔道士の涙】を取り出せば、魔力の供給源として様々な用途に使える。
「俺たちみんな、ひとりぼっちなんだ」
「空襲で何もかも焼けちまったんです」
「家族も友達も近所の連中も、職場も街も……全部……!」
「呪医たちは悔しくないンですか」
葬儀屋アゴーニは静かに見守る。
セプテントリオーは、患者たちが静かになるのを待って答えた。
「私も、半世紀の内乱で全てを失いました。でも、生きていなければできないことがあるので、こうして永らえています」
何人かが息を呑んだ。
「ですから、みなさんも、命を捨てることを目的にせず、生きて、できることを考えて下さい」
黙って遣り取りに耳を傾けたアゴーニが、呪医のその言葉を待っていたかのように口を開いた。
「あのな……【魔道士の涙】も恨みを抱いたままだと、穢れを生んで、魔物や雑妖を呼び寄せちまうんだ」
患者たちの目が驚きに見開かれ、緑髪の【導く白蝶】学派の術者に集まる。
葬儀屋アゴーニは視線を受け留め、淡々と続けた。
「アーテル憎しで凝り固まってくたばったんじゃ、【涙】も使いモンにならなくなる。よく覚えといてくれ」
アゴーニが締め括ると、患者たちは声もなく頷いた。
……せめて、兵法の本でも手に入ればな。
先程、別室の患者にはあぁ言われたが、何もないよりはマシだろう。
湖の民であるセプテントリオーやアゴーニたちが、この街の本屋へ行くワケにはゆかない。隠れ家の外へ出れば、自分たちの緑髪は目立つことこの上なかった。
だからこそ、警備員オリョールは、ここで治療に専念するよう要請したのだ。
陸の民の有志に頼むしかないが、アーテルでの取引形態がわからない。
ラキュス・ラクリマリス共和国時代のまま、物々交換が主流ならいいが、他の科学文明国のように現金などでの取引が主流に変わったなら厄介だ。
まず、アーテル共和国発行の貨幣を手に入れなければならない。
……別荘の提供者に頼むのは、無理だろうな。
ネモラリス人有志は恐らく、目的を隠し、難民の保護名目でこの別荘を借りたのだろう。身内の老婦人が居るから、まさか悪事に使われることはなかろうと、信用した筈だ。
……八方塞がりだな。
今のセプテントリオーは、ネモラリス共和国内の医療産業都市クルブニーカとゼルノー市、その周辺の村々しか詳しく知る場所がない。
子供の頃は、家族とフナリス群島で暮らした。もう数百年も前のことで【跳躍】の目標にできる程の記憶がなかった。
何度か、ネモラリス島付近にある女神の神殿へ連れて行かれたが、あそこはアテにならない。最近訪れたのは、半世紀の内乱で殺害された家族の葬儀だ。
若い頃、軍医として各地を転戦したが、記憶が定かでない場所には【跳躍】できない。
「そうだ……みなさんはここで作戦会議をして、攻撃目標を決めていらっしゃるんですよね?」
「はい。それが……?」
患者の声に不安と好奇心が混じりあって滲む。
呪医セプテントリオーは、なるべく何でもない調子で答えた。
「情報の分析や活用なら、私にも少しばかりお手伝いできますから」
「呪医にそんなコトまでしていただくワケには……」
手前の患者が弱々しい声で恐縮する。
セプテントリオーはゆっくり首を横に振り、患者たちを見回した。
「みなさんが、少しでも傷を負わないようにしたいんです」
しばしの沈黙の後、患者の一人が口を開いた。
※ 【鷹】や【鷲】の術
【飛翔する鷹】学派……「0015.形勢逆転の時」「0182.ザカート隧道」「0216.説得を重ねる」「0221.新しい討伐隊」参照
【急降下する鷲】学派……「0033.術による癒し」「0108.癒し手の資格」「0181.調査団の派遣」「0216.説得を重ねる」「0227.魔獣の討伐隊」参照
実戦使用……「0233.消え去る魔獣」参照
☆あの警備員……オリョール「0216.説得を重ねる」「0240.呪医の思い出」参照
☆警備員オリョールは、複数の隠れ家があると言った……「0228.有志の隠れ家」参照
☆【導く白蝶】学派の術者……「0016.導く白蝶と涙」参照
☆警備員オリョールは、ここで治療に専念するよう要請……「0216.説得を重ねる」参照
▼【飛翔する鷹】学派の徽章
▼【急降下する鷲】学派の徽章
▼【青き片翼】学派の徽章




