表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

255/3511

0252.うっかり告白

 アミエーラは、湖の民アウェッラーナと同じ部屋に通された。

 使用人が、アウェッラーナのコートと鞄を預かり、奥のクローゼットに掛ける。アミエーラが自分で片付けようとすると、使用人がそっとコートと重いリュックを受け取った。

 「あ、えっと……」

 こんな丁重に扱われた経験がなく、頭が真っ白になる。

 使用人は無言で寝床を整え、「どうぞ、ごゆるりとおやすみ下さいませ」と一礼して退室した。



 ここも豪奢な部屋だ。

 アミエーラが今まで見たどの部屋よりも立派で、寝台だけでも、リストヴァー自治区で家族と暮らしたバラック小屋より広い。

 寝台には屋根があり、小部屋のような造りだ。ビロードのカーテンが片側だけ開けられ、中が見えた。布団は色とりどりの花模様で、夢のように美しい。ふたつ並んだ枕にも同じ模様がある。

 寝台近くに置かれた鏡台は、金で象嵌(ぞうがん)された彫刻が施され、触れるのが畏れ多いくらい豪華だ。



 「あ、あのっ、アウェッラーナさん」

 「はい?」

 「えっと、あのっ、私なんか、相部屋にして下さって、ありがとうございます」

 「いえ、私の方こそ、広過ぎて落ち着かなかったので助かります」

 互いにひとしきり頭を下げ合い、寝台に腰を降ろす。ふかふかの布団が二人をふわりと受け止めた。


 「今日は、朝早くから大変だったそうで……すみません」

 「いっ、いえっ、アウェッラーナさんのせいじゃありませんし、まさか、あんなコトになるなんて誰も思いませんでしたから……」

 緑髪の薬師(くすし)は表情を幾分か和らげたが、小さく息を漏らした。

 「まさか……か。そうですよね。手前の街では、こんなコトなかったのに……どうして……」


 「あ、あのっ、私、えっと、私たち、材料がなくなっちゃったんで、明日、採りに行くんです」

 薬師(くすし)は怪訝な顔で、緊張でしどろもどろのアミエーラに緑の目を向けた。

 湖の民と二人きりになっただけで、何故こんなに緊張するのか、自分でもわからない。それでもどうにか言った。


 「あのっ、それでっ、気になるんでしたら、私、聞いてきましょうか?」

 アウェッラーナは目を閉じて(うつむ)いた。


 ……もしかして、何かとんでもないコト言っちゃった?


 アミエーラは気マズい沈黙に声もなく、湖の民の横顔を見詰めた。

 緑髪が白い頬にはらりと掛かる。中学生くらいの女の子にしか見えないが、半世紀の内乱中に生まれたと言う。少なくとも、アミエーラの倍以上の歳月を生き延びた大人だ。しかも、ちゃんと魔法を使える。

 この状況には、アミエーラには想像もつかない問題があるのだろう。


 「お願いしていいですか?」

 「は、はいっ! いいですよ。やっぱり、気になりますよね」

 「もしかしたら、アウセラートルさんたちが契約を守ってくれても、この街から出られないかもしれません」

 安請け合いしたアミエーラは、薬師(くすし)の思わぬ言葉に顔を引き攣らせた。


 「隊長さんにも相談して、危なそうだと思ったら、深入りしないで下さいね」

 薬師に真剣な面持ちで言われ、アミエーラは戸惑った。


 ……危険? どうして? 街に薬師さんが居ないワケを聞くだけなのに?


 「アウセラートルさんたちは、街で唯一の薬師が亡くなったからだと」

 「あ、聞いてらしたんですか」

 アミエーラは拍子抜けしたが、あの大男が本当のことを言った保証はない。薬師アウェッラーナは信じられないのだろう。


 「それも理由のひとつだと思いますが、何か、引っ掛かるんです」

 緑髪の薬師は声を潜めた。


 彼の話の真偽はわからない。本当だとしても、何か重要な部分を隠された気がする。改めて言われれば、難民の一団に過ぎない自分たちが、厚遇される理由もわからない。ドーシチ市民の魔法薬への渇望は、恐ろしい程だった。


 ……確かに、約束通りにお薬を作っても、街から出られないかもしれないわ。


 今朝の暴動を思い出し、アミエーラは身震いした。

 「街の外へ、自治区のみなさんだけでって言うのは……」

 「アウセラートルさんが来て下さいますし、ここに【魔除け】のお守りもありますから、大丈夫ですよ」


 「ロークさんから借りたんですか?」

 アミエーラは、心臓を氷の手で掴まれたような気がした。

 緑髪のアウェッラーナが、口を滑らせて黙り込んだ針子に笑顔で言う。

 「あ、別にダメってワケじゃないんです。魔法の護符を身に着けるの、キルクルス教徒の方にはキツイかなって」


 アミエーラは、上着越しに仕立屋の店長がくれた【魔除け】の護符を握った。山道でずっと守ってくれた。これがなければ、何度も命を落としていただろう。


 時が来ればいずれ、伝えなければならない。思い切って襟元(えりもと)から引っ張り出す。

 首から提げた護符の袋は、実際以上に重く感じられた。


 「それは……」

 薬師アウェッラーナは、一目でロークの私物や、トラックの備品ではないと見抜いたらしい。

 針子のアミエーラがこくりと頷く。ひとつ大きく息を吸って腹に力を入れ、答えを口にした。


 「自治区で、仕立屋の店長さんからいただきました」

 「まさか……」

 フラクシヌス教を信仰する湖の民が言葉を失う。

 「私の祖母は力ある民です。生前に預かった店長が返して下さったんです」


 緑の瞳が、驚きに見開かれる。


 アミエーラは、護符の小袋から【魔力の水晶】を取り出して、(てのひら)に乗せた。途端に、透き通る水晶に淡い光が灯る。

 「アミエーラさん……」

 信じられないと言いたげな瞳が【魔力の水晶】と、キルクルス教徒の針子を見詰めて揺れる。アミエーラの口は、一度伝えると決心した後は、滑らかに動いた。

 「私が……祖母に似て魔力があると知ったのは、つい最近です」

 緑の瞳が、アミエーラの青い瞳にまっすぐ向けられる。



 包み隠さず伝えるとは言え、言葉は慎重に選びながら続けた。

 「自治区で生まれて、聖者キルクルスの教えを受けて育ったので、魔法は知りません」

 「えっと、じゃあ、これから、どうするんですか?」

 それには首を横に振るしかなかった。


 「……わかりません。信仰に従ってアーテルに渡った方がいいのか、魔法の勉強をして、フラクシヌス教に改宗すればいいのか、何も……何もわかりません」

 これから何者として、どこで、何をして生きればいいのか。


 何ひとつわからない。


 湖の民アウェッラーナは、予想外の告白に衝撃を受け、揺れる瞳を伏せた。

 「そ、そうですよね。そんなの、急に決められませんよね」



 重苦しい沈黙が、豪奢な寝室に降り積もる。

 どのくらい経ったか、湖の民が顔を上げた。


 「お祖母さんも、魔法を使えない方ですよね? それなら同じように」

 「いいえ。祖母は……祖母の手帳があります。見ていただけますか?」

 アミエーラは自分で答えるのはやめ、クローゼットからリュックを引っ張り出した。手帳は、山道から掘り起こした後、底に仕舞い込んだままだ。


 古びた手帳三冊を寝台に並べ、表紙に(一)と書かれた手帳を差し出した。

 「いいんですか? 大事なものなんじゃ……?」

 「一人で見るの怖くて、まだ見てないんです」

 「じゃあ、一緒に見ましょう」

 薬師(くすし)はアミエーラを安心させるように微笑むと、小さく頷いて表紙を(めく)った。


 「呪文の覚書(おぼえがき)ですね。【霊性の鳩】の初歩的な術です」

 「えっ?」

 アミエーラには読めない文字が、丁寧な筆跡で(したた)めてある。



 薬師がページを開きながら、説明してくれた。

 最初のページは力ある言葉の呪文、次が発音と湖南語訳、三ページ目に効力と注意点。ひとつの呪文の使い方の説明を三ページ一組にまとめてある。

 「お祖母さんも、私たちが図書館でしたのと同じことをなさってたんですね」



 針子のアミエーラと出会う前、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)のみんなは、図書館に立ち寄った。星の道義勇軍の三人とロークは地図を書き写し、フラクシヌス教徒のみんなは、魔道書から役立ちそうな呪文を書き写したと言う。

 トラックをみつけて道路の瓦礫を取り除き、本格的な移動を始める前に必要な情報を三日掛けて集めたのだ。



 「……そんなことがあったんですか」

 「えぇ。お祖母さんも、もしあなたが力ある民だったら、自治区を出ても暮らせるように用意して下さったんでしょうね」

 手帳を埋めた時、祖母に言われた言葉を思い出した。



 「アミエーラ。本当に困った時は、これを出して使いなさい」



 幼いアミエーラは、こんな物が何の役に立つか想像もつかず、ただ首を傾げた。


 「使えるように、うんとお勉強を頑張るのよ」


 ……使えるように……お勉強。


 アミエーラが忘れただけで、祖母は、孫娘が力ある民だと知っていたのだろう。

 だから、いつか使えるように呪文の覚書を一緒に埋めに行ったのだ。

☆リストヴァー自治区で家族と暮らしたバラック小屋……「0027.みのりの計画」参照

☆朝早くから大変だった/ドーシチ市民の魔法薬への渇望……「0235.薬師は居ない」~「0238.荷台の片付け」参照

☆手前の街では、こんなコトなかった……「0217.モールニヤ市」~「0219.動画を載せる」「0222.通過するだけ」「0223.ドーシチ市へ」参照

☆街で唯一の薬師が亡くなったから……「0231.出店料の交渉」参照

☆仕立屋の店長がくれた【魔除け】の護符……「0091.魔除けの護符」参照

☆山道でずっと守ってくれた……「0102.時を越える物」「0118.ひとりぼっち」参照

☆祖母の手帳……「0102.時を越える物」「0118.ひとりぼっち」参照

☆私たちが図書館でしたの/必要な情報を三日掛けて集めた……「0147.霊性の鳩の本」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ