0251.蔓草細工の班
少年兵モーフたちの蔓草班は、イベントトラックに戻った。
集めた蔓草と、繕いが必要な布団と服を抱え、使用人の案内で屋敷に戻る。
長い廊下を通り、奥の作業部屋に通された。
がらんとした部屋は小さな工場並に広い。大きな作業机が、真ん中に二台置いてある。天井には円形のキレイな模様があり、ぼんやり光って部屋全体を照らす。
使用人に手伝ってもらって、布団と服、素材を手前の机に置いた。
「それでは、ご用の際は廊下でこれを鳴らして下さい」
使用人が、ソルニャーク隊長に小さなベルを渡す。隊長が試しに振ると、澄んだ音色が思ったより大きく響いた。
使用人が恭しく一礼して扉を閉める。四人だけになると、誰からともなく溜め息が漏れた。
近所のねーちゃんアミエーラが、用意された裁縫箱を開けて息を飲む。
モーフが横からそっと覗くと、見たこともなキレイな鋏や、使い方のわからない細々した道具、色とりどりの糸が行儀よく並んで、使われるのを待つのが見えた。
「……すげぇキレイだな」
やっとそれだけ言ったモーフに、ねーちゃんが戸惑った顔を向けた。
「えぇ。こんな立派なの、ホントにいただいちゃっていいのかな?」
メドヴェージが笑い飛ばす。
「そんなモン、くれるっつーんだから、ありがたーく、もらっとけよ」
「そうですか?」
「こんだけのお大尽だ。裁縫道具のひとつやふたつ、屁でもねぇだろ」
自信満々に言われ、アミエーラの肩から力が抜け、モーフもホッとする。
ソルニャーク隊長が、もうひとつの作業机に蔓草を広げた。モーフとおっさんが慌てて机を回り込んで手伝う。
三等分に分けた素材を前にして、隊長が眉間に皺を寄せた。
「どうしやした?」
「思ったより少ないな……」
「そう言われりゃ、今日一日で使い切りそうですな」
「明日にでも外へ採りに行かねばならんが……」
大人二人がどうしたものかと考え込む。
……森の入口にいっぱい生えてたし、楽勝だろ?
モーフは、考え事の邪魔をしては悪いと思い、口には出さなかった。作りかけの籠を取って続きを編む。
前の街では、蔓草細工もそれなりに売れた。古着や食器と交換してもらえたが、食器は割れてしまった。
蔓草細工と交換の服は、誰も着られない大きさばかりだが、ねーちゃんは、解体して別の物を作ると言う。
今はせっせと破れた布団を繕う。
……破った奴が弁償しろよな。何でねーちゃんが縫わなきゃなんねぇんだよ。
「使い切ってからアウセラートル氏に相談しようか」
「そうするしかありやせんな」
話がまとまり、二人も蔓草細工に取り掛かった。トラックの中でロークが余分な枝葉を払ってくれたおかげで、どんどん編み進められる。
四人とも無駄口ひとつ叩かず、それぞれの作業に没入した。
……二カ月もこんなトコでこんなコトばっかしてたんじゃ、鈍っちまうよなぁ。
モーフは素材採取に大賛成だ。
傷薬の薬草はすっかり覚えたから、ついでにそれも採ってこよう。採り貯めて乾燥させれば、後で湖の民の薬師にたくさん作ってもらえる。
今の内になるべく売り物を作り置きして、次の街では困らないようにしたい。
モーフは生まれて初めて、先々を考え、自分で計画を立てた。
ささやかだが、自分で状況を考えて判断し、誰にも強制されず、自分で決めたことをする。
それが嬉しくて仕方なかった。
蔓草は、夕飯前に使い切ってしまった。
ソルニャーク隊長は、農作業で被る日除けの鍔広帽ひとつ。メドヴェージは目が詰まってしっかりした鍋敷き五つ。モーフは買物籠をふたつ作った。
アミエーラは布団の繕いを終え、解体した服で鞄を幾つも拵えた。
「鞄がない人の私物入れにしようと思って」
「すッげぇ。着らんねぇ服が、こんな立派な鞄になンのかよッ?」
モーフは感嘆して、ひとつ手に取った。
肩掛け鞄で持ちやすい。肩紐の長さは、モーフにぴったりだ。ボタンで留められた蓋を開けると、中にはポケットがあって、細かい物もバラバラにならずに片付けられる。
メドヴェージも感心した。
「誂えたみてぇにぴったりだな」
「ねーちゃん、これ、ホントに俺たちが使っていいのか? 売りモンにした方がよくねぇか?」
モーフは生まれてこの方、こんな立派な鞄に触ったことがない。高く売れそうな気がした。近所のねーちゃんアミエーラが、にっこり微笑んで頷く。
「モーフ君、使っていいよ。気に入った?」
「うん!」
「まずはみんなに必要な物を作って、余った物を売る方がいいと思うの」
針子のアミエーラがソルニャーク隊長を窺う。隊長はやわらかな笑顔を返した。
「よかったな。モーフ」
「はいッ! ねーちゃん、ありがとう! 俺、大事にする!」
「どういたしまして」
「よかったなぁ。坊主」
メドヴェージの大きな手が、頭をわしわし撫でる。モーフはその手のぬくもりに逆らわず、撫でられるに任せた。
「さて、明日のことを相談しようか」
ソルニャーク隊長は真鍮のベルを手に取り、扉を細く開けた。二回鳴らし、澄んだ音色が廊下の奥へ消えるのを待つ。
「あんた直々におでましたぁ驚いた」
「先程の使用人が来るものだと……」
しばらくして作業部屋に姿を見せたのは、アウセラートルだった。
メドヴェージが呆れた顔で言い、ソルニャーク隊長が恐縮すると、アウセラートルは苦笑した。
「そう言う契約ですから」
「隊長、一体どんな契約したんでさ?」
「今朝の説明通りだ」
ソルニャーク隊長は、全員が作業机の席に着くと、用件を切り出した。
アウセラートルは口を挟まずに聞き、完成品に目を遣る。メドヴェージが、細工物を彼の前に押しやった。
「気になンなら、手にとってじっくり見てくれていいんだぜ」
「えっ、えぇ、よろしいんですか?」
ソルニャーク隊長が小さく顎を引くと、鍔広帽をそっと手に取り、裏返してじっくり見た。モーフの買物籠とメドヴェージの鍋敷きも同様に点検し、嘆息する。
「見事な品ですね。それでは、明日は私が街の外へご案内しましょう」
「あんたみてぇな偉いさんが直々に?」
メドヴェージが目を丸くする。
「契約中はそうです。私自身の仕事は、みなさんの作業中に片付けますから、お気遣い無用です」
「四人で素材を採りに行こうと思うのですが、大丈夫ですか?」
隊長が懸念を匂わせたが、アウセラートルはなんでもない顔で答えた。
「大丈夫ですよ。この人数でしたら、私一人の【跳躍】で一度に運べます」
モーフは腹の底がひやりと冷えた。
工員クルィーロは、難しくて【跳躍】の魔法を使えないと言った。薬師アウェッラーナは、魔力が足りないから自分一人だけで精一杯と申し訳なさそうだった。
……このおっさん、図体だけじゃなくって、魔力もでけぇのかよ。
ますます勝ち目がないとわかり、モーフは背筋が寒くなった。
使用人の手で食堂の扉が開かれた途端、モーフの腹がぐーっと鳴る。
晩飯は、朝よりずっと豪華だった。
真っ白な布が掛けられた食卓には、ふかふかのパンと新鮮な野菜、キレイな水の入った透明なコップが人数分、置いてある。
壁際に控えた使用人の手元には、キレイな飾りのついた台車があり、モーフの知らない肉の入ったスープ、煮た魚、果物が出番を待つ。どれも旨そうな匂いだ。
今日は朝から驚いてばかりで、モーフはそろそろ疲れてきた。
ゼルノー市民のみんなも、こんなメシは初めてなのか、料理を見る目は驚きと喜び、戸惑いでいっぱいだ。
夢のような夕食が終わると、今朝と同じ味のお茶を飲みながら、それぞれが仕事の進捗を語った。
薬班は、まだまだ途方もない作業が続くらしい。大人の話を聞きながら、女の子二人が居眠りする。
……ムリもねぇよな。朝っぱらから色々あり過ぎたし。
モーフは欠伸を噛み殺しながら、大人たちの話に耳を傾ける。
ソルニャーク隊長が、蔓草班の明日の予定を言うと、ロークが羨ましそうな目でこちらを見た。でも、何も言わない。薬班はあの人数でも、クタクタになるくらい忙しいのだろう。
……あの兄ちゃん、蔓草細工のやり方、知らねぇもんな。
モーフも、自分が薬作りの手伝いをする姿を想像できなかった。
話が終わるとすぐ、今朝と同じ風呂場へ案内される。
みんなを洗ってくれたのは使用人だ。湖の民の薬師と魔法使いの工員は、へとへとらしい。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
さっぱりした後、それぞれが割り当てられた部屋に分かれた。
☆繕いが必要な布団……「0238.荷台の片付け」参照
☆朝っぱらから色々あり過ぎた……「0235.薬師は居ない」~「0239.間接的な報道」参照




