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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十三章 生活

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0250.薬を作る人々

 昼食後の話し合いで、移動販売店見落とされた者(プラエテルミッサ)の一行は、薬師(くすし)アウェッラーナの提案通り、役割分担すると決めた。


 薬師の手伝いは、パン屋と工員の兄妹(きょうだい)にロークとファーキルを加えた七人。

 リストヴァー自治区出身の四人は、蔓草(つるくさ)細工をすることで話がまとまった。針子のアミエーラは当面、蔓草細工ではなく、布団や衣類の(つくろ)いに専念する。

 ファーキルは、みんなと一緒に作業用に割り当てられた部屋へ向かった。



 広い部屋の中央には木製の作業机が二台。周囲には、木箱やパンパンに膨らんだ麻袋が(うずたか)く積み上がる。

 机上には様々な薬草の束と何かの瓶詰、壺、大小の白い皿や、学校の理科室で見た器具が所狭しと並ぶ。

 仄かに明るいが、蛍光灯などの照明器具はない。天井に描かれた魔法陣が淡い光で部屋中を照らすのだ。


 「さて、何を手伝えばいいですか?」

 レノ店長が改まった口調で、薬師(くすし)アウェッラーナに指示を仰ぐ。

 緑髪の薬師は分担を考えてあったらしく、テキパキ指示を出してくれた。


 「今、熱冷ましを作成中です。レノさん、ロークさん、ファーキルさんは、地虫をすり潰して粉にして下さい」

 指名された三人はこくりと頷き、奥の作業台に目を遣った。


 白い大皿で茶色い粉が盛り上がる。乳鉢と乳棒は五組あった。ひとつは、ソルニャーク隊長が使ったのか、粉がこびり付いたままだ。

 傍らに何本もある広口の瓶には、乾燥した地虫がぎっしり詰まる。


 ……これは、ビジュアル的に女の子にはムリだ。


 ファーキルは、足許から地虫が這い上がるような気がして、鳥肌が立った。


 「クルィーロさんは、術で地虫の粉を水に溶かして、不純物を取り除いて、水溶液を私に下さい」

 「術って、普通の【操水】でいいんですか?」

 「はい。この大きいカップ三杯分の水を起ち上げて、薬匙(やくさじ)五杯分の粉を混ぜて下さい。それで、殻とか溶けないものは捨てて下さい」

 アウェッラーナのわかりやすい指示に何度も頷き、クルィーロは白磁のカップを手に取った。五百ミリリットルのビーカーと同じくらいの大きさだ。付箋で指示を付けてある。


 湖の民の薬師(くすし)は、うずうずして待つ女の子たちに向き直った。

 「私はクルィーロさんから液を受け取って、お薬の成分を抽出します。それがこの中身」

 薬師が、小ぶりのサラダボウルのような白い皿を傾けて、女の子たちに見せる。三人は、熱冷ましの粉薬を確認して頷いた。


 「お薬はこれで完成だけど、一回分ずつに分けて包まなきゃいけません」

 アウェッラーナは、傍らに積まれた紙束から一枚()まみ上げた。


 「薬包紙(やくほうし)で包む作業は、エランティスちゃんとアマナちゃんにお願いします。見本はそっちにひとつ置いてあるからね」

 「開いてみてもいいですか?」

 エランティスが、折り畳まれた薬包紙を手に取る。アウェッラーナは微笑んで頷いた。

 「からっぽだから、何回でも見てね。中に折る順番も書いたから」

 エランティスが紙を開き、折る順番を確める。アマナが、友達の手許のを見て遠慮がちに聞いた。

 「でも、一回だけ、折るトコ見せてもらっていいですか?」

 「勿論(もちろん)、いいですよ。しっかり見て覚えて下さいね」


 「あのー……私はどうすれば……」

 一人残ったピナティフィダが、おずおずと手を挙げた。

 「ピナティフィダさんは、この薬匙(やくさじ)で、お薬を一回分ずつ量って下さい。多過ぎると熱が下がり過ぎて危ないし、足りないと効き目が弱くて困るので、キッチリお願いします」

 「はい。粉とか量るのは得意です。いつもお菓子でしてますから」

 ピナティフィダの返事に満足げな微笑を返し、アウェッラーナは、薬匙の使い方と一回の分量を丁寧に説明した。


 「できたお薬は、十包みずつこれに入れて、ここに片付けて下さい」

 薬師は掌大(てのひらだい)の薄い紙袋を手に取り、浅い木箱を指差した。

 「一箱千包みずつで、五箱分必要です。みなさん、よろしくお願いします」


 ……ご、五千……?


 途方もない量を言い渡され、ファーキルは目眩(めまい)がした。

 「よし! じゃあさっさと始めてさっさと終わらせよう」

 「他のお薬も作るんだもんね」

 レノ店長の宣言にエランティスが元気よく続き、みんなはそれぞれの道具を手に取った。



 すり潰し係三人が、奥の作業台に移る。

 机の下に四角い木の椅子が六脚ある。踏み台としても使えそうな形だ。

 三人がそれぞれ、乳鉢、乳棒、地虫の瓶詰、薬匙を手元に置き、並んで座る。

 流石に素手で触るのはイヤなので、蓋を外し、中身を薬匙で掻き出して乳鉢に落とす。


 ……あんまり一気に入れてもやり(にく)いよな。


 ファーキルは五、六匹だけ入れて乳棒に持ち変え、思い切ってすり潰した。

 乳棒越しに地虫の潰れる振動が伝わる。

 カラカラに乾いた芋虫が、シャリックシュッと枯葉を握り潰すような音を立てて粉々になる。


 もう一台の作業台では、アウェッラーナが薬包紙の折り方を実演する。

 ファーキルの席からは見えないが、計量係のピナティフィダも熱心に薬師の手元を見詰める。


 魔法使いの工員クルィーロは、指示通りに水と粉を量って溶かした。

 茶色く濁った水が宙を漂い、溶けない粉が次々と屑籠へ吐き出される。

 生き物のように動く水がアウェッラーナの手に渡り、彼女が呪文を唱えると、机の上で渦を巻いた。中心に集められた成分が、砂時計のようにサラサラと深皿に零れる。


 ファーキルはせっせと地虫をすり潰しながら、みんなの作業を見守った。


☆布団や衣類の繕い……「0238.荷台の片付け」参照

☆ひとつは、ソルニャーク隊長が使った……「0245.膨大な作業量」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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