0250.薬を作る人々
昼食後の話し合いで、移動販売店見落とされた者の一行は、薬師アウェッラーナの提案通り、役割分担すると決めた。
薬師の手伝いは、パン屋と工員の兄妹にロークとファーキルを加えた七人。
リストヴァー自治区出身の四人は、蔓草細工をすることで話がまとまった。針子のアミエーラは当面、蔓草細工ではなく、布団や衣類の繕いに専念する。
ファーキルは、みんなと一緒に作業用に割り当てられた部屋へ向かった。
広い部屋の中央には木製の作業机が二台。周囲には、木箱やパンパンに膨らんだ麻袋が堆く積み上がる。
机上には様々な薬草の束と何かの瓶詰、壺、大小の白い皿や、学校の理科室で見た器具が所狭しと並ぶ。
仄かに明るいが、蛍光灯などの照明器具はない。天井に描かれた魔法陣が淡い光で部屋中を照らすのだ。
「さて、何を手伝えばいいですか?」
レノ店長が改まった口調で、薬師アウェッラーナに指示を仰ぐ。
緑髪の薬師は分担を考えてあったらしく、テキパキ指示を出してくれた。
「今、熱冷ましを作成中です。レノさん、ロークさん、ファーキルさんは、地虫をすり潰して粉にして下さい」
指名された三人はこくりと頷き、奥の作業台に目を遣った。
白い大皿で茶色い粉が盛り上がる。乳鉢と乳棒は五組あった。ひとつは、ソルニャーク隊長が使ったのか、粉がこびり付いたままだ。
傍らに何本もある広口の瓶には、乾燥した地虫がぎっしり詰まる。
……これは、ビジュアル的に女の子にはムリだ。
ファーキルは、足許から地虫が這い上がるような気がして、鳥肌が立った。
「クルィーロさんは、術で地虫の粉を水に溶かして、不純物を取り除いて、水溶液を私に下さい」
「術って、普通の【操水】でいいんですか?」
「はい。この大きいカップ三杯分の水を起ち上げて、薬匙五杯分の粉を混ぜて下さい。それで、殻とか溶けないものは捨てて下さい」
アウェッラーナのわかりやすい指示に何度も頷き、クルィーロは白磁のカップを手に取った。五百ミリリットルのビーカーと同じくらいの大きさだ。付箋で指示を付けてある。
湖の民の薬師は、うずうずして待つ女の子たちに向き直った。
「私はクルィーロさんから液を受け取って、お薬の成分を抽出します。それがこの中身」
薬師が、小ぶりのサラダボウルのような白い皿を傾けて、女の子たちに見せる。三人は、熱冷ましの粉薬を確認して頷いた。
「お薬はこれで完成だけど、一回分ずつに分けて包まなきゃいけません」
アウェッラーナは、傍らに積まれた紙束から一枚摘まみ上げた。
「薬包紙で包む作業は、エランティスちゃんとアマナちゃんにお願いします。見本はそっちにひとつ置いてあるからね」
「開いてみてもいいですか?」
エランティスが、折り畳まれた薬包紙を手に取る。アウェッラーナは微笑んで頷いた。
「からっぽだから、何回でも見てね。中に折る順番も書いたから」
エランティスが紙を開き、折る順番を確める。アマナが、友達の手許のを見て遠慮がちに聞いた。
「でも、一回だけ、折るトコ見せてもらっていいですか?」
「勿論、いいですよ。しっかり見て覚えて下さいね」
「あのー……私はどうすれば……」
一人残ったピナティフィダが、おずおずと手を挙げた。
「ピナティフィダさんは、この薬匙で、お薬を一回分ずつ量って下さい。多過ぎると熱が下がり過ぎて危ないし、足りないと効き目が弱くて困るので、キッチリお願いします」
「はい。粉とか量るのは得意です。いつもお菓子でしてますから」
ピナティフィダの返事に満足げな微笑を返し、アウェッラーナは、薬匙の使い方と一回の分量を丁寧に説明した。
「できたお薬は、十包みずつこれに入れて、ここに片付けて下さい」
薬師は掌大の薄い紙袋を手に取り、浅い木箱を指差した。
「一箱千包みずつで、五箱分必要です。みなさん、よろしくお願いします」
……ご、五千……?
途方もない量を言い渡され、ファーキルは目眩がした。
「よし! じゃあさっさと始めてさっさと終わらせよう」
「他のお薬も作るんだもんね」
レノ店長の宣言にエランティスが元気よく続き、みんなはそれぞれの道具を手に取った。
すり潰し係三人が、奥の作業台に移る。
机の下に四角い木の椅子が六脚ある。踏み台としても使えそうな形だ。
三人がそれぞれ、乳鉢、乳棒、地虫の瓶詰、薬匙を手元に置き、並んで座る。
流石に素手で触るのはイヤなので、蓋を外し、中身を薬匙で掻き出して乳鉢に落とす。
……あんまり一気に入れてもやり難いよな。
ファーキルは五、六匹だけ入れて乳棒に持ち変え、思い切ってすり潰した。
乳棒越しに地虫の潰れる振動が伝わる。
カラカラに乾いた芋虫が、シャリックシュッと枯葉を握り潰すような音を立てて粉々になる。
もう一台の作業台では、アウェッラーナが薬包紙の折り方を実演する。
ファーキルの席からは見えないが、計量係のピナティフィダも熱心に薬師の手元を見詰める。
魔法使いの工員クルィーロは、指示通りに水と粉を量って溶かした。
茶色く濁った水が宙を漂い、溶けない粉が次々と屑籠へ吐き出される。
生き物のように動く水がアウェッラーナの手に渡り、彼女が呪文を唱えると、机の上で渦を巻いた。中心に集められた成分が、砂時計のようにサラサラと深皿に零れる。
ファーキルはせっせと地虫をすり潰しながら、みんなの作業を見守った。
☆布団や衣類の繕い……「0238.荷台の片付け」参照
☆ひとつは、ソルニャーク隊長が使った……「0245.膨大な作業量」参照




