0249.動かない国連
湖南経済新聞には、アーテル軍が提供した衛星写真も掲載された。
ラキュス湖に浮かぶネモラリスの軍艦。魔道機船の甲板に漆黒の傘のようなモノが乗る。
「これで、何故……この黒いモノが魔法生物だとわかったのですか?」
「さ、さぁ? 記事にゃそこまで書いてねぇんだ」
呪医セプテントリオーの声が震えた。
葬儀屋アゴーニは首を捻り、懸念を口にする。
「ウソかホントかわかんねぇが、ひょっとしたらって思わせるにゃ充分なネタだ。外国がネモラリスを見捨てて人道支援を打ち切っちまうかもしンねぇ」
「ここの皆さんは何と?」
「とっとと戦争を終わらしちまおうって、張り切ってンぞ」
「……そうですか」
セプテントリオーは屋敷に目を遣った。
この隠れ家は後方支援の拠点で、武器は一切ない。それどころか、医薬品も常に不足する。
「これから忙しくなるだろうな……」
アゴーニの呟きに小さく頷き、邸内に戻った。
警備員オリョールが二人をみつけ、廊下を小走りして声を掛ける。
「あ、呪医、朗報です」
「朗報?」
「傷薬が手に入りました」
「そりゃよかったな」
警備員オリョールの明るい顔にアゴーニが頬を緩めた。
「まぁ、気持ち程度で……呪医のご負担は、ほんの少ししか減りませんけど」
「私は大丈夫です。それより、これを御覧になりましたか?」
セプテントリオーが新聞を差し出す。
警備員オリョールは頷き、忌々しげに言葉を吐いた。
「アーテルの連中、勝ち目がないからってこんな卑怯な嘘を……」
……嘘、か。
セプテントリオーには、この記事だけでは何とも言えなかった。
ラキュス・ラクリマリス共和国の分裂で、科学文明国として独立したアーテルに正確な鑑定ができるとは思えない。
いや、魔法文明国でも、こんな写真一枚では識別できないのだ。警備員が嘘だと断じるのも無理はない。
だが、完全な虚報なら、アーテルの国際的な立場が悪くなる。
少なくとも、ラキュス湖南地方の国々だけでなく、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教諸国を納得させられる材料は、あると見た方がいい。
アルトン・ガザ大陸には、国連の本部もある。
常任理事国五カ国中、四カ国はキルクルス教国だ。残る一カ国は、いかなる信仰も公式には認めず、宗教弾圧を行う。
魔法文明の強国は、国連からやや距離を置く。
ラキュス湖北地方の七カ国は国連に未加盟だ。
非常任理事国として、アミトスチグマ王国と、アルトン・ガザ大陸にあるディアファナンテ王国が交互に選任されるが、それ以外は科学文明国寄りの両輪の国ばかりだ。
分裂前のラキュス・ラクリマリス共和国は、何度か非常任理事国になったが、分裂後の三カ国が選任されたことはない。
「そう言えば、アーテルは開戦直後に国連を脱退しましたよね?」
「えぇ。だから、奴らは卑怯な嘘でも何でも、やりたい放題なんですよ」
呪医セプテントリオーが聞くと、警備員オリョールは即答した。
一方、ネモラリスは国連に加盟中だ。何かあれば、何かと制約を受けやすい。
アーテルもやり過ぎれば制裁を受けるだろうが、今のところ、国連の介入はないようだ。
「あれっ? でもヘンですぜ?」
葬儀屋アゴーニが、気付いたことを口にした。
「国連に入ってなかろうが何だろうが、このご時世に戦争なんざおっぱじめたらガンガン介入すンだろ」
「そう言われてみれば……」
警備員オリョールも気付いたようだ。
現に、ラキュス湖東地方の紛争には、速やかに仲裁や人道支援が行われた。時と場合によっては、武力介入さえ実施される。
ラキュス湖に浮かぶネモラリス共和国と、湖東地方の国々との物理的な距離は近いが、政情不安のせいで政治的には遠かった。紛争地域への渡航は禁止される。
今回の戦争では一方的に宣戦布告され、ネモラリス共和国は防戦一方だ。アーテル・ラニスタ連合軍の空襲を受け、多数の難民が発生したが、ネモラリス共和国への国連による人道支援がない。
ラキュス湖南地方のアミトスチグマ王国が、最近になってやっと難民の受け容れを表明した。
隣のラクリマリス王国は、申し訳程度に物資を援助し、難民の流入を黙認する。後は小規模な民間団体や、フラクシヌス教団による人道支援があるだけだ。
「ウチの国連大使は何してやがんだ?」
「さぁ……そう言えば、戦争が始まってから全然、その方面のニュースがありませんね?」
呪医セプテントリオーは、葬儀屋アゴーニの問いに首を傾げた。
報道規制で情報が庶民に伝わらないのか、大使が行動しない理由でもあるのか。
「アミトスチグマ駐在大使が『魔法生物なんか使ってない』って反論したそうですよ」
「あ、そうなんですか」
ネモラリス共和国の有志たちは、きちんと情報収集もするようだ。
セプテントリオーは、その冷静な動きに安堵した。
「まぁ、でも、俺たちは、俺たちにできることをするだけです」
「そうだな。国同士のことは偉いさんに任せるしかねぇもんな」
葬儀屋アゴーニが同意した。
オリョールは頷き返し、力強く宣言した
「アーテルに報復してさっさと戦争を終わらせる! その為なら、命だって惜しくないって仲間が集まってるんです」
呪医セプテントリオーは半分同意できなかったが、何も言わず、負傷者が待つ部屋へ向かった。
☆湖南経済新聞(中略)掲載された……「0240.呪医の思い出」参照
☆魔道機船の甲板に漆黒の傘のようなモノ……「0136.守備隊の兵士」参照
☆この隠れ家は後方支援の拠点……「0228.有志の隠れ家」「0240.呪医の思い出」参照
☆警備員オリョール……「0216.説得を重ねる」「0240.呪医の思い出」参照
☆ラキュス・ラクリマリス共和国の分裂で、科学文明国として独立したアーテル……「001.半世紀の内乱」参照
☆アーテルは開戦直後に国連を脱退……「0078.ラジオの報道」「0168.図書館で勉強」参照
☆難民の受け容れを表明……「0204.難民キャンプ」参照
☆申し訳程度に物資を援助……「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」「0165.固定イメージ」「0168.図書館で勉強」参照
☆難民の流入を黙認……「0222.通過するだけ」参照
☆小規模な民間団体……「0244.慈善のバザー」参照
☆アミトスチグマ駐在大使が『魔法生物なんて使ってない』って反論……「0239.間接的な報道」「0241.未明の議場で」参照




